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第112話

 身構えたレカドールの頬が大きく膨れる。


 ――何かを吐いてくる。


 それは見ただけでこの後に何を仕掛けてくるかすぐ分かった。だが、防御態勢をとる前に素早く吐き出されたそれは超高速で腕に着弾し、弾けた温い液体の飛沫が横髪と前髪にも付着した。


 その直後、身の毛がよだつほどの嫌悪感がひた走った。


「うわっ、なんだよこれぇ!?」

 寒気が走る。先ほどから奴のよだれがしたたる舌がフラッシュバックする。これが何なのかはもう分かる。誰もが口の中に含む液体。よだれ、そう唾液そのものだ。


「レへへへへ! さあいきますよ!」

「――――!」

 飛びかかってきたレカドールはその細い右手で、唾液で怯んだ隙に首元に手を伸ばしてきた。鷲掴みにし、まさかの怪力で壁際に押し付けてきたのだ。

 白いワイシャツの袖から伸びるこの黒い爬虫類の腕、一見すると筋肉がムキムキついているわけでもない。翡翠が言ってたようにガリガリでヒョロヒョロだ。しかしその内に秘める予想以上の握力による圧迫が喉と体を抑えつけてくる。


「ぐあ……あああっ、くそっ……! ぶへっ!!」

 締め付けられて咳が出る。頭からもがき、振りほどこうにも壁際に追い込まれ、無理矢理抑えつけられ、その黒く異形なトカゲの右手が掴んで離さない。


「コカトリーニョもこんな育ち盛りのお嬢さんにやられるとは」

「……あのニワトリ野郎と仲良いのか……?」

「彼は私の店の常連です。鳥人間なのに自分だけ飛べない悔しさを、私の出すカクテルを飲んで愚痴りながらも、血の滲む努力で乗り越えた立派なお方」


「ですが、彼は少し慢心しすぎたようですね……ッ!」

 抑えつける握力が更に強くなる。強く締め付けられ息が苦しくなる。コカトリーニョの敵討ちということか。静かなる怒りが伝わってくる。このままでは呼吸ごと絞め殺される。限界だ。


 ――――?


 するとレカドールは手をスッと離し、拘束から解かれてその場で膝をつく。息が苦しくて咳が出る。息が安定しない、苦しい、眼前の景色が絵の具で塗られたようにボヤける。


「おおっと。私としたことがつい、感情的にやりすぎてしまう所でした」

 

 ――まさかこのまま殺さずに捕らえようというのか……?


「料理をする者、酒を出す者は手が命。このまま絞め殺せばあなたの吐く血で、この手が汚れてしまう所でした。あなたも血のついた手から出された料理なんて口にしたくないでしょう?」


 芝居がかった紳士的な口調と同時にドス黒い声音のレカドールの股の後ろから伸びる、先端が蚊取り線香のようにグルグル巻きになっている尻尾。


「うわああっ!!」

 その輪に弾き飛ばされ、横になぎ倒される。尻尾なのに無駄に凝り固まっていて、殴られた時以上に痛い。尻尾も相手を殴るための武器に等しいようだ。


 続けて、奴の細長い右足の水色の革靴が、一歩ずつ迫ってくる。上から降ってきたそのつま先はとても細く、崩れ落ちてるこちらの頭を踏みつぶそうと狙って、高速で降ろしてくるそれを間一髪避ける。降ってきた足は一見すると普通の人間が音を立てて床を強く踏みつけたに等しい動作。


 が、その内に秘めるものは比べ物にならないことをすぐ知る事になる。


 踏みつけられた直後、建物二階の床に歪んだ音とともに亀裂が走り、凹みと歪みと同時に大きなヒビが入ったのだ。


 特別何かをしたわけではなく、ただの踏みつけだけで床に大きなヒビを入れた。特別、ガタイの良い筋肉質な体ではない。だが長身でスレンダーな足から繰り出す踏みつけの威力を物語るには充分だった。奴が本気を出せば、この建物なんか簡単に崩落してしまうだろう。もう一発いけば、間違いなくこの部屋の床が全部まとめて地割れで落ちる。


 ――これが、爬虫類の異人ゼノのチカラ……!


 トカゲらしく長く伸びる舌から唾液を大量に吐き出すだけでなく、あんなガリガリな長身体型でも恐るべき身体能力を秘めている。詰め寄られたら一気に鷲掴みにされてしまう。


 これまでの幹部とは格段に違う。ビーネットの戦闘機のような空からの攻撃、スコルビオンの硬くタフな装甲、コカトリーニョの超人的コントロールで飛んできた凶器同然のサッカーボール。


 それらとはまた違う恐ろしさがこのトカゲ野郎にもある。それを人狼少女は痛感するのであった。



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