第114話
防御しても間に合わない――――!!
唾液で濡れるのを覚悟し、目をつぶってダメ元で両手を前に防御態勢をとり、諦めかけた時。足元から透明で綺麗な水が噴き出し、目の前が青白く透明な壁に覆われた。
これは……
「紫水!!!!」
「――お前なんかにはやらせないよ! あたしと拳を交えた大切な友達をさ!」
横から素早く駆けて現れたのはやはり紫水だった。
「紫水! 囚われてる奴らは!?」
「みんな助けたよ! 少数だけど生きてた! 苦戦してるみたいだったけど大丈夫?」
ちょうど良い。来てくれたことに感謝しかなかった。
「ありがとう紫水! このトカゲ野郎、大量の唾液吐いてくるから気色悪いんだ!」
すると紫水は唾液で濡れているこちらの服や長髪に着目した。
「うっわ、汚い……こりゃ大変だ! あたしに任せてよ!」
その時、会話を遮るように紫水が張った水の壁がなくなった。レカドールが薙ぎ払ったというよりも壁が効力を失って自ら消えた形だ。
「レへへへへへ! 滝沢家の妹の方がお出ましですか」
「知られてるなんて光栄だね! やってみなよ、その唾液攻撃」
紫水は右手を出して指で挑発的にレカドールを誘う仕草をした。
「そんなにお望みであれば、お出ししましょう! すうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「また来るぞ!!」
レカドールの頬が再び大きく膨れ上がり、放たれたのは今度は速球の水弾、もとい唾液弾だった。常人ならば、それが唾液だと気づくことなく、体を粉砕されてしまうだろう。
普通に正面から受ければ、唾液が付着してしまい、体中が汚れる。結局は防御する意味がなくなる攻撃。だが飛んできたそれを真っ向から受け、飛沫がかかっても彼女はじっと立ったままだった。ダメージを受けたそぶりさえ感じないし、かかった唾液に気色悪さも感じない。
ここで思い出す。そうか、紫水は――――、
「なるほど。滝沢姉妹は姉が森の使い手に対し、妹は水の使い手という噂は本当でしたか」
「そうだよ、汚い水でも綺麗にして同化させるんだ! だからお前の唾液はあたしには効かない!」
紫水の表情は明るく強気で前向きに満ちていた。
「今度はあたしからいくよ! お前の口から吐いた水、そのまま返してあげるよ!」
青白く光る紫水の体。出した右手から水弾が放たれる。
「ぐぅおあああああああああああああああ!!」
紫水が右手から放った水弾はそばの机ごとレカドールを吹っ飛ばし、部屋に白いモヤの煙が巻き起こった。
さすが紫水だ。普段から色んな奴と戦ってるというし、だから練度も高くこんなに強いのかもしれない。
煙が巻き起こるのをよそに、紫水が話しかけてくる。
「諒花、今のうちに。息、吸ってね!」
「なんだよおい」
紫水が急ぎ足で近づいてきて背中に両手を回し、抱きついてくる。その温もりが胴体から全身に伝わってくる。
──が、その時。息を吸ってねという言葉の意味を理解することになる。
部屋が突如、辺りが水に覆われ視界がグチャグチャになる。だが青白く温かな水に覆われ突如具現したこの世界の流れは次第に穏やかなものに変わり、温水プールで潜った時に見える景色に近くなってくる。
やがて一瞬吸い込んだ息がもう切れそうになった時、それら蒼の世界はそっと流れ去る。紫水の体も離れていた。
「な、何が起きた……?」
唐突で何が起こったのか分からなかった。幻想的な夢から目が覚めたような気分だった。髪と服は濡れたままだが、さっきまでのベタベタで汚い唾液とは違う。
「これ使って! 服濡れちゃったけどごめんね!」
紫水が優しく投げて渡してきた清潔な白い布を受け取る。それは暖かいバスタオルだった。無論、濡れていない。同時に部屋中が水に覆われたわけではないことに気づく。
「紫水、アタシにかかった唾液を洗い流してくれたのか」
「そう、あたし特製アクアリウムだよ! ちょっと強引だったけどごめん。風邪引かないようによく体拭いてね」
さっきまでの景色はやはり紫水が発生させた水によるものだった。抱き着くことで自分達のみを温かく綺麗な水で覆う球状の空間を作ったのだという。服も髪も全体が濡れてしまったが、さっきまでの唾液に比べたらマシだ。
「ありがとう、紫水」
「全然いいよー。たぶんこうなるのを見越してあたしがいるんだろうからね」
翡翠はもしかしたら、レカドールの能力に気づいていたから妹をサポート役で行かせたのかもしれない。
「あのトカゲ野郎。まだくたばっちゃいねえよな?」
白いモヤに覆われた方向を見る。何となくだがこれだけで倒せたとは思えない。
「あいつのチカラをまだ感じるね。諒花、今のうちに着替えてきたらどうかな?」
それを提案されると押し殺していた自分の本音が出てきた。これでも戦おうと思えば戦える。着替えてる余裕なんてない。が、この秋に下着も含めて濡れたこの格好で戦ったらそれこそ風邪を引いてしまうのではないか。
「アタシが着替えてる間、トカゲ野郎の相手任せて大丈夫か?」
「平気だよ。この事務所、女用の服や下着はないけど、この二階のどこかに男女どちらでも着れて、下着なしでも着れる服があったと思うんだ。名前は確か……」
紫水はその名前を思い出そうとしたが浮かばないようだ。
「ありがとう紫水! ここは任せた!」
あるということだけ分かれば充分だ。とにかく時間がない。紫水に負担をかけるにはいかない。初月諒花はドアを開けて部屋を飛び出した────。
読んでいただきありがとうございました。
キャラ紹介などは序盤からキリのいいタイミングで載せられるよう準備中です。申し訳ありません。