第138話
そんな時、自分達しかいないと思ってた空間に、誰もが予期していない、意外な顔が現れた――――。
「……その話、詳しく聞かせて下さいよ、先輩方」
突如、ワイルドコブラ四幹部が投獄されている檻とは通路を挟んで向かい側の暗い檻の向こうから、へりくだった男の声がした。一同の視線がそちらに向けられる。
「誰でゴスか!!!」
「ブンブン!! そういえば食事が降ってくる音はしていたから、他にも誰かここに投獄されていると思っていたら――――」
スコルビオンとビーネットの鋭い視線がその方向へ向けられる。
通路を挟んで隣の檻の中の様子は視覚で伺えないほど暗い。だが、天井の中のベルトコンベアーで運ばれた食事が天井が開いて落ちてくる音はするので、この四人で一番最初にここにブチ込まれたビーネットは既に誰かいるのは容易に推測していた。
隣にある檻の奥から、ドロンと黒装束の幽霊みたいなものが現れる。真ん前に現れたその男はレンズにヒビの入った丸い眼鏡をかけていて骸骨の目元を模したフード付きのボロボロの黒いコート。目は鋭くギザギザの歯と、狡猾さが出ていた。
「レへへへ……これはこれは……まさか……貴方がここにいたとは」
レカドールはその顔を知っていた。4ヶ月前に池袋で起こった、ベルブブ教と円川組の抗争。その前の総帥レーツァンの一存で開催された異人限定のバトルトーナメント決勝で大バサミのシーザーを破って優勝しチャンピオンの栄冠を勝ち取った。
「死神の……樫木麻彩」
バーテンダーとして、期待の新人の名は客との話題の種にもなる。自分や触れたものを透明にする能力――実体は残るので足音は聞こえ、ただ見えなくなるだけ――を活かし、一切の躊躇いのない生粋の殺し屋として売り出し中だった彼のことも記憶していた。が、まさかこの監獄にいることはとても予想外であった。
「あー! そんな後輩がいたゴスね。すっかり忘れてたゴス」
「あぁ、幽霊のような殺し屋として有名な奴がいたな」
スコルビオンとビーネットもすぐに思い出した。
トーナメント後、総帥によって見出されシーザーとともにベルブブ教との抗争に参戦したことで一躍話題となる。
だが先月、渋谷で初月諒花と黒條零に敗れたことをきっかけにその前に敗れたシーザー共々フェードアウトしてしまっていた。それ以降、渋谷には二人の強い異人の少女がいるという噂を聞くようになる。
しかし直後、六本木や青山で全身鎧姿の謎の女騎士が突如現れ、滝沢家やダークメア末端の鈴川組に対し襲撃事件を起こした事でその噂も一旦は落ち着くことになる。
「死神の樫木。そういや聞かなくなってた名だなコケ」
樫木は先月の10月19日の戦いではレーツァンの配下として暗躍。一度初月諒花に敗れた後も、独自に諒花に挑み続けたシーザーと違って彼はレーツァンに重宝され、透明能力を活かして姿を隠しながらも警察の動向を偵察したりなどの依頼を受け、仕事をしていた。
樫木の能力は姿を消して相手の命を奪う以外にも潜入にも秀でている。常人には物音以外で感じ取れるものはない。
「僕は先月19日、ここで起こった戦いに乗じて、チャンピオンだけでなく、この青山の王になろうと思いました」
だがその戦いと混乱の最中、彼の中で野心が芽生えた。青山の女王、滝沢翡翠を倒し、自らが青山を支配する王へと伸し上がる野望が芽生えたのだ。
屋敷に同じく乗り込んでいたシーザーを成り行きでマンティス勝と組んで始末し、そのマンティスも裏切って切り捨てた後、彼女を奇襲した。のだが。
「あの女王の指先から放たれた光線で焦がされて、気がつけばこんな場所に――」
先月30日に投獄されたビーネットよりも長い投獄期間。投獄されたのは先月19日なので一週間半長くこの場所にいた。
最初のうちは死んだと思われてもおかしくないほどのダメージを負ったまま監獄に運ばれて放置されたが、次第に意識が戻り、ボロボロになっても己が野望と復讐心、負けず嫌いを糧に死神と呼ばれた男は蘇った。
樫木は脱獄を試みたが、この檻を無理やり破壊して抜け出すことはできない。異人のチカラを持ってしても壊せないほど頑丈で、ある特殊な異原石を混ぜて作られた特殊な金属でできているからだ。
だが脱獄の糸口がないわけではない。そんな中、新たな投獄者が現れた。30日にビーネット、次の日のハロウィンにスコルビオン。
この二人の存在は死神と呼ばれた暗殺者たる彼も格上として認識していた。自分やシーザーより先に名を上げていた先輩として。
その能力ゆえ、暗殺以外にも潜入、偵察任務にも長け、暗闇の中で人の命を狩って返り血を浴びていた彼はいつしか暗闇でも物を見れることにも長けていた。容姿以外にもその喋り声からあの二人組だとすぐ気づいた。
そこであえて機を待った。あれほどの大物がこぞってこんな場所に投獄されるのもおかしい。外で何かが起きている。そしたら今日になってコカトリーニョ、レカドールまで投獄されてきたではないか。
これは好機、チャンスだ。そう睨んだ死神はこうしてワイルドコブラ幹部四人の前に初めて闇の向こうより姿を現したのであった――――。
「さっきの話と、外の状況を詳しく教えてくれませんか? 先輩方。話はそれからです」
僕は19日以降のこと、全く知らないんですよとありふれたアピール。
「ブンブン!! 俺達に訊いてどうするんだ小僧」
ビーネットが前に出た。
「話ってなんだゴス! ドヤ顔決めて……ここを出る算段でもあるゴスか?」
更にスコルビオンも前に出た。
樫木はニヤリとした口で、
「あるんですよ、出る方法。ここを出たかったら、僕の取引に応じて下さい」
「越田組は僕のクライアントでしてね。顔が利きます」
透明能力を活かした隠密行動に長けた樫木は死神として名を上げる前から潜入や暗殺だけでなく、人攫いも請け負ってきた。
武闘派で好戦的なシーザーとは違い、彼は裏社会における闇の仕事を請け負うフリーランスとして暗躍していたのだ。
滝沢邸の地下の監獄にて、敗北者達の思惑が交錯し、密かに動き出す……
監獄へと続く階段の通路に、黒闇の魔女と呼ばれし少女ハイン。監獄の入口に背中を壁に預けて立ち、腕を組んで彼らの会話に聞く耳を立てていた。
――囚われの幹部達の様子をスカールに代わって見に来たけれど、このままじゃ面倒な事になりそうね――――。