第129話
時は初月諒花と不死王スカールが対決するよりも前に遡る。
突如早めに訪問してきたスカールが帰宅したことで、花予の待つプライベートルームへ戻るより前、一人部屋で気持ちの整理をつける青山の女王、滝沢翡翠。
これは諒花と紫水が滝沢組事務所で催蜴のアレックス・レカドールと死闘を繰り広げていた頃である────。
予定より大幅に早く滝沢邸へやってきたスカール。お陰で花予とゲームしながら楽しく語らう時間がなくなってしまった。レトロ堂の話はできて良かったがもっと語らいたかった。時間ができたら今度こそやりたい。
てっきりワイルドコブラ本部のガサ入れと逃亡した敵の追撃に時間を要して、実際にやってくるのは夜になるとばかり思っていた。独自で勝手な行動をすることもある問題幹部ハインが気になり、現場を他の者に任せて足早にやってきたという彼を出迎え、屋敷の奥に案内した。
────そこで、ハインも交えて三人だけで他言無用の話をしたのだ。
本当はもっと訊きたいこともあったが、スカールは明日に向けた全体指揮で忙しいと、用件が済むとお帰りになった。用件はハインを引き取りに来たのと、ワイルドコブラから攻撃を受ける滝沢家への状況確認のためだった。
こちらとしては今回の抗争のケジメを一番つけるべき彼が動き、直々にワイルドコブラ本部を訪れたことで、本部で待機していた構成員や幹部が降伏し、敵の数が大幅に減ってくれたことがとても大きい。
さすがはあの男の右腕。総帥となって組織を直接仕切る立場ではなくなり、初月諒花に対し独自にストーカー活動をしていたレーツァンに代わり組織を仕切っている最高幹部。事実上のトップだ。
カヴラ側に完全に与するごく少数の者以外の敵はいなくなったも同然だ。抗争は一気に収束へと近づいた。明日にも尻尾を掴んでいるという残党に最終攻勢をかけていくという。
『プロジェクトは最高機密なんだけど、さっきのワイルドコブラと中郷が繋がってる話をすれば、慌てて話してくれるでしょ。もうウチだけの問題じゃないしね』
黒條零のパソコンから得られた情報を確認していく時、突然現れたハインがあの時言っていたことを思い出した。ワイルドコブラは全ての黒幕中郷と繋がっていること、更にレーツァンが画策した中郷を潰す目的の例のプロジェクトの全貌が中郷本人に知られている可能性。それらをハインの言葉通りに彼に突きつけてみると――
「なに!? それは本当なのか? カヴラの奴、よりによって中郷と組んでいるのか!?」
とても信じられないような顔をした。慌てた顔がとても面白い。
何せ黒條零のパソコンからワイルドコブラを動かすと宣言するメッセージが見つかったから判明したことだ。
カヴラが中郷とどれほどの関わりがあるのかはまだ不明だが、どちらにしろ中郷が意図的に動かせることをプランにできるまで、カヴラとワイルドコブラという組織が漬け込まれているのは違いない。
──これも、諒花さんと出会えたからこそ知り得た。始まりはあの男の策略だったとはいえ、この出会いには感謝────
そもそも黒條零本人と何も縁もゆかりもなかったスカール達だけではこの情報に辿り着くことは不可能だっただろう。あのパソコンは中郷サイドでやりとりされた情報を見れる大変貴重な手掛かりの塊だったのだ。
これら知り得た情報をパソコンの画面を印刷した用紙も見せて説明すると、スカールは納得し、暫く黙り、数分悩んだ様子で諦めからの思い切った様子で真剣にこう言った。
「翡翠……頼みがある。お前もこのプロジェクトに参加してくれ。これは要請だ」
「あら? この抗争を起こしてこちらに危害を加えたのはあなた方なのに、拒否権もないなんておかしいと思いません?」
「ぐっ……迷惑料の上乗せの約束と、そちらから何か仕事や要望があれば受けるから、話を聞いてくれ。話を聞いて気が変わった」
「こちらとしても、まだ持っていない情報を握ってそうなお前が味方として欲しいんだ」
仕方なく教えてくれるようなので、教えて下さいと訊く手間が省けた。ハインの言う通りだった。彼女も語らなかった、彼らの計画の中身を知ることができる。今後のためにも役に立つ。
「ただし、これから話すことは、たとえ味方であっても、他の奴には一切喋るな。俺とのスマホやパソコンでの文字のやりとりも横から覗き見られないようにしろ」
ここで首を縦に振ればもう後戻りできないだろう。パソコンから得られた情報は初月諒花を含めみんな知ってることだが、向こうからオファーを出してくれただけでなく、プロジェクトのことで対等に話せるのは本当に都合が良い。
「お前も中郷を潰したがっているだろう? 初月諒花に肩入れしている時点でよ」
「そうですわね」
頷く他ない。相棒だった黒條零のパソコンを彼女から預かって部下に解析させているより前から実質協力関係があることは、スカールも知っている。
中郷は初月諒花にとっては宿敵だ。それに名前と存在だけが有名な謎多き中郷を調べることは、裏社会にいても謎が多いこの世界の更なる暗部に立ち入る事に等しい。
また、願望にすぎないが、初月諒花だけでなく、妹も苦しめるメディカルチェックについても何か分かるかもしれない。何せ、警察や自衛隊などの次に国の安全に関与する日本のXIEDのトップなのだから。政治家でなくても何かしら知っている、もしくは関わっている可能性はあるはずだ。
「お前が俺達の目的を先に知っておくことのメリットはあるはずだ」
「いいか? 俺が許可するまでは絶対に外部に喋るな。計画が倒れたら、全てが水の泡だ。ダークメア本家として、厳重な措置をとらざるを得ない」
それは組織に損害を与えた者を罰する措置。滝沢家を容赦なく潰すということ。そうなればこの青山裏社会の支配もダークメアにとって代わられるだろう。もう、答えは一つ。
「分かりましたわ。ここだけの話とします」
こうして、丸いテーブルを囲い、赤いクッション椅子に座り、三人の密会が始まった。
ハインはただじっと見ているだけ。現場責任者に任せるつもりなのだろう。
ただここまで来てしまったスカールに、先にレーツァンから三大幹部とは別で裏で引き継ぎを受けていること、滝沢家にプロジェクトについて触りだけ喋ったことをカミングアウト。
「そういうことだったのか……! 通りで勝手なマネを……!」
スカールはある程度予測はしていたようだが、彼女の身勝手な行動がそれに直結していた事に憤り、睨んだ。
「後で話聞かせろよ、ハイン」
「ええ」
ハインもいくら怒られようが涼しげな顔をしている。
部屋には鍵をかけてある。窓も閉めた。誰からも聞かれる心配も入って来られる心配もない。
「……始めて下さい」