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第113話

 「レへへへへへ! 私の手並み、見て頂けましたかァー?」


 尻尾で弾き飛ばされた体をそっと起こす。全身にぶっかけられた唾液が服に染みる。髪も肌もベタベタだ。直接的なダメージはないが、精神的に甚大だ。


 だが、戦うしかない。人狼の右手に精神を集中させ、たまったそれを放とうとする。


「初月りゅ――」

「レへへへへへへへ!!」


 トカゲ野郎の口から放たれた唾液の嵐。クソ汚いそれがこちらの気を寸止めしてしまう。

 思わず目を瞑った時、更に死角から飛んできたのは、またしても奴の長いグルグル巻きで蚊取り線香のような形をした尻尾。避けようがなく、再び打ちのめされる。


「くっ……そっ」

 唾液さえぶっかけられなければ。集中力さえも奪われる。


 同時に唾液をかけてくるこの男にとてつもない拒否反応が生じてくる。これまでのように怒りで殴り倒そうにも、そうする気力が上がってこない。正直、気持ち悪い。汚れてしまった長髪などが気になってしまう。


「拍子抜けしました。コカトリーニョだけでなく、あの帝王レーツァンにも勝てたという威勢の良い少女も、化けの皮を剥がせば所詮はただの一人のか弱い乙女だったということですね」


 コイツ自体の強さはコカトリーニョとそこまで変わらないのかもしれない。踏みつけるだけで床にヒビを入れ、その気になれば割ってしまうその身体能力はあのビルを駆け上がってきたあのニワトリ野郎とは別の方向で高いが。

 少なくとも稀異人ラルム・ゼノでない以上、フォルテシアや変態ピエロよりは弱い。だが、決定的に違うことが一つある。

 

 ――攻撃が下品で汚いことだ。


 顔も明らかに人間じゃない相手から浴びせられた唾液で何かの病気になってしまうかもしれない。あの変態ピエロ(レーツァン)の度重なるおれの女になれと迫るナンパ発言とはまた違った気色悪さが体中をひた走る。


「さて。そろそろ、さばくとしましょうか」

 するとレカドールは懐から、ある一本の得物を取り出した。鞘から抜かれたそれは窓からの陽が当たって先端が青黒く光る真っ黒い刃。


「なんだ……それは?」

 黒いのもあって不気味さをひしひしと感じる。それはチンピラとかが使うナイフというよりも調理に使う包丁ぐらい大きい。レカドールはその場で同時に取り出したアルコールと書かれた白いプラスチックボトルの蓋を開け、その漆黒の刃物にかけて研ぐ。


「教えてあげましょう。これは影双像(カゲソウゾウ)。闇市で30万した、影のチカラをもって敵をさばく短刀です」

 

 異能武器ゼオプロか。ふと頭に浮かんだそんなあだ名も懐かしく感じた。それよりも次々と現れる、色んな能力を持った異人ゼノ達の印象が強すぎて。


 零から教えてもらった話が脳裏に蘇る。異人ゼノにも宿るチカラの源、異源素ゼレメンタル。それを宿しているのは、何も人間だけではない。

 異源石ゼムライトという色も様々な美しい鉱石があり、異人ゼノ同様に異源素ゼレメンタルを宿し、様々なチカラを秘めている。


 それを素材として加工することで異能のチカラを宿した武器や防具を作ることができる。そうして生まれた武器を異能武器ゼオプロと呼ぶ。これらを使えば、異人ゼノではない普通の人間でも異能を行使できる。

 武器とは呼ばない防具もそう呼ぶのかは知らない。最も、異能を宿した武器だけでなく、防具もあることは、あの変態ピエロとの戦いで思い知ったばかりだ。


 チンピラやギャング、ヤクザも普通の武器以外にも、雷の銃弾や氷の棒などの異能武器ゼオプロを使ってくることもあるが、使用者も相まって大したことはなく、ただの銃やナイフを持った敵に毛が生えた程度。


 しかし、トカゲ野郎がわざわざ手入れをし、高値の金額で鼻をかけてきたそれは、全体が真っ黒で窓から降り注ぐ夕闇も相まって紫色に怪しく光っている漆黒の刃。これまでの武器とは違って見えた。


「抵抗した滝沢組の構成員達もこれで黙らせました。残りは恐れをなして降伏しました」

「テメェ……!」

 つまりはその漆黒の刃はあの廊下の惨劇でやられた構成員達の血を浴びている。生き残りは今頃紫水が助けにいっているはずだ。

 

 身体能力も充分に高い爬虫類の異人ゼノが得体のしれない武器まで使うことが脅威だ。あのニワトリ野郎のサッカーボールはどこにでも売ってる普通のボールだった。それでも凶器となるほどにまで痛かった。一方、このトカゲ野郎の刃は最初から人を殺すようにできている。一体、どんな武器なのか。



「レへへへへへ! けられるものならけてみなさい!」

 レカドールの全身に黒いオーラが燃え上がる。するとまたしても目を疑いたくなる現象が起こった。

 右へとバク転するレカドールの動き。それをなぞるように影が描かれたのだ。華麗に動くレカドールが一瞬、二人あるいは三人に分裂したように見えた。


 そしてその動きを目で追っているうちに漆黒の刃を持つレカドールはそれを間近で振り下ろそうとしていた。


「たっぷり料理してあげますよー、レへへへへへへ!!」

 快楽な笑みを浮かべ、眼前で振り下ろしてきたそれを避ける。振り下ろす動作。その時も残像が二重、三重となって描かれる。見間違えるほどの動きが止まった時、その複数人に見えたトカゲは再び一人となる。


 「このクソキモトカゲ野郎ぉ!!!!」

 避けた所を人狼の拳による正拳突きを放つ。すると確かに正面から当たって見えた。通常なら防がれるか、後ろに敵を後ずさりさせるだけの威力がある。


 ────だが。


 殴られたトカゲ野郎の姿が激しく入り乱れる。いくつも重なる残像によってその場にあった実体が揺らぐ。殴った手応えはあった。なのに向こうが殴られて苦しむ様子が全くない。


「どうなってるんだよこれ!!」

「レへへへへへへへ!! あなたに見切れますかね!!」


 動作に残像が入っている。それはさながら動いてる時だけ生じる影の分身に見える。殴ったように見えて殴れていない。実体は遠くに行っていないのだが捉えられていない。


 チンピラ達が使ってたものとは大違いだ。あの漆黒の刃を装備しただけでこれほどのチカラを得るとは……


「戸惑ってる所に隙あり! すうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」

 残像がなくなった後、すかさずレカドールは息を大きく吸い込み、頬が風船のように膨らんだ。ヤバイ、さっきのとは比べ物にならないほど、トンデモなくキモイ砲撃がやってくる。


「これで、終わりです!!」

 頬を大きく膨らませ、無数の唾液の弾丸となって、正面に放たれた────


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