第119話
コロナから復帰して一週間空けての再開です。お待たせしました!
自分達の立っている足元の感覚さえごっそり失われゆく部屋。
この瞬間、さっき紫水が言った、足元に気をつけての意味が分かった。崩れた床の真下に見えた景色はこことは違った無数の机。オフィススペースだった。しかし大穴が開いた一階までそこまでの高さはなく、机の上を目掛けて着地した。紫水もその隣に綺麗に着地する。
「諒花! 大丈夫?」
「問題ない。それよりもでっかい穴だな……」
まるで空に穴が開いているかのようだ。そこから見えるさっきまで戦っていた二階の窓から差してくる夕暮れの暁の光は薄暗かったこの一階も寂しく照らしてくる。
「アイツの体重ごと、あたしが思いっきり叩き込んじゃったからね、へへ」
軽く笑う元気娘、紫水。一方でレカドールはそこまでの高さはないにも関わらず、紫水の背負い投げによってうつ伏せのまま一階に落下して全身を強く打ち、しなびた舌を出したままうつ伏せで床に倒れていた。
これはかなりのダメージだろう。同時にあんなキモい攻撃でこちらを陥れようとした報いとも言える。
が、それでも奴はヨレヨレと性懲りもなくゆっくりと立ち上がった。しぶとくまるで倒れないゾンビのようだ。トカゲ人間の能力で生命力がこれまでの幹部よりも強いのか、タフさが伝わる。
「おう、トカゲ野郎。まだやるか?」
机では戦いにくい。そこから飛び降りて、平らな床の上で両手を前に再びファイティングポーズで身構える人狼少女、初月諒花。右手には無論、奴から奪った武器、影双像も強く握って。
最も、ここはオフィス部屋のようで机が沢山並んでいて、今対峙しているのも机と机の間の通路。先ほどの二階と違ってあまり動き回れなさそうだが。動き回るとしたら机の上に乗るしかない。
「よくもやって……くれましたねェ……」
舌を引っ張られた影響でその口調はとても弱々しかった。ついでに全身を強く打ったことで立っているのもやっとのようだった。レカドールは唯一まともに動く視線をギロリと向けた。その標的は紫水だった。ここに叩き落とした彼女。
「青山の滝沢翡翠の妹……! あぁあなただけはっ……ゆるっさんんんんんんん!!」
レカドールは紫水に向かって高く飛びかかった。それも何やらワイン色に燃えている。あれは感情とともに異源素をたぎらせている証拠のオーラだ。まさしく怒りで燃え上がっている。紫水は突然の不意打ちで目を丸くしたままだった。
──マズイ……!
この状態だといくら紫水でも、爬虫類の異人の身体能力で押し倒されて形勢逆転されるかもしれない。
ここは……!
とっさの判断で、地面を強く蹴る。高く飛びかかるトカゲ野郎の真ん前に跳び込み、そいつを横から空中で取り押さえ、押し倒した。
「初月流・空中叩き落とし!!!!!」
拘束したまま机や椅子の並ぶ通路に落下。レカドールは地面に全身を打ち、その痛みにもだえている瞬間を見逃さない。
「諒花!!」
紫水の呼び声が室内に大きく響く。
「くしょお……こんのこむぅすめがぁ……ぶっこぉ……してやるぅ……」
うつ伏せのトカゲ野郎に上から覆い被さり抵抗する左右の両腕を抑え、膝を食い込ませ何もできないように抑えつける。右腕を抑えて拘束している右手を素早く挙げたと同時に瞬時にチカラを込める。
「黙れこのトカゲ野郎ォ!!!!!!」
横から見れば大きいが正面から見たらとても細い、しかも大きな目。そんな異形なトカゲの顔に人狼少女の一瞬で最高レベルにまで溜めたチカラによる鉄拳が炸裂。
「ぐふぁ……っ……こんのぉ……」
レカドールは左頬が凹んだまま、しなびた舌を出し、力尽きた。
もし奴の舌が生きているならば、上から覆い被さって押し倒すこともできないだろう。その前に舐められてしまうからだ。これも紫水が舌を封じてくれたお陰だ。
これまでの嫌らしい攻撃からくる鬱憤を晴らしたその一撃で断末魔をあげることなく、レカドールは動かなくなった。
上の階の戦いの時点で奪い、右手に握っていた影双像はいつの間にか手を離れていた。空中叩き落としの時、取り抑えることに気をとられ、先に落下していたようだ。
どこにいったか辺りを見ると、それは少し離れた所の床に刺さることなく、転がって落ちていた。
それはさながら、トカゲ野郎とともに朽ち果てたようにも見える。