第99話
帝王が倒れることを知ったことで、それまで好機を伺っていた反乱分子が決起するのは自然の流れだ。だが、それ以前にこちらに賭けていたというならば、賭けが外れた場合はどうするつもりだったのか。
「な、なぁ、随分壮大すぎる話だけど、あの時、変態ピエロは一切手を抜いていなかったなら、仮にアタシが負けた時は本気でアタシを自分の女にしたり、ハナに手出ししたり、青山を破壊し尽くそうとしていたのか?」
ハインに質問をするのは、帝王の行った賭けの対象であった人狼少女、初月諒花。
変態ピエロ──レーツァンは先月19日、初月諒花を自分のものにしようとするだけでなく、花予にも懸賞金をかけることで裏社会の者から狙われるようにしようと企んでいた。
しまいにはカウントダウンを開始し、滝沢邸の時計塔にのてっぺんに自らの混沌を操るチカラで巨砲を作り出し、それを放つことで滝沢邸もろとも青山を混沌によって消し去る砲撃を行おうとしていた。
この砲撃を許せば、自分たちもまず助からなかっただろう。だから絶対に負けないと零と協力して奴を追い詰めたのだ。
「――そ。逆にあなたがもしレーツァンに負けていたならば、それは奴にとってハッピーエンドではなく、賭けが外れたことになる。あなたにわざわざ特別に時間を割いて賭けていたのだから、どんな無茶な罰ゲームを仕掛けてでもあなたを極限まで追い詰め、自分を倒せるかを愉しんでいたんでしょうね」
もしあのピエロに負けていた時に起こっていたことはある意味、賭けを外した憂さ晴らしでもあったのかもしれない。
見込みない奴はどんな課題を与えられても乗り越えられずそこで完結しちゃうから──と悪魔的な視線を一瞬逸らしてこぼした後、更にハインは続ける。
「中郷もあなたを狙ってデータを欲しているから、レーツァンはそれに加担することで牽制し、同時にあなたの成長を意地悪しながら見ていたのよ」
データ取り。監視役だった零もそうだが変態ピエロが仕掛けてきたこれまでのことは全ては賭けの対象がその通りのことをするかしないか。そういう意図だったのだろう。何のためにデータ取りをしていたのかはまだ分からないが。
それはまるで試験のようだ。やってることは中郷とほぼ同じでせこい。だが、なぜだろうか。今思えば変態ピエロは逆にこちらの成長を心から喜んでいるようにも見える不思議だ。奴の表情を実際にこの目で見たからかもしれないが。
「私も先月の19日にこの屋敷であった戦いはスカールの指示もあって、こっそり見ていたけれど、あなたが生まれながらに持つ、それまで抑制していた強大な稀異人のチカラに飲み込まれることなくレーツァンと渡り合い、勝てた時点で賭けは成功したわ」
首にしていたチョーカーを外し、リミッターが解除されたことで抑えられていた自分が持つ本来のチカラが戻ってきたのは翡翠も言っていたがその通りだ。それでもフォルテシア戦で突きつけられたようにまだ課題は多いが。
「今のあなたなら、中郷にも負けない。だからレーツァンもあなたと戦って満足に笑って散ったのよ」
変態ピエロが死に際に笑っていたのは負け惜しみによるただの煽りではない。自分の賭けが成功したことを素直に喜んでいたのだろう。時計塔から叩き落としたわけだが、落とされた時は既に思惑通りにいって向こうは内側では悔しさなんか微塵もなかったのかもしれない。
「ハインさん、もしかしてスカールさん達とは別でレーツァンと通じてました?」
翡翠が何かを察して言った。確かに最高幹部ではない、一介の幹部にしては色々詳しい気がした。ハインは不敵な笑みと視線を翡翠に向け、
「ふっ、私はスカール達とは別で後を託されたの。だから私がここまで参画していることは知らないでしょうね。私は私で考え、有益と思う情報をカミングアウトするだけよ」
「事前にレーツァンからオフレコで色々教えてもらってるの。諒花とスカール達を影からフォローするためにね」
ハインの立場は最高幹部よりは下なのだろうが、まるであのピエロから特別視されているような物言いだ。
「勿論、もし諒花がレーツァンに負けていたら私が受けた引き継ぎも無駄になっていた所よ」
賭けられる。変態ピエロのやってることは中郷同様に汚い。それに両親、恋人の命を奪ったのは中郷に近づくためとはいえ実行したのはあのピエロだ。その計画通りになっているというのは良い気がしない、もう死んだとはいえ。
ただ、自分の計画を成功させて死ぬ必要があったのか気になる。中郷を潰すとか言っておいてなぜ死んだのか。
なぜハインは悲しむ様子もないのか。何か理由で死なないといけなかったのか、それとも死んで欲しかったのだろうか。考えれば考えるほど、そもそも、本当に死んだのかも怪しくなってくる。
仲間や家族からの応援はとても嬉しい。だが、そうじゃない、死んでも何かを目論んでるような奴から賭けとか向こうの都合で勝手に期待されたりするのは違う。関係ないし、自分のために戦うだけだ。
諸悪の根源は中郷だ。自ら出てこないで手を汚さないからこそ、元から帝王として悪名高かかった変態ピエロと手を組み、悪事を実際やってもらうのはさぞ良い気分だったに違いない。