第17話
「……こればっかは本人に直接会って確かめないと分からないね」
「ああ、必ず零を見つけ出す」
正体が半分以上バレてしまったことをきっかけにいなくなった零。彼女を見つけ出さないことにはこの先が見えないのは明らかだった。
「でも諒ちゃん。手掛かりも何もないのにどう捜し回るの?」
「それもそうだな……」
歩美にツッコまれて気づいた。彼女の行く先を示す手掛かりは何一つないのだ。零の部屋から見つかった解析中のパソコン以外に有益な情報はまだ出ていない。アテもなく捜すのは無謀だ。この渋谷区全体も渋谷駅と渋谷近辺だけではない。北西をもっと行くと下北沢があり、南へもっと行くと恵比寿もある。それらを含めて全部そうなのだから。一人で捜し回るにはとても広い。
「ところで諒花。今、手を貸してくれている滝沢家は今回はあたし達の完全な味方なのかい?」
滝沢家。謎の女騎士事件の際はこちらを狙って渋谷に侵攻してきたことで花予もその存在は知っていた。諒花が稀異人であり、それゆえに裏社会からの敵に狙われる性質なのは義母である花予も沢山見てきた。
そしてそんな敵をこちらと戦わせるように上手く動かしていたのはレーツァンであり、滝沢家も結局は彼に動かされて利用されたうちの一つだった。とはいえ、当主の滝沢翡翠も妹の紫水もこちらにはとても好意的だ。
そういえば、零のことですっかり放置状態だった、あることを思い出した。零が敵である推理を披露する前に翡翠から改めて言われていたこと。
「ハナ、そのことでちょっと話があるんだけどさ──」
すかさずテーブルから身を乗り出して切り出した。予てより、滝沢家の傘下に入らないかという誘いを受けていることだ。しかし傘下とは表面的で実質対等な関係だ。手下になるのではない。そのメリットは三つある。
一つが滝沢家に入る事で外からの敵もこちらに手を出しづらくなること。レーツァンを倒したことでこちらの名に興味を持った裏社会の猛者に狙われる可能性が高まった。しかし滝沢家に入ってしまえば、手出ししづらくなる。初月諒花に手を出す=滝沢家に喧嘩を売ったも同じになり、手を出せば滝沢家が容赦しない。
もう一つは青山に拠点を置く滝沢家が渋谷に進出し、ナワバリを敷いて外に圧力をかけることで花予や歩美にも手を出しづらくしてくれること。渋谷で何か事を荒立てれば滝沢家が黙っちゃいない。もし何かあっても協力してくれるだろう。
そして残る最後の一つ。これは双方にとって利のある話である。滝沢家側もこちらと同じ事情を抱えている者がいる。
諒花は中一の時に将来は空手の選手になりたいと中学の空手部に入部しようとしたが、その際のメディカルチェックで不合格となってしまった。それは滝沢紫水も同じであり彼女の場合は陸上を目指そうとしたが同じくメディカルチェックで夢を絶たれてしまった。
このチェックはアマチュアを含めたスポーツに参加するには必ず受けることが義務付けられており、異能者ではない普通の人間にとっては合否なんてものはあって、ない、ただの通過儀礼のようなもの。普通の健康診断とは別の扱いだが、わざわざもう一つある健康診断。これらを通過した者が公の場でスポーツをすることを許される。
だが禁止されるのはアマチュアの場合は部活動や習い事。不合格でも体育の授業は受けられている。体を動かすことによる健康維持と学ぶ権利だけは合否によって決めることはできない。しかし不合格なんてものはよほどのことがない限りない。
メディカルチェックは表向きにはドーピング対策及びその教育のために行われている。しかし実際はドーピング共々、都合の悪い者を検査をした上で不合格にすることで弾き出しているとしか見えなかった。
それは翡翠も同じであり、妹のために色々と手を尽くしてきたが、いくら青山の女王でも何も変わっていない。なのでレーツァンの事件の際、一肌脱いだ。彼にあえて踊らされ、妹共々、こちらと敵として邂逅する道を選んだ。全ては妹のために。妹と同じ立場のこちらを引き合わせるために。
こういう背景もあり、表向き傘下入り──という事にした協力関係を築くのはとても恩恵がある。零を捜すという意味でもだ。
「……なるほど。あちらさんにも諒花と同じでメディカルチェックで夢を諦めざるを得なかった子がいるんだね」
話を聞いていた花予は納得した様子で腕を組んで頷いた。
「そうだ。なあ、ハナ。どう思う?」
「友達やともに戦う仲間ができるのと、零ちゃんを捜し出すことに協力してくれるならば、あたしは組んだ方が良いと思う。だけどね──」
だが、ここからは一転、真剣な眼差しでこちらを見る花予。眼鏡のレンズが光る。
「姉さん達から預かった娘であるあんたが裏社会の組織と関わるのは親としては心配だな。滝沢家はヤクザの軍団連れて、最初は諒花にも襲ってきただろう?」
ぐ……それを言われるともう反論出来ない。要は大切な娘をヤクザにやるようなものだ。親としては見過ごせないだろう。