第135話
暗い監獄の頭上から機械音がする。その何かが動く音はビーネットは勿論、スコルビオンは既に聞き覚えがあった。
「!? 新入りがくるでゴス!」
「まさか……」
天井の真上にあるベルトコンベアーの起動音だ。時計がないので時刻は分からないが、まだ夕飯には早い。因みに荷物は全て没収された。
つまりまた誰かが投獄されてくる合図。ワクワクと楽しみにしているスコルビオンとは対照にビーネットは逆に危惧していた。この戦争に参画している幹部はまだ他にいるがここへ来ること即ち敗者ということになる。
天井が開き、食料と同じ要領でそこから降ってきて同じ檻の中に放り込まれたのはガリガリの長身の体に黒トカゲの顔。弱った常人の何倍以上もある長い舌を出して意識は朦朧としていた。
「皆さん……でしたか……レへヘ」
「マスター!? あんたがこんなふきだまりに来たゴスか!!」
「ブンブン! こいつは驚きだ、マスターほどの男が敗れるとは」
「コケーッ!? おいおいレカドールも負けたのかよ、あの初月諒花に!!」
睡眠を忘れたコカトリーニョも驚愕した。マスターというのは店を開いてる時の彼のあだ名だ。ただこの中でコカトリーニョは親しげに名前で呼んでいる。幹部だが門番という序列では下の立ち位置のビーネット、スコルビオンと違って、彼はレカドールとは同格の関係であるからだ。
「やあ、コカトリーニョ。こうなるならば、あの相談役に意見し、昨日のうちに彼女を葬り去るべきでした……」
「いや、昨日はしょうがないだろ! 下手すればお前が先にやられてたコケーッ!」
スコルビオンが敗れたハロウィンの夜から二日後となる今日11月2日、コカトリーニョは車で早朝に華麗に渋谷入りした。
ハロウィンの前日である30日に先陣を切った一番手のビーネットと随行した諜報員が偵察して集めた情報をもとに今朝、渋谷ヒンメルブラウタワーに攻め込んだわけだが駐車場で逆に焼き鳥にされてしまった。
一方、レカドールは昨日1日、コカトリーニョより一足早くに渋谷入りし、初月諒花を虎視眈々と狙っていたのだ。
だがその日、不測の事態が起こる。渋谷にXIEDのフォルテシア・クランバートルがやってきている事が相談役のダーガンの通知によって発覚。作戦変更を余儀なくされる。
下手に初月諒花に手を出したり騒ぎを起こそうものなら、こちらを察知した彼女にやられてしまう危険性から、レカドールは待機を命じられ潜伏、機を待ったのだ。
相談役ダーガンも彼女を警戒し、コカトリーニョが敗れた後も追撃せずあえて初月諒花を暫く泳がせ、隙を作って手薄な滝沢組事務所を制圧、初月諒花を仕留め、あわよくば滝沢邸を攻めるようレカドールに指示をした。
だがしかし、またしても予定が狂った。その滝沢組事務所制圧作戦の遂行中に本家のスカールによってワイルドコブラ本部が陥落。
事務所を制圧し、滝沢邸に脅迫状を送りつけて初月諒花を待っている間、渋谷にいるダーガンからレカドールに予定変更の電話が直々にかかってきたのだ。
滝沢邸を攻めるのはやっぱり無し。代わりに脅迫状で誘い込んだ初月諒花の首を持ってきて渋谷の恵比寿に合流する手筈だった。が、電話後にレカドールは案の定、初月諒花、滝沢紫水のタッグの前に敗れ、しなびたトカゲ野郎にされ、こうして監獄にブチ込まれてしまった。
「フォルテシアぁ!? あの女は絶対無理ゴスよ!!」
自分が倒された直後にやってきたその名前に驚愕するスコルビオン。彼の自慢の鋼鉄の装甲も彼女の前には大きく凹まされる姿が浮かんだ一同は彼を含めて戦々恐々とした。
石動とフォルテシアはいずれも手慣れの稀異人だ。しかしフォルテシアは次元が違いすぎる。石動もスコルビオンでも砕けなかった岩壁を展開できるが、フォルテシアは万全な状態ではワイルドコブラ幹部が束になってかかっても勝ち目がない。たぶん互角に渡り合えるのは相談役のダーガンか、ボスのカヴラぐらいで、練度が違いすぎる。
仮にフォルテシアに勝てたとしても、XIEDには彼女と肩を並べる猛者が他にもいて彼女はその一人にすぎない。今のXIEDを支える精鋭達。戦力が削られて増援が来られてはもはや作戦どころではなくなる。
なので下手に戦って戦力を浪費するよりも、いかに彼女との戦闘を避けて目的を果たすかが重要だった。