第111話
「うおらああああっ!!」
目の前のドアを力強く打ち破った。
「うわっ、本当にトカゲ野郎じゃねえか!」
その姿はトカゲ野郎と聞いて思い浮かべた通りかもしれない。ドアを打ち破ったその先にはこの事務所の主が座っていたのだろう机の上に座って、先ほどまで通話していたスマホを握る異形な人物。
その頭は遊園地のヒーローショーやパレードの悪役の被り物でもない。肌の質感が生々しく、頭にはわずかな金髪を生やしている。作り物とは到底思えない爬虫類ならではの質感と模様が入った黒い皮、丸く飛び出た蒼い瞳で構成された蜥蜴の顔。ギロリと睨む瞳がまた生々しい。
口からは長い舌が垂れ落ち、ドロドロとヨダレがこぼれ落ちている。
細くて長身な体躯。ワイシャツの上にワイン色の袖がないスーツの上着、紫色のズボンに水色のベルト。
極めつけは先端が蚊取り線香のようにグルグルとなっている長く黒い尻尾。バックには机のスタンドの光によって不気味な大蜥蜴の影が壁に写し出されている。
「レヘヘヘヘヘ! これはこれは。ようこそ初月諒花さん! 私のバーにようこそ」
「お前がアレックスなんとかって奴か」
やたらテンションの高い笑い声と丁寧な挨拶による出迎えだ。下の名前は忘れた。ガラドールだったか?
「ワタクシの名はアレックス・レカドール。故合ってワイルドコブラの幹部をしております」
「そうそうレカドールだった」
笑い声とは裏腹に紳士的な口調で自己紹介してきたが、これまでの三人の幹部とは違って、いかにも分かりやすい日本人ではない名前。逆にこれまでのはいわゆる別名義で、このトカゲ野郎は本名で活動しているのかもしれない。
「誰と話してたんだよ?」
「レへへヘ! 盗み聞きは良くないですね。まぁ、良いでしょう。どうせ貴女は生きては帰れないんですから。相談役です」
「誰だよ?」
「化蛸の彼、と言っておきましょう。あなたにも目をつけています」
またしても初めて聞く名前が出てきた。
「フムフム、要求通り一人で来ましたね。さあ、コカトリーニョらの身柄を返して頂きたい」
「ハッ、そんなのお断りだトカゲ野郎! 翡翠から言われてお前をぶちのめしに来たんだ! この事務所は返してもらうぞ!」
口振りは紳士的でも節々に不気味さを感じる男だ。そのリアルなトカゲの顔と怪しい目つき、笑い声も相まって。そして廊下で抵抗した滝沢組構成員達を殺し、事務所を制圧したことも忘れてはいけない。
「レヘヘヘヘヘ!! そうですよね、やっぱりそう来ますよねぇ!! いいでしょう、ではここで死んで下さい!!」
奴の声に狂気が孕み、天に向けて挙げた指をパッチンさせる音が部屋に響くと、
「────!」
左の死角からいきなり割り込んで掴みかかってきたのは黒スーツにサングラスの男。
「うわ、さわるなぁ!!!!」
男にベタベタ体を触られるのは気色悪い。左足で腹部を力強く蹴り飛ばし、直後にその奥にいる銃を向ける二人の黒スーツの放った銃弾二発を人狼の手で薙ぎ払って弾き飛ばす。
「この変態野郎がっ!!」
驚いて動けない男二人にすかさず跳びかかり、二人の頭にそれぞれ両手を伸ばし、
「初月流・合わせガッチャんこ!!」
両者の頭を互いに合わせぶつけると男二人はその場に倒れ込んだ。
最初に掴みかかってきた男も蹴飛ばされて激しく頭をぶつけたのか大の字で倒れており、いずれも起き上がってくる様子はない。残りは──視線を向けた先に立っている――
「よーし! トカゲ野郎、アタシと勝負しようぜ!」
人狼の拳を前に出し、長髪をなびかせながら身構えた。どこからでも来い!
「レへへへへ! たくましいお嬢さんですこと」
机の上に座って脚を広げているレカドールはそう呟いた後、そこから降りると、
「歓迎の印に、こちらのカクテルを無料で差し上げましょう」
近づいてきたレカドールが取り出したのは一つの砂時計のような形をしたグラスだった。グラスの中身は金色で粒レベルの泡が底から上へと浮上している。
「いや、気持ちは嬉しいけどアタシ、未成年だからさ。飲めないんだよ」
それは見るからにジュースではない。それに敵が出すものだ、信用できない。
「これはこれは。お利口なことですね。世の中には未成年でも酒を飲む子供はいるのですが」
「いや、当たり前に出すなよ! 普通に法律違反だろ!」
昔、小さい時、夕飯の時にテーブルの上に置かれた、グラスに入ったぶどうジュースに興味本位で手を伸ばすと花予にそれを取り上げられ、
『だーめ。これはぶどうじゃないぞ。大きくなってからなー』と甘く優しい口で言われたのを思い出した。
「レへへへ! これは失礼しました。カタギのあなたにはお気に召しませんでしたか……」
「一体何なんだよ……」
わざとらしい謝罪。カタギというと要するにヤクザじゃないということ。当然だろう。
「私は職業柄、二種類の人間を見ます。表社会を生きる真っ当なカタギ、あるいはその逆の犯罪も辞さないスジモノをね」
トカゲ野郎は二本指を出す。
「ですが、カタギになりたくてもなれない人間もいるものです。そういう人間はスジモノになるしかない」
語りながら先ほど無料で出したカクテルをその場で飲み干すと、口から出す長い舌とともにぷはーっと息を吐く。長い舌からはカクテルも相まってヨダレが落ちる。
正直、気持ち悪い。仮に毒は入ってなかったにしても。
「ご生憎、カタギにお出しするものは本日、持ち合わせていないもので」
「んなことはいいから、さっさと勝負しようぜ!」
気を取り直してファイティングポーズで身構える。
「やれやれ。血気盛んなお嬢さんだ。早々にメインディッシュをご所望であれば、仕方ないですね」
レカドールもダルそうに同じく身構える。長い舌からはヨダレが床に流れ落ちている。
「先ほどのカクテルは食前酒でした。断る客も珍しくないので気にしないで下さい」
「なんだよ……未成年だっての」
完全に客と見られている。さっさと終わらせたい。
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明日、親知らずを二本抜く手術を受けるため、手術後一週間は体調が安定しない可能性があります。
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