第132話
カヴラ一派。残る敵はもうあと二人────。
スカールがワイルドコブラ本部へ行き、素直に降伏した幹部から事情聴取して入手した情報によると、今現在、初月諒花と妹が交戦中のアレックス・レカドールを除くと、この抗争に参画している残りの幹部は化蛸ダーガンと、ボスである蛇拳王カヴラのみだという。
相談役という役職で幹部に座るダーガンは今回の抗争の中心的な指揮官。彼とカヴラがこの抗争の首謀者であり、全てを知っていると見ていい。
中郷の直接な配下である黒條零の行方も途中までで掴めていないに等しいため今見える、確かな手掛かりを追う他ない。
「敵の残存戦力については共有して構わない。俺が提供した情報として言う分にはな」
「ありがたいことですわ」
初月諒花がここまで三人の幹部を倒したこと、スカールがワイルドコブラ本部にいた者達を降伏させたことで一気にこの抗争は終わりが見えてきた。
降伏した幹部の一人曰く、渋谷攻めの方針を詳しく知っているのはカヴラとダーガンで、あとはただ命令されて動かされる者に分かれていたという。
後者は任務に成功すればカヴラから褒美がもらえることしか分かっておらず、今回の抗争の本当の目的まではスカールもまだ掴めていない。なのでカヴラ、ダーガンを捕らえて吐かせる他ない。
つまりはワイルドコブラの上層部の一部分、カヴラと身の回りは勝手に動き出し、残りはただ翻弄されるという形で割れていた。
「仮にプロジェクトがカヴラから中郷に知られてようがなかろうと、俺達は計画通り釣りだした残りの反乱分子を排除し、更に想定外だったカヴラ達をこれから黙らせた後は、体制を維持しながら機を待つことになる。そこからはその時が来るまでは、ひたすら耐える日々だ。覚悟しとけよ」
一蓮托生というのだろう、こういうことを。今回の事件の全てや経緯がだいたい分かった。
見込んでいた初月諒花と全力で戦って倒されたことで、プロジェクト開始と同時に組織内の膿を全て出す機と見たレーツァン。反乱分子を掃除するのも、内輪揉めと見せかけ、全ては組織を立て直し、更に中郷との戦いを見据えたものであった。
だがその最中、商談や体調不良でプロジェクトの全貌を遅れて知ったカヴラは、反乱分子を釣り出すためにこれまで築き上げてきた組織を崩すことに、居ても立っても居られず反発。
彼はドン底から這い上がって皆で築き上げたこのダークメアという勢力に誇りを持ち、それを崩すことに反対。初月諒花に矛先を向け、渋谷攻めを開始した。既にこの時から中郷に裏で何かしら唆されていたりしたのかもしれない。
「化蛸の彼がカヴラさんとつるんでいるのはなぜなのでしょうね?」
カヴラ以外で唯一残った幹部、ダーガン。その異名はとても有名で敵からも味方からも恐れられた。何を隠そう元は岩龍会の殺し屋だからだ。これまでの幹部達とは違う。
姿を自在に変えることができ、パッと見た目だけではまずダーガンだと見破ることは困難。それで人々を欺き翻弄し、脅迫して電車を無限に走らせたり、施設に爆弾を仕掛けたりして世を騒がせてきた。
無論、XIEDからも追われるも逃げ延び、岩龍会も彼の扱いには手を焼いていたとか。
そんな化蛸を仕留めた可能性が高い、生き証人は実は今、目の前にいる。
「あの時、彼を追い詰めて倒したのはダークメアと聞きました。何か知ってますか? スカールさん?」
「アイツは確かに死んだはずだ。なぜ生きていたのか、俺にも分からん。ワイルドコブラの本部をガサ入れした時、奴が所属していることを知って驚いた」
8年前に抗争の中で死亡した、そう断言するスカール。
「岩龍会時代も頭のキレる異人だった。ラルムなのと、悪名高きその腕を見込んでレーツァンが一度幹部にならないかと誘ったんだ。だが誘いを蹴りやがったから、俺はレーツァンに連れられて会いに行った」
