第155話
不満を抱くカヴラの前に現れたその男は化蛸のダーガンであった。これが全ての始まり。
越田組の主導者カトルズから密命を受けて接触してきたこの蛸男とカヴラが密かに手を結んでしまったのが、滝沢家との抗争が起こってしまった背景である。
レーツァンが死亡し、スカール達本家は当初の計画通り、組織内で誘発させた内紛の鎮圧という面従腹背する反乱分子であるネズミ退治どもの大掃除にあたる中で、カヴラ率いる二次団体ワイルドコブラが本家を無視し、独断で諒花に手を出したことで滝沢家との抗争は始まった。
その抗争も今は幹部四人が敗北、更にスカールがワイルドコブラ本部をガサ入れし、そこにいた者達が降伏したことで戦力を大幅に削ぎ落され、残った戦力が恵比寿のホテルに集中する結果となっているが、今の化蛸はどこか余裕がある。
カヴラのスカールへの不信感への対抗意識はレーツァン死亡よりも前、ダーガンとの出会いで加速する事となる。ある日、彼の目の前に現れた、8年前に死んだはずのダーガンはこう言った。
「あなたはその力強さでこれまでレーツァンの邪魔者を排除してきた。その強さで多くの猛者達の尊敬を集めている。ちょっとおれの話を聞いてもらえませんかね? 悪い話ではありませんから。シュウシュウ……」
Mr.カトルズのバックがあるゆえに、とにかくカネがあると語る彼は実際に億単位のカネを出資することで彼の望むものを次々と叶えて見せ、彼の心を掴んだ。
ワイルドコブラ本部の古いエアコンやボロボロの壁など、元は岩龍会系の組事務所だったゆえにその時からメンテも殆どされておらずそのまま使っていたものを廃し、一新。
カネが必要ならば全部回してやるよとダーガンは根回しした。それにより湯水のように湧き出るカネが回ってきて光熱費や維持費、戦争するための高い装備やその他活動費まで、金銭的に大きな余裕が生まれた。
また、出資されたカネは何かを買うためや活動を維持するだけではなく、当人の知らないうちにカヴラの組織内での印象操作にも用いられた。
カヴラがどれだけ本家からの重要な仕事をサボっても、出資されたカネを上乗せして上納金を多く本家に貢ぐことで、スカールからの反感を買いづらくしたのだ。
数字は嘘をつかない。仕事で結果を出している人間は性格や素行に問題があっても何だかんだ許されるもの。
組織としては順風満帆であるが、実態はワイルドコブラはダークメアの二次団体であると同時に、実質は越田組の二次団体に侵食されていった。
ここまでの辣腕を振るい、いつの間にかカヴラの秘書的な存在になったダーガンも、彼からいつしか頼られる相談役という役職を得るほどの信頼を得るようになった。
そのダーガン。死んだはずの彼はいったいなぜ蘇ったのか。
8年前、あのレーツァンとスカールに敗れ、夜の六本木の屋上のビルから落とされた。高さは40階。一度は全身を強くうって死にかけた。彼自身もこの時は死んだと思っていた。
だが部屋の明かりによって意識が戻り開眼した時。彼は生きている奇跡を実感した。どこかの病室のベッドの上で目が覚めた。
カトルズ、いや――によって救助された事で生き延びた。
「お前は今日から私のもとで働いてもらう。救ってもらった恩を忘れるな」
カトルズは陽の当たる場所にも通じた大物だ。財力もある。収入も安定する天国と最初は思っていた。
しかし与えられたのは、裏社会の闇深くに潜み、カトルズの指示で退屈でつまらないゴミ掃除。
それをひたすらさせられここまで生きてきた。
誰にも生存を悟られぬように。過去の存在として生き続けた。
消すべきゴミとはカトルズが邪魔と見た存在の口封じ。しかし張り合いがなく、殺す奴はいずれも弱すぎたり無抵抗。
結局はこの清掃業務を淡々とこなすだけのつまらない仕事をずっとやらされた。
そんなつまらない日々にすっかり慣れきったある日。カトルズから新しい仕事の依頼が来た。カヴラに近づくように命じられたのだ。
