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95/112

#95

※後書きに北川より附記があります。合わせてお読みください。

#95



ケイの声は続く。何を思うかはうかがわせぬまま。


…………


< 「パクス・ブリタニカ(イギリスが支える平和)」

我々は忘れてはならない。イギリスの繁栄こそが全世界の平和と安全を守り抜く上で最重要であるということを。

19世紀半ばごろから20世紀初頭まで、これほど平穏な世界が訪れた時期があったであろうか。産業革命による卓抜した経済力と軍事力を背景に、自由貿易や植民地化を情勢に応じて使い分け覇権国家として栄えた大英帝国があればこその平和。

現代の不安定な情勢は、すべて我が国の重要度を軽視しているからであることは自明の理。

もう一度正しい道へと、世界を導かん為に。ここに我々はフリーメイソンリーの非公開組織の一つである「大英国帝国連合」への学生組織員として所属することを誓い、おのおのの能力に従ってその生涯をパクス・ブリタニカの復興へと捧げることを約束するものである>


この証文を我らは持ちつつ、それぞれの行く末を我が国の繁栄の為に役立てんとすることを確かめ合った。成人男性でなければ入れぬUnited the British Empireの趣旨に賛同する学生として、早くおのが能力を高めねばと切磋琢磨し合ったのだ。

それがハィロウズ・スクールの中でも特に選ばれた学生のみで構成される、この結社の目的であり、その結束は堅く、卒業後も永遠に続くものである。


…………



「フランマソヌリ(フリーメイソンリー)ねえ。そりゃまたずいぶん過激なことを」


フランス人であるミミは嘆息の声を上げた。誤解するなとダリルが釘を刺す。


「もちろん知ってはいるだろうが、英国のフリーメイソンは特定団体の秘密結社でもなければ、過激派組織でもない。会員同士の親睦を目的とした友愛団体に過ぎぬ。誤解も多いがな」


表向きは、ね。アーネストの意味ありげな含み笑い。珍しくカークランドは反論した。


「何が、表向きは、だ。現実もその辺のボーイスカウトやライオンズクラブと大して変わらん。陰謀説を唱えたがっている想像たくましい妄想派は多いようだが。ミミがそう思いたいのはわからぬとは言わんさ」


確かに、秘密結社とも呼ばれることの多いフリーメイソン(正式にはこの用語は個人名を指し、団体についてはフリーメイソンリーと表記される)は、身分の高いものだけが入会することのできるステイタス性の高い親睦団体というだけだ。


何それ、嫌味?途端に彼女はふくれて横を向いた。フランスのフリーメイソンの一部には、かなり急進的な思想を持ち、派手に政治活動を行っていた仏大東社などが存在していたことは確かなのだ。


「イギリスのメイソンが閉鎖的なのよ!真摯な信仰を持つってとこはいいわよ?成年男子のみで女性は受け付けない。社会的評価が高く、道徳性品性の持ち主なんて書きながら、要は幼い頃から上流教育を受けてきた者のみという縛り。一番許せないのはね!!」



……健全な心に恵まれ、定職と一定の定収があって家族を養っていること、身体障害者でないこと……



黙って機械的に手記を読むことしかしなかったケイが、呟く。一瞬の間。


「今時あり得ないほどの差別的思想だな。まともに受け取る方がどうかしている」


ダリルがきつく吐き捨てる。その先の文章を読んでしまった彼は、ケイの心情をもまた十分に想像できたからだ。


「少なくともこのトンデモ勘違い野郎の学生さんたちは、この『大英帝国連合』っつう組織を、ただの友愛団体とは思ってはいなかったようね」


アーネストの目が光る。若き彼らにとっては文字通りの秘密結社。それも多分に急進的どころか過激的な思想をも持つ。



「この団体は現存するのか?」


ダリルの投げかけに、有能であるはずの情報屋も天を仰いだ。ごめんなさいねえ、ここばっかりはガードが堅い上に、とてもとても下々の者には手が出せないわ、と。


「おまえが下々の者?……まあいい。現存するのなら、彼らの妄想で片付けられる問題ではないということなのだな」


閉塞的な大不況の続く英国内で、潜在的な不満がくすぶり続けていることは事実だ。それもかつての栄光があればこそなおさら、なぜ他のヨーロッパ諸国との連携を図ってまで世界的な競争力を高めなければならないのか。ましてや米国はともかく、台頭著しいアジア諸国に頭を下げるなどとは、プライドが許さない。

国内にもたくさんの反政府勢力を抱えている。内部からも外部からも喰い荒らされて、抜け殻だけの誇り高き帝国。もう一度主導権をこの手に、と考える輩がいてもおかしくはないだろう。



「日記の続きは……あるのか?」


ラテン語などとは全く無縁な生活を送ってきた耀司は、手にしたコピーをもてあそんでいた。まさしく意味不明の文字の羅列。今どこまでケイが読み進めたのかさえわからない。


「ここまでわかれば十分だろう」


ダリルはケイにそう声を掛け、微動だにしない彼の手から紙を取り上げようとした。しかしそれよりも先に、ケイが言葉を続ける。あの無表情さで。



…………


ハミルトンはその財力を、人の目に触れぬよう移しておく。事を起こす際に資金は必要だ。私は己の能力を元手に、技術開発の道を進む。そして『E』は……人脈を作る為に警察と軍へ。我々は本気だ。それを連合の幹部らに示す必要があった。当然のことながら、一介の学生とはいえ我々の提案は幹部の興味を惹くには十分すぎるほど魅力的だったのだろう。スクールを卒業後も連合との関わりは続き、我々は正式にメンバーとして承認された。