もしダーガンが幹部になっていたら今頃、ダークメアはレーツァンを除いて四大幹部、あるいは四天王になっていたのだろうか。敵にも味方にも恐れられた彼を仲間にしようなんてレーツァンもなかなか豪胆な事をする男だ。
「アイツは一人で俺達二人を相手した。目の前に見えるものを鵜呑みにする奴は絶対に勝てないだろうな」
姿を自在に変えることができる化蛸はスカール、レーツァンと同時に六本木のビルの上で交戦。当時もレーツァンとスカールは強かっただろう。
対するダーガンも鍛え上げたミミックオクトパス人間であるその能力によって彼は見たことがある人間に姿を変えるなどお手の物だ。もし、相手にとって攻撃できない存在に化けたとしたら……? それは脅威でしかないだろう。
月夜の戦い。最期は既に激しい戦闘でボロボロ状態だった所をコンクリートジャングルの溝の奈落の底に落とされ消えていったという。さすがのダーガンでも二人を相手するのは限界だったようだ。
「あの時は死体も発見できなかったが、俺は手応えある攻撃で40階もある高層ビルから落ちたアイツを死んだとばかり思っていた」
その後8年間、今日に至るまではどこで何をしていたのかは一切不明だ。
しかし降伏したワイルドコブラ幹部曰く、ダーガンはカヴラがつい最近どこかから連れてきたようで、その手腕を買われてワイルドコブラの相談役という形で幹部となり、今回の抗争の指揮権を掌握、軍師のような存在になったらしい。
そのどこかというのも気がかりで不明だ。スカールも掴めていないようだ。この蛸が来たことでワイルドコブラはおかしくなり、中郷の思い通りになったのではないか??
あるいは前々からカヴラが中郷と繋がっていてその橋渡し役がダーガンだったか。いずれにせよ、中郷の情報を引き出す意味でも、倒して捕まえて直接確認する必要がある。
最後に。この滝沢邸にはビーネット、スコルビオン、コカトリーニョの身柄を地下の檻に閉じ込めて預かっている。それはどうするのか。ここで返すつもりだったが。
「全部終わるまでそのままにしといてくれ。忙しくなった。どうせアイツらは都合よく化蛸やカヴラに動かされていただけで、何も知らされていないだろうよ。必要な時はまた連絡する」
降伏した幹部から充分情報を聞き出したのか、それで密会は終わった。先に来ていてそのやりとりをただじっと見て、紅茶を優雅に口にしていたハインもスカールとともに帰って行った。
ハインは上司の見送りだろう。元よりこちらへの援軍として来たと言っていたから。
話の整理がつき、プライベートルームに足早と戻る。
「花予さん、急に席を外して申し訳ありません! お待たせしましたー」
たった30分だったがとても濃密な30分であった。戻ってくるとテレビからのゲーム音が聞こえてくる。画面上から流れるように出てくる敵の大群を撃ち落とす爆破音が。
「おかえり翡翠ちゃん。いやー、昔レトロ堂にあったけど高くて買えなかったグラディエーターRXがまさかここでできるなんて、あたしゃ感動だよ」
テレビの前でコントローラーを握り、戦闘機を操作して無数の弾幕を回避し撃ちまくるゲームを楽しんでいた花予の姿に少しだけ安堵した。普段ならば、この半分寂しさも内包している部屋の雰囲気が不思議と明るく感じた。
「やりませんか? 花予さん」
少しだけならば、花予と遊んでもいいかもしれない。ここではスカールや中郷とか関係ない。ここならば、全てを忘れられる。
「勿論さ、翡翠ちゃん。ゲームしながら語り合おうじゃないか!」
ここで確信する。そこに、気が合う花予がいることで自分も安息が得られていることを。