第1話
第一部開幕です!よろしくお願いします!
『──さようなら……諒花』
彼女の眼帯に覆われていない方の左目から一粒の雫がこぼれた。こちらを見て、ベランダの窓を開けてその向こうに去っていった彼女の姿が今も頭の中に焼き付いている。どうしてそこまで知ってしまったんだ、そんな怯えたような顔でやむを得ず逃げる選択をしたのだろう彼女が去ってから早五日────。
10月31日。ハロウィーン。ここ東京、渋谷の街の駅前はこの文化的祭りを悪い意味で楽しみたい若者で毎年カオスな様相と化す。車を大勢でひっくり返したり、路上で酒を飲みまくって飲み干した缶やビンを置いてたむろ。ゆえにこの景観的にもよろしくない街を変えようと、区も警察もこの日は全力で取り締まりを強化し、治安回復に努めた甲斐もあって、近年は若干落ち着きを見せ始めている。
だがその一方で、そんなニュースを夕方観る者はまず知らない、人知れぬ裏でもう一つのハロウィーンが巻き起こっていた。
『……──本部より通達。ワイルドコブラ幹部、スコルビオン率いる一団が渋谷駅南東から接近中。表参道の者は速やかに情報収集および抗戦態勢に入り、これを撃退せよ』
渋谷駅南東は広尾の方。北東が表参道でともに東にある港区と隣接しており、敵軍団はそこから攻めてきている。
夕闇の中。突如鳴り響いたスマホからの吹き出しメッセージで伝えられたのは敵の出現を知らせる連絡だった。
それが伝えられ確認すると左肩にかけていた学校用の鞄を肩にかけ直して、初月諒花は我先にと走り出していた。敵がやってきた以上、怯えて隠れているわけにはいかない。
六階から七階ほどのマンションの立ち並ぶ閑静な住宅街から、適当に建物の間にある狭い路地裏に入り、曲がり角を通って人気のない場所に出ると、奴らがこちらに迫る音が背後から聞こえてきた。
ゴォーーーーーーーーッ……
それは数で迫ってくることを如実に表した、何かが転がってくる音。とはいえ、ボールを転がしているのでもなければ、無数の革靴で地を踏んで群がってくる足音でもない。だが大勢の何かが迫ってくる音なのは明らかだった。
「こっちだ! 強い異源素反応があるぞ! スコルピオンさんをお呼びしろ!」
「へい!」
「おい、ちげーぞ、スコルビオンさんだ! 名前間違えたら俺達殺されるぞ」
「わ、悪い」
路地裏の曲がり角に身を潜めながらこっそり顔を出すと、ローラーボードに跨り、ヘルメットを被ったカジュアルな様相の三人組の男が立ち止まって話をしていた。先頭を走る男に命令され、最後尾にいた男に大将の名前の呼び間違えを注意された、真ん中を走っていた一人がスマホで大将に連絡を入れる。路地裏の方には気づいていない。
「ええと、どこだー?」
男の一人がマイペースにアンテナを伸ばした四角い機械を取り出し、周辺に向けてこちらを捜そうとしている。
「他の奴らに見つからねえうちに、初月諒花を仕留めねえとな」
「当然だ。先陣を切ったビーネットさんも倒したあの女の首をあげれば、スコルビオンさんもだが俺達も出世できるだろうよ」
──見つかるのも時間の問題か。
ハッキリと名前を出されて、自分は狙われていることを重く受け止める。
再び曲がり角に身を隠した。あの持っている四角い機械の存在は知っている。異能者──異人の持つチカラの源でもある異能エネルギー、異源素の反応をキャッチする探知機だ。
仕組みは単純でそのエネルギー反応があると、そちらに向かって機械が音で知らせる。反応が強ければ強いほどその音も激しくなる。一般人を超える強い異源素を持っている存在である異人も油断すればこれだけで居場所がおよそ分かってしまう。
通常の一般人が持っている、異能にもならなければ機械も反応しない微々たる異源素では効力は期待できないが、どれだけチカラを潜めても、そのサーチをかいくぐるのは今の諒花にとっては困難だった。
諒花は稀異人という通常の異人よりもワンランク上の異人。つい先日、今迫ってきている軍団の大将──スコルビオンのそのまた上の上にいた元締め。彼は裏社会の帝王とまで呼ばれた。初月諒花はわずか十四歳でその帝王を打ち倒した。彼を倒したことで大きく日常は変わった。
しかし生憎、その持つチカラを潜めるテクニックを諒花はよく知らない。強い異人はそのサーチをかわす手段を持っているらしいが、その辺にはまだ疎い。
もし先月、あんな事態にならなければ、いつも傍らにいた彼女がいて、それも教えてもらえたかもしれない。だがその機会は訪れなかった。今まではそれを教えなくても良いと彼女に見なされていたからだろう。
「お、こっちだ! スコルビオンさんが来る前に俺らで手柄を立てておかないとな。へっへっへ」
機械が路地裏の方に大きな反応を示し、したり顔で三人組の男達がこちらに歩を進めてきた。
今、後方へ引き返して来た道を戻っても足音や地面を蹴る音で気づかれる────だったら────