第18話
『滝沢家はあの変態ピエロとかとは違うんだろうけどさ、一回その滝沢翡翠さんとやらに会って話ってできないものかな? 諒花』
昼下がりの軽い昼食の支度に入った花予に宿題を出された。そういえば花予と翡翠は一回も顔を合わせたことがない。
花予にとっては渋谷に攻めてきた滝沢家の名前は知っていても、トップの顔は知らない。翡翠もまた先の事件を通して花予の存在を知ってはいるが直接会話をしたことがない。
リビングから自室に入ってドアに背中を預け、スマホで翡翠の電話番号に繋げた。
「……もしもし」
『あら、諒花さん。何事? ご家族の方には黒條零さんのこと、伝えたんですの?』
「伝えた。忙しい所悪いけど、一つ相談したいことがあるんだ。アタシが滝沢家の傘下に入る件について──」
『あらあ! そのことで、何か問題でも?』
翡翠は嬉しそうにテンションを上げた。
『なるほど、そうでしたわね。私は花予さんについては知っていますが、向こうは私の顔を知らない』
事情を話すと翡翠は納得するのが早かった。
翡翠は履歴書を通じて花予の顔も名前も知っている。先の謎の女騎士事件でレーツァン経由で渡されたあの資料だ。それには花予の顔写真もあるのだが、学校行事の写真が使われていたのも、零が監視役をしていたと知った今では写真を切って流用したことが推測できる。
『まだご挨拶していませんでしたね。でしたら……そうですね、こうしません?』
翡翠はあっさりそれを受け入れた。だが提案されたそれはあまりに突然すぎた。
『ちょっとだけ時間を下さいな。花予さんにこのことを伝えてお待ち下さい』
ついさっきは家宅捜索のために部下を送り込んだばかりなのに今度は女王自ら出る。だが零が突然いなくなって、滝沢家もこちら側も落ち着かずバタバタしている中、それを和らげる意味では良いのかもしれない。
「お、その滝沢翡翠と話せることになったんだね。へえ、ご本人がわざわざ。それは良い事だね」
早速、その旨を花予に伝えると、機嫌よく微笑んだ花予。そうして了承を得ると早速準備に入った。
それから一時間後。空が徐々に夕暮れに差し掛かりそうになった時。マンションの前で待っていると遠くから一台の黒い高級車が現れた。それはちょうど後ろ座席がこちらに合うように目の前で止まり、中からそっと緑色の服とロングスカート姿の青山の女王が姿を現した。改めて見るとどこからどう見ても見た目は黒い長髪美人の大人の女性だ。
「諒花さん、お待たせしました」
右手には何かが入った紙の手提げ袋が目に入った。
「お土産、買ってきてくれたのか」
「ええ、当然。花予さん、何か言ってました?」
「いや、こうしてそっちから家に来てくれるなら歓迎するし話を聞くってさ」
────ホントのことは言いづらい。
一時間と少し前。翡翠が挨拶のために訪問することを花予に伝えたのだが……
「向こうから来てくれるならこちらも部屋掃除して出迎えないとね。どんな人なんだい? ヤクザ従えてて腕に刺青してて煙草加えてる組長を女にしたようなのだったら、ゲームのキャラだったらともかく、リアルにいたらあたしは引いちゃうかもなあ」
「いや、ハナ。そういうんじゃなくて、髪長くて肌も白くて、落ち着いた気品ある綺麗な人だぞ」
翡翠は黙っていれば恋人の一人や二人出来ててもおかしくない容姿。所有する広大な森と屋敷も相まって青山の女王の異名に相応しい。こんなこと本人の前でとても言えない。
その当人もこうしてやってくる前の電話で、
『私自らが出馬します。私一人で諒花さんの家へお伺い、家庭訪問を実現します』
マイペースで落ち着いてはいるがふざけず真剣な声音でそう宣言したのだ。まさか自分の家に青山の女王がやってくるとは思いもしなかった。
「さ、あなたの家ってどこの階なんです?」
「こっちだ」
翡翠を連れてエレベーターに乗り、九階にある部屋へと案内する。エレベーターの中は灰色の壁紙が貼られていて正面にある鏡に二人並ぶ姿が映った所で。
「やはり、屋敷の昇降機とは違う感覚がありますわね」
「あまりエレベーター乗らないのか?」
「ええ。お土産の買い出しに青山の街へ行きましたが慣れませんわ」
やはりあのような屋敷をドーンと持っている時点で一般人とは感覚が少し違うのだろう。だが意外というか、女王自らがお土産を買いに行くあたり、妹のことだけでなく目の届かない所もしっかりしているのだなと感心する。てっきり部下に注文つけてパシリで買いに行かせていると思った。
エレベーターを降りた先の九階。出た廊下を一つ左に曲がった所にその部屋はある。インターホンを代わりに押してあげた────
『はーい、諒花! いらっしゃい!』
インターホン越しの花予の明るい声。そうして両者の対面は実現することとなる。
「へえー、あんたが……諒花から話は聞いてるよ」
「ご無沙汰しております。私は滝沢翡翠と申します。花予さんのことも諒花さんから聞いています」
「おお、お土産を買ってきてくれたんだね。さ、入っておくれよ」
お辞儀をして口元に手を当てて微笑む翡翠のその姿はとても落ち着いていて、普段の女王というよりも普通の大人の女性だ。まるで学校の先生の家庭訪問を彷彿とさせる。
花予も当初抱いていた翡翠のイメージと違うことを実感したのか、とても笑みを見せている。
かくして花予、翡翠、諒花の三者面談が始まった。先の事件で対峙した者同士なので不思議な気分だ。