第15話
その日から、彼女の姿は日常のどこにもなくなった。
学校の登下校もいつも一緒だったのに。あれから一切姿を見せることはなかった。もしかしたら途中からこっそり登校してくるのかとも思ったがそんなこともなかった。
「にしても、零さんにまさかあんな秘密があったなんてね」
そう同じく落ち込んだ様子で口にするのは幼馴染の笹城歩美。短い髪と赤いヘアピンも下を向いている。
二人で肩を並べて登校する初月諒花。零よりも長い最初の幼馴染の歩美とこうして登校するが、心に大きく穴が開いたような気分はまだ拭えなかった。歩美にとっては零は小五の頃からのかけがえのない友人である。彼女との出会いともあって、零の笑顔を見る機会もたちまち増えていったのに。
「わたしがこれまで零さんと仲良くしてきた時間も、零さんにとっては本当は余計だったのかな?」
「そんなわけねえだろ。零は歩美にも感謝してた」
最後に会った時の言動から、内心ではとても心苦しい様子が見て取れた。こちらには言えない大きなものを抱える葛藤、それに縛り付けられる苦悩というべきか。零にとっては過ごしてきた時間は決して無駄ではないものなのは明らかだった。
「歩美はどう思うんだよ?」
「どうって……まだ整理がつかないかな。だって零さんは最初から諒ちゃんをスパイする目的で接近していたわけだし」
歩美にとっても、これまで一緒で、ずっと仲良くしてきた友達にそんな裏があったとは思いもしなかったのは言うまでもない。
「諒ちゃんはどう思うの?」
「アタシも信じられなかった。同じ異人で同い年だし、ずっと一緒だったし。それがまさか監視役なんて疑うかよ」
零は小学四年の始まりに転校してきた。今にして思えばその転校がまさにスパイ活動の始まりであったわけだが、こういう理由があったとはつゆ知らず。最初は当然コイツなんなんだよという感じだったが、次第に打ち解けていって、当初はあった警戒心というものは薄れていき零の存在は当たり前となり日常の一部となった。
「けど、滝沢家も協力してくれるっていうし、必ず見つけ出してやるさ──」
零が去った日から早二日。今日は10月29日だ。渋谷駅近辺が荒れるハロウィーンは二日後。
この二日間は振り返ってみたら激動だった。こうなった原因は零がいなくなって、あの時聞き出そうとしたその先の情報を得るためにも一刻も早く捜し出す必要があるのもそうだが、それ以前に変態ピエロことレーツァンをこの手で倒す前から、こちらに勧誘をかけてきた滝沢翡翠が動き出したことだ。
毎日零の家に行けばワンチャン帰ってきているのではないか、という考えにはならない。なぜなら────
「家宅捜索を開始するぞ! お前達、この部屋の隅から隅まで調べ尽くせ! 怪しいものは残らず差し押さえろ!」
零が去った後の10月27日。
主無き部屋に、号令のもと、スーツ姿にサングラスをかけたガラの悪い男たちがぞろぞろと入り込む。零が逃げ去ったという事実はすぐに青山の滝沢邸にも伝わり、青山の女王滝沢翡翠はその日のうちにもぬけの殻となった零の家を家宅捜索するためも含め応援部隊を派遣した。
空となった零の家には重要情報が残されているかもしれないのでくまなく捜索する。背後にいる黒幕の正体を暴ける手掛かりを求めて。
その現場に立ち会った。右腕を凍らされた紫水は車で先に青山へ帰宅。シンドロームとマンティス勝も零との戦いでダメージは受けているがともに立ち会うことになった。
──そう、零の家は今は滝沢家によって占拠されて入ることができない。零にはもう帰る家はない。二日経っても姿を見せないのだからきっと黒幕の手を借りてどこかに隠れ潜んでいるのだろう。
「ん? これは……怪しいパソコンが見つかりました!」
組員が押し入れの中から隠された状態で見つけたのは一台の黒色のノートパソコンだった。
「こんなパソコン持ってたのかよ零」
思わず口からこぼれた。零の家は何度か訪れているが、これを見るのは初めてだった。
組員がパソコンを開き、ボタンを押して起動しても画面中央にパスワードを求められ、デタラメにキーボードを入力しても中身を見ることは不可能だった。他にも黒幕の手掛かりに繋がりそうなものがないか捜索が行われたが見つからず、スマホは零が肌身離さず持ち歩いていたのか充電器しか見つからなかった。
となると、このパソコンが全てを知っているということ。すぐさま滝沢家の解析班に回された。
「このPC、すぐには無理だが解析作業は俺とシンドに任せろ!」
「マサル! おれもハッカーの知り合いいるから最悪の場合、マネー積んで声かけてみるYO!」
解析はシンドロームとマンティス勝が担当する。零と対照的にスマホだけではなくパソコンもだが機械はあまり詳しくない諒花は零の私物品ではあるが意地を張らず大人しく、二人にパソコンを預けることにしたのだった。
「アタシが持っててもしょうがねえし……任せるよ」
零はもういない。真実を明らかにしたことで去ってしまった。レーツァンを倒した時からこうなる筋書きはとうに出来ていたのかもしれない。死に際に遺した奴の言葉はこの結末を暗示していたのかもしれない。もう一人の敵、黒幕がいてそれは手下を近くに送り込んでいる。その手下は零だったのだから。
そして。この起こってしまった残酷な話を帰宅後に直接、家に共有したのは諒花であった。