…………


「貧乏子爵なんでしょう?代々ハミルトン家ってのは」


「フランス国内に秘密裏で移管してしまった隠し財産を除けば、ね」


ミミの意味ありげな言葉に、アニーは、はあんそういうこと、と頷く。

手記に登場する三人にとっては、学生の遊びでも若気の至りでもなかったと言うことか。

本気だった。本気で大英帝国の復活とあくまでも英国主体の連合の実現を目指した。


しかし……。



…………


私は言葉通り、軍事利用も可能な先進技術の開発に携わる研究者となった。『E』は警察に入ったのち、軍と言うよりも情報部へと近づき、きな臭い人脈を作り続けた。ハミルトンは昼行灯を演じつつも、自らの財産を来たるべき決行の日に役立てる為に別国へと移管し続けた。そして子爵の名を最大限に活用すべく、自らの後継者となる男子をもうけた。


…………


「だが、生まれてきた子どもには」


「いい加減にしろ!ケイ!!その先には何も書いてないはずだ!?」


ダリルが大声を出す。実際、彼はその先をコピーしなかった。できるはずもなかった。どれだけ任務遂行の為には表面的には厳しい態度を取るとはいえ、さすがの彼にもその先の文章をケイに読ませるつもりなどなかった。……手記に記述はあった。残酷なまでの事実が。



「生まれた子爵の後継者となる男子は、虹彩異色症と呼ばれる先天性異常を持っていた」



淡々とした彼の声が逆に皆を黙らせた。しばらくの沈黙ののち、ようやく絞り出した耀司の台詞。


「オッドアイは……障害……ではない、だろう?そもそも、そんな入会条件の方が間違ってんだろ!?おい!!ケイ!!」


最後には叫ぶように彼の肩を掴む。頼む、感情を動かしてくれ!!泣いてもわめいてもいい!!他人事のように平然とそんなことを言うな!!


「そうよ。そもそもおケイちゃんがそこに入る必要なんてないし、先代の方がどうかしてんのよ」


努めて冷静にアーネストが言葉を添える。


「フランマソヌリ側の言い分はこうよ。『我々は心身ともに健全な身体を授かった。だからこそ、恵まれぬ社会的弱者には積極的に手を差し伸べていくことが義務である』とね。実際に障害者施設への寄付だけではなく、フランマソヌリが母体となる施設まであるほど。まあだから、彼らの中では自己完結してんじゃないの?」


ミミの冷ややかな声。それはもちろん、ケイを取り巻く大人たちへの論理に対する静かな怒り。



ふっ。くっくっ。紙をひらつかせてケイが笑い声を立てる。自虐めいたというよりももっと乾ききった音。


「先代のニコラス・フリップ・ハミルトン子爵はそう考えなかった。だろ?これでは約束が果たせない。子爵位を継ぎ、連合へ所属し活躍する嫡男が必要だったのに。せっかく生まれた長男はオッド・アイ。要らなかったんだろ?崇高な目的の為にはさ」


おれなんか。

哀しさも悔しさも微塵も感じさせず、割り切ったかのような平静な表情。ケイは、バッカみてえな話だ、とさらにくすくす笑い続けた。


「こういうときはな!笑うんじゃねえだろっ!?泣くまでぶん殴ってやる!!」


耀司が耐えきれずにケイへと殴りかかる。周りは止める間もないが、ケイはそれをいつものように軽くかわした……はずだった。


がつっ。


避けきれずにかすった拳が、頬に鈍い音を立てる。遠近感の掴めぬ彼は、この近距離でさえ攻撃をかわせない。

本気で向かったはずの耀司の方が慌てた。崩れそうな彼を必死に支える。


「ごめ。悪かった。まさかおまえが避けな……」


言葉にならない。ずっと一緒にいた強いはずの相棒は、今、耀司の肩に手を置いて息を乱している。


「マジで殴んなよ、バーカ。あとで覚えてろよ」


うっすらと口元に滲む血を、手の甲でぬぐう。



「エマーソンもまた、トカゲのしっぽのさらに先。それでも俺たちは」


「やるしかないんじゃない?フランマソヌリがどうしたいかなんてわからない。でも、こんな非現実的な計画を立てて実行したのは、妄想に取り憑かれた三人の元学生。そのことだけは間違いないわ。でしょう?」


大勢の人の人生を狂わせ、苦しませた元がこれだとすれば、そんな戯言は通用しないのだと思い知らせてやる。


「エマーソンは狂っている」


「信じるものが何かによって、人は簡単に狂うことができる。どれだけ他人を傷つけようと良心さえ痛まなくなる。歴史がそれを証明している」


アーネストは痛ましげにケイを見やった。床に座り込み、眇目をうつろに漂わせる彼を。


「蟷螂の斧-Trying to empty the sea with a teacup-それでも我々は」


「このままやられっぱなしは、性に合わないわよねえ」



それぞれは思い思いの言葉で、決意を新たにした。



(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2010 keikitagawa All Rights Reserved

<北川・註>


※現実のフリーメイソンリーについては資料が乏しいために情報が正確ではない可能性があります。

あくまでもフィクションとしてお読みいただければ、幸いかと思います。よろしくお願いいたします。


また、身体障碍者が除かれている背景には、元来中世の石工たちの集団であった歴史をふまえています。「中世においては石工になるために欠かせない条件であったためであり、決して体の不自由な人を差別するためのものではありません」との記述が多く見られました。


素人の情報収集の限界として、念のため分かる範囲内で書かせていただきました。ご承知置きください。  (文責 北川 圭)

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