第150話
滝沢翡翠とハインによる、脱獄を画策した樫木麻彩及び幹部陣に対する緊急尋問が始まった。
一人ずつ理不尽な呼び出しによって一時的に牢から出され、個室に連行されその餌食になっていく。彼らの口から真相に迫る二人。
この間に時を少し遡り、滝沢邸で樫木の脱獄が失敗に終わる少し前、かつ石動が翡翠に電話をかけた後のこと――――。
ここはすっかり日の沈んだ渋谷。今朝のコカトリーニョ襲撃事件があったヒンメルブラウタワーからは北側に位置する、ビル群の中。ひっそりと建つ小さなビジネスホテル。
近くのコンビニで買ってきたカップそばやサンドイッチ、おにぎりなどを夜景の広がる大きな窓際の小さな丸いテーブルに置き、それらを食べるのは、その左右の椅子に座る白いバスローブ姿の長い金髪とショートの茶髪に眼鏡をかけた女性二人。
「執事服のあなたも着替えるととても女性らしくなるものですね」
通常であればまず見ることはない、普段は男装をしている茶髪に眼鏡の彼女――石動千破矢の姿を見て長い金髪の女性、フォルテシア・クランバートルは言った。
石動の白いバスローブにきっちりとした首筋と肩。初見の者からはどこからどう見ても彼女が普段は男装している女執事とは思わないだろう。
「よして下さい……お言葉ですが、人前でこの格好をするのは慣れません。私は女である以前に執事ですから……ですが褒め言葉として受け取らせて頂きます、どうぞ」
頬を赤くして照れ隠しをし、ごまかすようにペットボトルのお茶をフォルテシアに渡す石動。
ビジネスホテルはともに入浴する大浴場のようなものはない。各部屋の一室にバスルームがあり、交代で風呂に浸かったりシャワーを浴びて体や髪を洗う。
夕暮れ、黒條零に化けていた化蛸のダーガンと交戦した際、奴が吐き出した猛烈な墨攻撃によって執事服も体も真っ黒にされてしまった石動。化蛸には結局あの後、逃げられてしまい、ホテルで休む事にした二人。
フォルテシアが拠点としてとったホテルに着くと、部屋はツインルーム。見た目的な意味で重傷の石動が先にバスルームに入り体を癒やすことに。お馴染みの緑色の執事服とワイシャツは真っ黒に染まってしまい、ダメになってしまったがスペアはある。
なので風呂上がりも執事服で通そうとした石動を察し、フォルテシアはドア越しにノックしてから一言。
『明日からの戦いに響いてはいけません。仕事着ではなく、バスローブを勧めます。体を癒やすためにも』
そう言われ、石動はスペアの執事服ではなく体を癒やすために風呂上がりはバスローブ姿に着替えたのだった。羞恥心を抱きながら。
死んだはずの化蛸がなぜ生きているのか、彼女は知っている――。
普段はこういう姿は誰にも見せない、見せても主君の滝沢翡翠だけ。しかしフォルテシアの足を引っ張ってはいけない。恥じてもその通りにした。
石動がバスルームに入っている間、フォルテシアは夕飯の買い出しに近くのコンビニに出かけた。石動には事前にリクエストを聞いて昆布おにぎり、野菜とハムのサンドイッチを買い、一方フォルテシアはすぐに腹を満たし何かあっても動けるようにとカップの天ぷらそばを買ってきた。なお、飲み物はフォルテシアはウーロン茶、石動はアクエリウス。
フォルテシアが買い出しから戻ると石動は既にバスローブ姿だった。丁寧なお辞儀をしても、見た目は執事ではない大人の女性の姿で目の前に立っていた。
その入れ替わりで今度はフォルテシアがバスルームに入り、彼女が上がるまで石動は先に食する事なく、執事としてただじっと待ち続け、今に至る。
先に食べてても良かったのですよ、と言われてもそういうわけにはいきませんと言う石動であった……なお、この間に石動は翡翠に報告のため電話をしていた。
二人で会話もなく、食事をしているとフォルテシアが口を開く。
「なぜ渋谷にいたのですか?」
「渋谷ヒンメルブラウタワーでワイルドコブラの襲撃がありまして。あなたが洗礼を浴びせ私に預けた諒花様を逃がし、私は一人が後始末で残っていました」
「お疲れ様です。ホテルに泊まっていたのですね、あの後」
昨日、フォルテシアが初月諒花を倒し、気絶していた彼女はその場でお姫様抱っこで石動に預けられた。その後をフォルテシアは一切知らなかった。
「そういうあなたはなぜ渋谷に?」
するとフォルテシアは二本の指を立てる。
「目的は二つあります。あなたには共有しておきましょうか」
食事をしながら、石動はその真実を耳にする事になる。
「一つ目は事の発端である化蛸のダーガンです」
ビーネットが先陣を切ったワイルドコブラ抗争が始まった30日より前、渋谷区の路地裏で喫煙中の人々が相次いで何者かに虐殺される事件を受け、容赦なくその場にいる人間を一人も逃がさず斬り刻み、刺殺する常人にはあり得ない凄惨な犯行から警察がXIEDに要請を出したためだ。
街にある公の喫煙所を襲撃するのではなくコンクリートに囲まれた路地裏や隙間での人気のない場所の喫煙者を標的にし、自ら犯行を繰り返す事に快楽を感じているかのようであった。
彼は8年前の岩龍会時代から相手を騙し討ちする殺し屋として、あるいは潜入工作に秀でたテロリストとして、敵からも味方からも恐れられた。
いつ頃から起こり始めたのかも今はおよそ分かり、既に今週の28日には渋谷駅から離れた人気のない街の片隅で喫煙中の所を襲われた遺体や血痕が見つかった。
ダーガンは定期的にあのコンクリートジャングルの目立たない場所で生き血を啜っていたのだ。
蛸が海底の岩陰に隠れて獲物を捕食するように。
「そしてもう一つはあのレーツァンを倒した初月諒花と、黒條零に会うためです」
「それは、あの男に勝ったからということだけですか?」
「そうですね。諒花さんについては確かめに来ました。ただ、言えるのはこれだけです。ここからは個人的な理由になるので今はやめておきます」
ならば来る時まで詮索しない方が良い。むしろその時が来たら当人が知るべきだと石動は悟った。
その口振りから想像以上に二人の事を気にかけているようだ。なら語られる時まではじっとしまっておくことにした。
読んで頂きありがとうございました!
第二部ラストの「青山の執事と白銀剣士」以来、久しぶりのフォルテシアと石動の登場でした。
150話を超えましたが次回は尋問の結果へと踏み込んでいきます。




