第102話
これは、滝沢邸にて、黒條零のパソコンの中身についての発表が始まった頃と同時期のこと――
渋谷に高くそびえ立つ渋谷ヒンメルブラウタワー。入口をゆっくり歩いて出ていくのは全身緑色のスーツに身をまとった一人の影。
――もう、時刻は昼すぎか。どこかで腹ごしらえをして青山に帰るか。
今頃、主からきた連絡から察するに、初月諒花も含めて皆で黒條零のパソコンの中身を見ているに違いない。その中に眠る真相は連絡待ちとし、業務から解放されて出てきたのは滝沢家執事、石動千破矢。
コカトリーニョ襲撃によって荒れてしまったホテルの修繕費はこちらで持つことにした。清掃だけしても元通りに戻らない分をそれで元に戻す。サッカーボールによる壁や天井の凹みとか。オーナーは別に良いと言ってくれたが、これでは滝沢家のメンツが立たない。
それにその費用は今回のワイルドコブラの抗争を起こしたダークメアから滝沢家に支払われる迷惑料で穴埋めできる。主も許してくれるだろう。
初月諒花が見事撃破した黒焦げの焼き鳥と化したコカトリーニョ。彼の身柄は事件後、すぐにホテル地下の駐車場から青山より車を手配し運び込ませた。さすがの異人だけあってあれだけ燃えても心臓はまだ動いており、焼けても気を失っているだけ。暫くすれば目を覚ますだろう。とはいえ、駐車場全体が業火に包まれていれば助からなかっただろうが。
既にビーネット、スコルビオンの身柄共々、滝沢邸地下の檻に収容済みで、異源素を抑え込むことで能力を封じる、特殊な異源石を含んだ錠をしているため脱獄の心配もない。
そういえば、初月諒花が首にしていた赤いチョーカー。チカラを抑制するというあのアクセサリー。
異人拘束用にXIED含めて裏社会で幅広く使われている手錠とかと仕組みは一緒だ。この錠はつけた者の異源素を完全に抑え込む効力を持つ。最も、一方でつけた者の気分は悪くなるのだが。本来、体に宿り、入るはずのチカラが入らないという事態に見舞われるのだから。
異源石を粉末にし、それを混ぜて材料が作られ、形としたもの。病院でも異人の患者対策で医療器具としてこっそり使われているという。だがGPS、つまりは発信機の類を内部につけたとしたら、それは病院側が予めつけたか、あるいは他の何者かが隙を見てすり替えたとしか考えることはできない。
さて、今日は土曜日だけあって、ファミレスや飲食店は混んでいる。どこで胃を満たそうか。
ホテル前の歩道に出た。スマホで食べる場所を検索しつつ頭の中を巡らせながら歩いていると、正面の街へと続く曲がり角から一人、通行人が現れた。
――――!
紺の冬物のダウンコートに、短く銀髪に右目を覆う黒い眼帯。整った顔つきの少女。それは立ったままこちらに視線を向け、じっと鋭い目で見ている。
「あなたは……」
思わず息を呑んだ。黒條零だ。写真通りの姿。人狼少女、初月涼花が必死に捜している失踪中の彼女だ。
正直な話、実は監視役であった友である彼女がいなくなった後を見る限り、初月諒花にとって彼女はそうとうな思い入れがある存在であることが分かる。しかしこの裏社会ではそういう情は時に仇になる。裏切り者でも討たねばならない時はある。
この遭遇は偶然か奇跡かもしれない。こういう時、相手から目を離さず、まずやることがある。自分の右手に今、握っているものを一瞥して。
「黒條零様。どうしてここに?」
用件を尋ねながらも器用に片手操作で素早くスマホのカメラモードを起動し、それを目の前にいる彼女に向けて撮影ボタンを押す。
「…………。」
撮影音のフラッシュ音が鳴るが、黒條零は無反応で口を開かないまま、そのスマホにじっと視線を落とす。
「ご友人の初月諒花様があなたを捜していますよ」
彼女を確保してもワイルドコブラとの抗争が終わるわけではない。だがフォルテシアに負けて、未熟さを痛感し、今も目の前にいる黒條零を捜し求めている彼女の心に平穏を取り戻させるには都合が良い。
「私と来て下さい」
近づいて、その手を繋いで、促そうと右手を伸ばした時――、
「――――!」
思い切り右手を引っ張られた。そして同時にこちらの体が前に引き寄せられたと同時に後ろから激しい激痛が走り、思わずその場に倒れ込んだ。その痛みは背後から誰かに殴られた時に等しい。
迂闊だった。こんな時に背後から迫る誰かに気づかない――なんて――!
読んで頂きありがとうございました!
一つお詫びを。XIEDのルビなのですが第100話から全角でルビが入るようにしたのですが上手く反映されていなかったので一旦全てアルファベットを半角に戻させて頂きました。申し訳ありません。
他サイトと同時掲載の関係でルビが反映されていなかったためです。