第123話
レカドールを倒した初月諒花と滝沢紫水を乗せた車が、完全に日の落ちつつある滝沢邸の森の前の正門へと到着した。
が、敷地の大半を占めるその薄暗い森が見えてくると途端にぐったりと疲れを感じた。席に背中を寄せる。
「今更気づいたけど、さすがに屋敷の入口近くまで車は入れねえんだな」
「あぁ、そうだよね。でも車を走らせるとタイヤで草が下敷きになっちゃうからって翡翠姉が」
「それもそうか……」
紫水は申し訳なさそうだった。今回は肉体的よりも精神的な意味でダメージが強かったので、できれば屋敷入口まで車で移動できるならして欲しかったが紫水の言う通りだ。仕方ない。
それに敷地内に道路を作るぐらいならば、使える敷地はとにかく緑にしたそうだ、あの青山の女王は。
「お二人ともお疲れ様でした」
車を運転する倉元に労われ、荷物を手に車を降りる。黒いレザースーツのままだが屋敷に帰ったら着替えればいい。
門をくぐり、滝沢邸までは森林のトンネルが続く。いざ歩き出してみるとこれはこれでいいのかもしれない。
緑に囲まれた景色がさっきまでのストレスで荒んだ心を和やかにしてくれるからだ。秋の風も冷たい。濡れた体は戦いが終わった後に紫水がくれたタオル類で念入りに拭いたが湯に浸かりたい所だ。
ここで足を止めた。奥から二人の人影が見える。ここからだと誰か分からない。
一人は大きめの影、もう一人は一回り小さい影。立ち尽くしていると紫水もちょうど隣に立って止まる。二人の人影は歩きながら話をしているようで、どんどん近づいてくる。
「思ったより早く来てくれるなんて意外だわ」
「やっぱ先にお前を行かせた俺がバカだった。色々と面倒なことになると察したから、現場をタランティーノに任せ、急遽こうして来たんだ! ……もう手遅れだったけどな! 余計なことを……」
後悔と苛立ちを隠せない男の声。
「フフフ、アンタがじれったいのよ」
男女の会話が森に響く。
「ハイン。プロジェクトについてレーツァンから何聞かされてるんだ?」
「それは今、話すことではないわ。あなた達は与えられた仕事をただこなせばいいのよ」
「チッ……どっちがレーツァンに代わって仕切ってるか分からねえな」
一人目の影はハイン? のようだ。
「仕切ってるのはあなたよ。そこは変わらない。あなたは現場責任者よ」
「私はね、直々に極秘で引き継ぎ受けて、あなた達の影のサポートという仕事をしてるだけなの。レーツァンが死んで次のステップに行くまでどれぐらいになるか分からないんだから」
「言ってくれるぜ。レーツァンの意向ならしょうがねえ。だが、もうこれ以上余計なマネして現場に迷惑をかけるなよ? お嬢様」
「ありがと。分かってる分かってる」
小悪魔的にくすくす笑う声が森に響く。
「本当かァ? 翡翠(あの女)に余計な情報沢山吹き込みやがって。外に出すのが早すぎるんだよ。お陰で当初のプランにはない余計な臨機応変の対応を余儀なくされた。さっさと帰るぞ」
人影の容姿が分かりやすい位置まで来た。二人で並んで歩いているうち一人の女はやっぱりハインだった。神出鬼没で突然現れてきたので歩いてくるのは珍しいかもしれない。
一方、もう一人は初めて見る姿だ。紫色のギザギザ模様が左袖に入った灰色のコートに、青白い長髪、紫色のふちと黄色いレンズのゴーグルで目を覆った男。
「あのゴーグルかけたロン毛野郎はなんだ?」
「そんな事言っちゃダメだよ諒花。あの人大物だよ?」
慌てた様子で制止する紫水。かなり警戒した様子だ。
「大物?」
そういえば、零のパソコンの中身を見終わった時、ハインは現場責任者がここにくると言っていた。それが彼なのだろうか。
「スカールさんだよ」
紫水はその名前を教えてくれた。ハインの隣に立っている男。姿を見るのはこれが初めてだがその名前はいなくなる寸前の零も口にしていて聞き覚えがあった。
「……まさか、あいつが……」
犯罪組織ダークメア最高幹部であり、総帥である変態ピエロ(レーツァン)の右腕の名前である。つまり今のダークメアを仕切っている存在そのもの。
──まさかこのタイミングで会うことになるとは……