第100話
ハインの登場により、話がより複雑になってきた。結果的にあの変態ピエロを倒したことでこのような抗争に繋がったと思いきや、そこに隠れた裏の意図があるとは思いもしなかった。
「私達が内紛が起こるよう仕組み、その掃除をしている最中、スカールとカヴラが衝突し、ワイルドコブラが決起して諒花に攻撃を仕掛けて抗争中というのが今の状況なわけだけど────」
「その抗争はさっき見てたチャットのやりとりでもあったように、黒幕は中郷」
ハインはそう言った。中郷はこちらのデータを欲しがっている。なので変態ピエロ達が仕組んだ内紛に乗じてワイルドコブラを動かしたのが抗争の要因だ。そうなるとカヴラが一番怪しいわけで。
「今、ワイルドコブラ本部を叩いているスカール達が中郷との繋がりが分かるものを持ってくるかもね。カヴラは過去に関西へ商談のために足を運んでるし、裏で中郷の息がかかった勢力と繋がっている可能性があると私は思うわ」
すっかり突然現れてこの場の牽引役となってしまったハイン。それに対し、翡翠も、
「カヴラさんは風邪で定例の会議も欠席したといいますし、商談の用事もですが、スカールさんとは前々から折り合いが悪かったみたいですからね。何かあるのでしょう」
「それはさっきも言った通りよ。それでカヴラがプロジェクトの内容をスカールから知ったのは内紛が起こって暫くした後。遅れてその内容を知ってカヴラが逆上したのが抗争の始まり。だけど、これまでのカヴラの行いが良くなかったから無理もないわね」
そのプロジェクトも変態ピエロを倒すほどの異人が現れた時、ダークメア内の反乱分子を潰す、中郷を潰すという以外はまだ分からない。ハイン、カヴラ、スカールは全貌を把握して動いているのだろう。
「けど逆上した時、カヴラはプロジェクトの内容を聞かされたにも関わらず、初月諒花を狙うってスカールにもハッキリ言ったみたいだし、ここでワイルドコブラを動かしたのが中郷と分かった以上、スカールももっと早く動くべきだったわね」
プロジェクトに影響するわよスカール……とこぼすハイン。さすがにワイルドコブラの背後に中郷がいるというのはハインやスカールでも知らなかったようである。零のパソコンで初めて分かったことだから当然だ。
もしかすればカヴラによって中郷にプロジェクトの中身が伝わっているかもしれない。そうなれば変態ピエロが命をかけた計画も台無しだ。最も、それはそれで良いのだが。向こうに勝手にしていたことなのだから。
──ここで思った。
「なあ。中郷が全ての黒幕ならばさ、そいつがいるXIEDの基地に殴り込みをかけるのはどうなんだ?」
そうすればフォルテシアとも敵対する立場になるかもしれない。変態ピエロの思い通りにもなってしまう。だが、零を送り込んだのも含め、ここまでほぼ全ての事件の裏に絡んでいるその存在を黙ってみているだけで良いのか。殴りにいけば良いんじゃないのか。
「諒花さん。それ言うと思ってました。やはり何も知らないのですね」
静かにため息を吐き、呆れた様子で口を開いたのは翡翠だった。
「黒條零さんもさすがに自分の上司の情報までは諒花さんには遠回しでも教えてませんでしたか」
翡翠のその一言は重く痛感する。確かにこれほどの黒幕については今、沢山聞いている所だ。
「私が代わりに説明するわ」と、再びハインが話し出す。
「中郷という長官はね、画面越しばかりで、人前に殆ど姿を見せないのよ。実際に姿を見た人いるの? ってぐらいにね」
「そうなのか?」
翡翠に尋ねた。蔭山が話してくれた、先月起こった円藤由里殺害事件の捜査権を警察から横取りした話を思い出す限りだとそんな気は全くしなかった。奥でずっしりと構えていて必要な時に権力を行使するといった感じで。
「中郷利雄という名は日本のXIEDのトップである長官の名として、裏社会でも有名ですが私も実際会ったことはありません。どこにいるのかも分かりません」
「顔写真はネットにあるけれど、それも本人という確証はないわ」
ハインが補足した。言われてみれば、ネットは文字と画像の世界だ。誰もが情報を発信できるのでその引き換えにガセ情報も多い。意図的にガセ情報を載せることだってできる。
「公式の写真はこれだな。どこからどう見てもおっさんで、引き締まった警察官僚といった感じだ」
さっきからハインにお株を奪われていた進行役の勝がプロジェクターに中郷の写真を映し出した。焼け気味の肌に大きめの眼鏡をかけ、髪が少ないオールバックに白と黒の混ざった口髭姿の初老の男。目はキリっとしているがそれは立場をわきまえた立派で引き締まった印象だ。フォルテシアも着ていた一部水色のラインが入った紺の制服に袖を通している。
「そういや今って、顔写真もスマホやパソコンで作れちまうからその可能性もあるよな」
機械のことは正直苦手だ。でも零が教えてくれたから難しくても多少の知識や使い方は知っている。最近は機械を操作すれば、AIがイラストでも顔写真でも何でも綺麗に作れてしまう。それも読み込ませることでほんの数秒で出来てしまう。まるで異能のように恐ろしいものだ。
「そうね。適当に誰かの写真載せたらすぐバレそうだもの。AIで顔写真作って編集して使ってるかもね」
ハインが頷くと自分の考えがその通りで少しだけ安堵した。
「ついでに言えば、画面越しで現れるその顔も、実は精巧に作ったバーチャルVチューバーみたいなもんかもね」
だって会ったことないんだもの、とハイン。言われてみれば今はアニメ調のキャラが代わりに顔出しして配信という放送を行う動画が今はありふれている。頑張ればリアルな顔でも作れてしまうかもしれない。
「その中郷が長官に正式に就任したのは今から7年前。そう、岩龍会が滅んだ翌年の2017年。あの時からAIの研究って水面下で進んでたのかもしれませんわね──」
そう切り出して翡翠は続ける。
「2016年に岩龍会が滅び、それまでの長官が死亡したことに伴い、この関東のXIEDの大規模な組織再編が行われました。それで就任したのが中郷です。東京23区の基地を畳み、実働部隊の本拠地を神奈川基地にしたのもそこからでしたね」
「そうよ。あれも中郷とレーツァンとの間で協定があって、23区はダークメアが全部もらったの。千葉の美浜の海上には本拠地のXIED東日本支部があるのだけれど、そこだけは除いて再編が行われたわ」
翡翠の解説にハインがまたしても補足した。ここであることに気づいた。
「美浜の東日本支部に殴り込みかけるのはダメなのか? 敵の本拠地だろ?」
「それならとっくに終わってるわよ」
ハインに呆れた口調で返された。やっぱりだった。本拠地に行けば会えるのではないかと考えが過ったので訊いてみたが、甘かった。
そもそも、実際に誰も会ったことがない、映像越しでしか見たことがないと言われている中郷。恐ろしく強く、どう倒すのか分からないのではなく、戦う以前の問題であることに気づく。
読んで頂きありがとうございました!今作もついに100話到達しました!
また、第98話に改稿と一部追記をさせて頂きました。すいません。
具体的にはレーツァン撃破後のダークメア内の内紛、そしてその後中郷と繋がってるなど何か隠してるカヴラとプロジェクトを説明したスカールが喧嘩したことがワイルドコブラ決起の始まりという時系列と経緯を分かりやすくしました。
いつも本当にありがとうございます!励みになっております。
今後ともどうぞよろしくお願いします。