目的はワイルドコブラをこちら側につけること。カヴラがスカールに不満を抱いている事は向こうに面従腹背している連中が突き止めており、カトルズは三大幹部の中でもカヴラは一番利用しやすいと判断。仕事はそうして依頼され、まず信頼を得るために彼の理想に乗っかった。
「オレの野望はこのダークメアというキングダムをよりデカくすること────それなのに!」
彼はダークメアが岩龍会に取って代わり、ここまで築き上げたキングダムをより強大なものにしたいという野望を掲げている。しかしスカールは近年は地盤固めに注力し、カジノや闘技場はあれど規模の発展も乏しい。拡大より維持だった。関東西側を抑え、地方への進出も考えていない。
だからこそそこへ漬け込んだ。本部の改修や戦略の意図もあらかた話し、彼の欲しいものを猫型ロボットのように出して心を掴んだ。まさにダガえもんである。
最初はオラオラ系脳筋のカヴラも今ではすっかり金銭面でこちらを頼るようになった。まさにATM。乗っ取り成功だ。
ダークメア本家が総帥を中心にプロジェクトを打ち出し組織内の膿を出すために内紛を誘発させようとしている事もカヴラより先に知った。
カヴラのスカールへの不満の情報と同じく、本家にいる、既にこちらと内通し内紛を起こした連中が裏で突き止めた。だからカヴラは遅れて内容を知るようにコントロールし、スカールと仲違いを起こさせた。
本家に潜り込ませたスパイが向こうの掲げるプロジェクトのミーティング日時などを調べさせ、巧みにカヴラに席を外させた結果だ。
ここまでの策略をカトルズからの仕事でやってのけた化蛸のダーガン。カヴラからすればまさに天才有能秘書。カトルズからすれば仕事人。だが本質はその言葉にはとても程遠い。
ワイルドコブラによる抗争が始まるより前。彼は路地裏など人気のない場所で煙草を吸う人々を襲って殺戮を繰り返していた。
元々、余計な騒ぎを起こして生存を知られてはカトルズとの契約を破る事になる。
既に破裂寸前だった。秩序を壊したい、殺したくてたまらない、今まで抑えてきたそれらが抑えきれず、勝ってしまい、つまらない仕事をそれまでさせられてきた鬱憤晴らしに息抜きにとつい……
何度か殺ってしまったのだ。
よく熟した甘い梨のように記憶に残っているのは、抗争前の新宿で未成年のくせに路地裏で煙草や薬に手を染めていたピチピチな不良女子高生を殺し、その姿になって他の仲間の女子高生も騙して殺して遊んでやったことだ。みんな見かけは美人なのに勿体ないその体で。
姿を変えて相手を騙して狩る。まさにミミックオクトパス。相手は死ぬまで何があったか分からないまま御臨終。
最初は一回だけのつもりだった。が、もう限界だった。
それもあり、警察が本格的に動き出すよりも前にかけた要請で、よりによってフォルテシアに目をつけられてしまった。
潜伏して、時に路地裏で一服する喫煙者をつまみ食いしつつ、カトルズの命令でカヴラに代わって指揮を取った。カヴラを越田組、即ちカトルズの看板で抑えつけて。
そうしてこれまでビーネット、スコルビオン、コカトリーニョ、レカドールを使って観察していた。例の人狼少女、初月諒花を。
戦力の大半が失われると恵比寿のホテルに籠城し、カトルズに助けを求めた。そんな中、カトルズから指令が来た。救援が向かっている間の指令が。
なのでこうして今、カヴラとミーティングし、行動に移そうとしている。
今起こっている抗争はカヴラすらも、誰も知らない。全てはカトルズによる、あの人狼の小娘の――――なのだから。
越田組の迎えを待つ間、久しぶりに骨の有りそうな獲物。待たせたカヴラも痺れを切らせている。ここもじきにバレる。壁に最適だ。
明日は存分に暴れさせてやろう――――化蛸は舌を出してジュルリとする。
読んで頂きありがとうございました!
次回は登場人物が変わりまして、また別の夜をお送りしつつ話が進みます。




