第98話
「面白い推理ね。さすがは青山の女王、よくぞここまで辿り着いたわ」
突如、手を叩く音と暗い部屋に響く声。舞台袖から現れたのは一人の少女だった。しかし彼女が見覚えがある。白い肌にサラサラとした黒髪のおかっぱ頭に三つ葉の花飾り、全身黒い服を着た、あの――、
「お前はハイン……!」
異名は確か黒闇の魔女。その視線がこちらに向けられる。
「ワイルドコブラ相手によく生き残っていたわね、初月諒花。そう、ハインよ」
余裕に満ちた声音。前回の口ぶりから、まるでワイルドコブラとの戦いが起こることを予め知っているかのようだった。その予言も見事に的中した。
「諒花。この子のことを知っているのかい?」
「ハナ。ワイルドコブラが攻めてくる前日の29日の夜に会ったんだ」
軽く走って体を動かすつもりで外に出たのだが、その時の夜道に現れたのが彼女だった。そしてその言葉通り、翌日にワイルドコブラ最初の刺客、ビーネットが大軍を引き連れて現れたわけだ。
「お前、急に現れて何を――」
すると目の前が緑の袖と白い手で遮られる。
「あらハインさん。来ているならそう言えば良かったのに」
黙らせてマイペースな口調で続ける翡翠は彼女と面識があるらしい。ハインはプロジェクターの真ん中まで歩を進めながら、
「翡翠。あなたの所望通り、スカールからの援軍として来たのだけれど、何やら面白そうだからさ、隠れて見物してたってわけ」
面白おかしく微かに笑いながら話すハイン。それはイタズラ好きな小悪魔っぽかった。というか、いつの間に勝手に屋敷に上がり込んでいてここの安全は大丈夫なのか?
「翡翠。ここのセキュリティとか大丈夫なのかよ?」
「問題ありませんわ、諒花さん。私の能力にかかればハインさんが来ているということは織り込み済みでした。いつ出てくるのかと思ってました。安心して下さい、彼女は私達の敵ではありません」
余裕な佇まいの翡翠はこの女の存在に気づいていた。そういえば翡翠はこの森のあらゆる場所を見通すことができた。初めてこの屋敷に来た時も姿を見せずに森から声だけが響き、こちらに語りかけていた。敵じゃないからあえて言及しなかったのだろう。
フッフー、とずる賢い口で微笑しているハイン。
「スカールさん、こちらの要望に応えて下さるようで良かったですわ」
「ええ。元々今回の抗争は、さっき言ってた裏で中郷と繋がってるとか、実は何か隠してるのは明確なのに、ここまでミーティングをサボって仲間外れにされて、その後遅れてプロジェクトの内容を説明された結果逆ギレしたカヴラと――」
「今回の抗争以前にダークメア内の内紛とその先を見据えているスカールのすれ違いが原因だからこちらの不手際なのは当然よ。カチコミ及びガサ入れは時間かかるから私が先に使者も兼ねて来たの」
つまりはハインはワイルドコブラではなく、その上の本家、ダークメアからの使いということになる。ハインはテーブルに置いてあったスポーツドリンクを一本とって口に含む。
「さっきから話を傍聴してたのだけれど、一つ訂正してもいいかしら? 今回のワイルドコブラと滝沢家の抗争以前にダークメア内で起こった内紛のことだけど、そこは中郷は全く関係ないわ」
「中郷じゃない!? な、なら誰なんだ! まだ見ない勢力の仕業か!?」
そう追及するのは司会者であるマンティス勝。
「落ち着きなさい。中郷は私達ダークメアにとっても、もう一つの脅威なのよ」
「あら、中郷じゃないならば内紛ってあなた方の都合ですの?」
翡翠はきょとんとしつつも落ち着いた物腰で尋ねる。
「じゃあ言っちゃうわよ? 内紛を仕組んだのは――あの日、諒花に倒されたレーツァンよ」
「え?」
先月19日に倒した変態ピエロが? 自分が支配する勢力で内紛を仕組んだ? 話が読めない。
私達はあるプロジェクトを計画しているの、と何やら話を始めるハイン。
「そのプロジェクトを言い出したのはレーツァン。参画してるのが最高幹部のスカール、タランティーノの両名。当初はカヴラも参画するはずだったけど肝心となる話し合いを風邪や商談を理由に休んで連絡がとれなくなり、その後方針の違いで最高幹部では唯一外れることになったの」
まぁ、外れるってなった手前に事情を説明したスカールとそれを遅れて知って反発したカヴラとで喧嘩になったわけだけどね……とめんどくさそうに付け加えるハイン。
それでワイルドコブラは後日渋谷に勝手に侵攻を開始した。話が改めてパズルのように繋がる感触がした。
ハインは更に続ける。
「そしてその前に起こったダークメア内での内紛はレーツァンが死んだことを知った反乱分子が決起したことで起こった。まぁ、これもスカールが上手く情報を流して、同時に本家は調査中と一点張りにすることで情報を錯綜させたからによるものだけど」
「おい、ちょっと待てよ」
ちょっと待て。内紛を自分で仕組んだとなると、まず根本的なものが揺らいでしまう。それは。
「それじゃ変態ピエロは内紛起こすためにアタシにわざと負けて死んだっていうのかよ!?」
――実力差はあるが、奇跡に近かったあの勝利も向こうが意図したものだったのか……?
「半分正解だけど半分以上違うわ」
なんなんだ。そのややこしい返答は。思わず首をかしげた。
「順を追って説明するわね。まず諒花がレーツァンに勝てなかったら内紛は起こっていないし、ここまでのことにはなっていないわ」
「勝てなかったら? やっぱアタシはあのピエロに試されていたってのか!?」
変態ピエロに勝てた要因はその時だけ、様々な要素が重なって自分のチカラが特別高まっていたからに他ならない。わざと負けたというならばしっくりくる。あのピエロはもっともっと強大な何かを持っていそうだった。
ハインは手を前にこちらをなだめ、
「落ち着きなさい。誤解のないように言うけど、試してはいないわ。あなたに全て賭けていたの」
賭けていた? カジノか? ギャンブルか? さっぱり分からなくなってきた。
「レーツァンはこう言ったわ。おれを本気で止められる異人が現れた時、ダークメア内に潜む膿ごと、中郷を潰す時だってね」
「それがさっき言ってたプロジェクトってやつか」
つまりはこれまでの変態ピエロの暗躍と所業もそのプロジェクトの一環なのかもしれない。ハインは辺りを見渡しながら続ける。
「そう。全てはレーツァンが掌の上で始めたこと。ダークメアは見ての通り一枚岩じゃないわ。現に内紛者以外にも勝手な行動をするワイルドコブラが出てきた」
一枚岩ではない組織において、隠れた裏切り者をあぶり出すために自ら死んだというのか。
「スカールとカヴラの喧嘩が今回の抗争の発端だけど、ワイルドコブラが何かしら中郷と繋がっていることがさっき分かった以上、中郷絡みで戦う理由もあるに違いないわ」
すっかりこの場を掌握したハインは最後にこう言って締める。
「ダークメアが岩龍会にとって代わって8年。これは巨大になりすぎた組織と同じくらい大きな膿を出すためにここまで積み上げてきたものをあえて一度崩し、同時にもう一人のフィクサーである中郷も潰し、ダークメアとXIED、いや──関東裏社会全てを洗浄する計画なの──」