第16話
「ただいまー。ハナ」
渋谷駅と騒がしい繫華街から離れた北西側の住宅街にあるマンション。全十三階建ての九階。その一室が諒花と義母の花予が住む家である。
滝沢家による零の捜索が一段落した後、ちょうど昼下がりに諒花はこの家に戻ってきた。
途中、翡翠からさっき電話がかかってきて、零のパソコンの解析を継続しつつ、滝沢家の方でも零の行方を追うべく動いてくれるという。もうこの時点で既に大ごとなので、それを花予に伝えるべく帰宅したわけだが。
「おかえり諒花。遅かったじゃないか。零ちゃんは一緒じゃないのかい?」
花予にとっては諒花は亡き姉の娘、つまり姪っ子である。しかしながら同じ色の紫水晶の如き双眸の瞳を持ち、ウェーブのかかったふんわりとした長髪、そして整った顔立ちに桃色の眼鏡。それらが調和し、おしとやかで優しい雰囲気が醸し出されている。何も事情を知らない者からはその共通点から時々本当の親子に間違えられることもある。花予は諒花を自分と姉の特徴を大きく受け継いで生まれてきた娘と言うこともある。
「そのことなんだけどさ、聞いてくれ。とにかく大事な話があるんだ」
「諒ちゃん。大事な話ってなに?」
早速切り出すとちょうどリビングの椅子に座る歩美が軽く手を振って食いついた。
「歩美にも聞いて欲しい。ところでなんで来てるんだ?」
「花予さんの誘いで一緒にお昼でも食べようって。わたしも最近忙しかったし」
歩美も零同様にこの家にはよく姿を見せる。四人で一緒に食事をしたりして過ごすことも少なくない。
だが、あの変態ピエロを倒した事件の中で歩美は歩美で色々あって──洗脳されて女騎士にさせられたり姉が亡くなっていたりでバタバタしていた──そういえばこういう集まる機会も久しぶりに感じた。が、今はそれは置いておくとして。
「立ち話するのもアレだから座ろう」
リビングのテーブルに三人で向かい合って座ると、どこから話したらいいか考える。こういう時はまずは結論からハッキリと話した方がいいことは知っている。花予も歩美も、異能が蔓延る裏社会についても認知している数少ない理解者である。無論、零にとっても。
零は監視役として送り込まれていたこと、そして別れの挨拶と一滴の涙を流していなくなったこと。それらをありのままにハッキリと報告すると、
「え……! 零ちゃん……それ本当なのかい?」
「零ちゃんが敵のスパイだったって本当なの……?」
やはり二人ともやはり目を丸くした。事の深刻さを再度思い知る。
「あぁ、本当だ。アタシさ──」
衝撃が走る中、ここまでの経緯を軽く説明した。一週間前の土曜日、19日にあの変態ピエロ、レーツァンを倒して滝沢家と青山で謎の女騎士事件を解決した。だが、ピエロは死に際に、黒幕とも言うべき更なるもう一人の敵の存在を明かし、その敵は既に手下を送り込んでいて、かつそれは自分の近くにいることを明かし、自らの能力による緑炎の中に消えた。
それから一週間後の26日土曜日。昨日のことだ。滝沢邸に呼ばれ、そこで滝沢翡翠は零がその送り込まれた手下であると結論付けた。
それを裏付ける証拠は翡翠もレーツァンからもらっていた履歴書。その中には零でなければ知り得ない情報が書かれていた。
更に幼少期から首にしていたチョーカーもGPSが仕込まれていたことで自分は何者かから監視されていた。このGPSがいつ、つけられたものなのかは不明。
これらにより疑いが強まり、そして今日。今さっき零に確認に向かい、零本人が監視役として何者かによって小四の頃から送り込まれていたスパイであることを認めた。
「そんな小四の頃からかい……」
圧倒された花予。
「ええと、まずステップごとに話をまとめよう」
花予は段取りを置いて語りだした。この時点で壁にかかった時計を見ると余裕で30分を超えていた。
「まず諒花が倒した変態ピエロ。そいつと繋がっていた黒幕。裏社会の帝王であるそのピエロさえも協力関係に置く得体の知れない黒幕が零ちゃんを送って今まで諒花を監視させていたって事でいいんだな?」
変態ピエロの名前はレーツァン。レーツァンと零ちゃん。あえて言及はしないが口に出すと音が似ていてややこしい。それもあってか前々から花予もこの男の呼び名はいつの間にか変態ピエロで定着していた。
「そうだ。あのピエロも零が監視役なのを最初から知っていたかもしれないんだ。手下が近くにいるって言ってたからな」
もうピエロが現れた時以前に、零と初めて出会った最初から全部裏で何者かに管理され、監視されていた。それに尽きる。
「じゃあさ、じゃあさ、それだと零さんが言っていた家庭事情って結局どうなるの?」
「あ!」
ここで訊きそびれたことを思い出した。が、なんで監視していたのかを問い詰めても彼女は答えてくれなかった。答えようがない。
「黒幕は零ちゃんをあの家に一人住まわせて、仕事で日本各地を飛び回っていて学校の行事にもろくに姿を見せなかった親戚なのかもしれないな……」
「それか本当は何もなくて、アタシ達をただ納得させるための口実か」
その親戚は姿は見せなくても花予からもタチの悪い印象でしかなかった。家庭の事情は人それぞれで踏み込みづらい内容だ。誰もあえて触れず、詮索しようともしないのが常。
当人が重たい家庭事情と思えないぐらい真面目でお利口で素晴らしい人格者なのもあり、それですっかりいつの間にか零のイメージが定着していたことも重くのしかかる。影で苦しいことがあっても零なら大丈夫だろうという彼女への信頼も相まって。
どちらにしろ、この話は零を見つけ出して突き止めれば分かるのは明確だった。あの場で逃げられてしまったのがいけないのだ。