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#62

#62



「キース…キャリック=アンダーソン…」


ハミルトンの屋敷で、テーブルに行儀悪く足を投げ出し、気にもしていないそぶりで呟くケイ。その視線が宙をうつろに舞い、現世を捉えてはいないことに耀司は気づいていた。


名付けられたものは良くも悪くもそのものの属性を表し、人を人として存在したらしめる。おそらく多くの人間にとって、意識にすら上らせたことなどないだろう。名を失ったまま生き続けてきた人の想いなど。


手にしたタバコに火をつけることもせず、ケイは何かに心をとらわれていた。


思わず耀司は目を背ける。告げることのできなかった一つの真実。



…一緒に保護された妹の現在の名が、クリスティアナ・オルブライト=青木であることを…




あの襲撃事件が起こり、ケイが被害者の遺族であることを知られたせいなのだろう。もともと内々であった婚約は取り消され、彼女と二人きりで逢うことなどない。それが耀司にとってはせめてもの救いだった。


生き残った三人の子どもたち。そのうち、ようやく巡り会えた肉親。真実を伝えればケイは…嬉しいのだろうか。

自身も肉親との縁が全くない耀司には、その判断がつきかねた。


今は立場を変え、血を分けたはずの兄妹は対立しか生むことはない。裁判を終え、ケイがクリスを改めてターゲットとするときに知らせればいい。


一人でかかえるにはあまりにも重すぎる秘密を、耀司はバーボンとともに飲み干した。




「それで、キャリック=アンダーソンの調査は進んでるんだろうな」


他人事のように冷静な視線を向けるケイ。反対に耀司は言葉に詰まった。


「実際に夫妻の殺害事件が起きたのか。その背景は。単なるAOKIの暴走とは訳が違いそうだ。なぜ無関係であるはずのおれの過去とハミルトン夫人の事故がリンクするのかはわからないけどさ」


いい加減にしろ!!たまりかねて耀司はテーブルをはたいた。勢いよく立ち上がる。


無表情なケイが顔だけを向ける。


「おまえの話をしているんだ!!何でそんなに淡々と話すんだよ!?少しは逆上して見せろよ!!驚いたり叫んだり、何でもいいから感情を表せよ!!」


どちらかと言えばなだめ役であるはずの耀司が、出したこともないような大声で攻め寄る。


ケイは…彼の美しき宝石の瞳は、何ををも映し出しはしなかった。


「泣けばいいのか…?取り乱してみせればおまえは満足なのか」


耀司はそれ以上何も続けることができなかった。何の反応もできないほど、ケイの絶望は深いのだろう。それを知りながらもやりきれなさから声を荒げたのは、自身の身勝手。


「おれは真実が知りたいだけだ。親の名前もわかった。実際に事件があったのかどうか、これで調べることができる。その背景も、青木善治郎との関わりもはっきりする。本当に関連があるかどうか、がな。おれはじっくりとAOKIの事故に関する訴訟について専念するさ」


淡々とした声が耀司の胸を刺す。こんな想いをさせる為に、俺は走り回ったのか。



「キャリック=アンダーソン夫妻の関わる事件があったのかどうか。彼らがどんな人物なのか。どうせ調べはついているんだろう?」


耀司は応える代わりに分厚いファイルを投げ出した。見ろとも何も言わず、そこに書かれた事件の概要に触れることもせず。


そっと手に取ったケイの表情は変わらない。ページをくくり、先を読み進めていても。


ケイが頑なに過去を拒絶した。それはある意味正しかったのだ。彼を救いたいが為に、俺は間違った道を歩んでしまったのではないか。


それが俺たちの本来の唯一である行動原理…ハミルトン夫人の生命を奪った相手をつぶすという目的の為に必要だとしても。



「…コンフィギュア、というのはAOKIの前身だな。そこの研究員という訳か。すべてのパーツはリンクする。AOKIと善治郎。どちらともおれの敵と認識されるもの。シンクロニシティってのはこれなのかな」


それがただの偶然であってくれれば。耀司の胸にイヤな予感がよぎる。

そんな都合のいい偶然が重なるものか。ウィリアムズ・パークスの件で思い知らされた。不思議なえにしで絡み合わされた複数の事件。すべてを解き明かす必要がある。


そのとき、ケイをどれほど傷つければ気が済むというのだろうか。



「キャリック=アンダーソンの研究テーマは?」


「仮りにもおまえの…父親だぞ?」


耀司がそれを言うのか。ケイは動じない。父も母も兄妹も、おれたちに何をしたというのだ。

郷愁や思慕にひたるにはあまりにも過酷な事実の羅列。


「ハイブリッド・カーに搭載されるリチウム蓄電池の開発。それらはさらに改良を加えられ、フローラへと組み込まれた」


flora…フローラ。ハイブリッド・カーとしては非常に珍しい小型乗用車で低燃費にくわえ、労働者階級にも手の届く低価格車として売り出され爆発的な人気を博した。故障も少なく、扱いも楽ということで、女性ユーザーも多かった。


小型車に搭載されるということは、蓄電池自体もコストを下げつつもコンパクトにまとめなければならない。


それを可能にしたのが、AOKIの新技術。


あの惨事でいったんはつぶされたかと思われたが、未だにフローラはロンドン界隈を我が物顔で走り続けている。僅かな瑕疵とリコールはメディアの片隅に載るだけで大きく取り上げられることもない。


事件は風化し、安全性に問題はあるかも知れぬが今は大丈夫という、根拠なき信頼の元、安さに惹かれたユーザーはAOKI車を買い求める。



不思議なものだな。



おれが、ハミルトン夫人を救う為に証拠として嗅ぎ廻っている当の技術を開発したのが、実の父親とはね。皮肉だな。


ケイの呟きを聞きながら、耀司は不意に突き刺さるような不安を覚えた。



俺は情報屋だ。偶然という言葉を遣うようじゃまだまだだな。何度そう同業のものから嘲られたことか。

物事にはすべて意味があり、必然性があるはずなのだ。その表面に現れない絡みほつれた糸を見ることができるかどうか。見通すだけの能力があるか。


情報屋を自認するならその程度はわかるようになれや。そうもどやされた。


その俺の勘が、偶然の重なりではないと警告を発している。何を根拠に。何も言えない自分が歯がゆかった。




と、突然ケイの携帯が鳴り響いた。仕事で使うものではなくプライヴェート用だ。人当たりのよい小洒落た旋律に、ケイは仮面を被り直した。


着信の番号を見る。見慣れぬナンバー。さあ、誰が出るものやら。


「 Hi, kei speaking 」


相手はその声に一瞬、言葉を失った。話すべき相手、けれど話したくない相手。そんな逡巡が感じ取れるほどの動揺。ケイは警戒度を上げた。


「…ケイ。もう一度だけ逢って欲しいの。とても重要な用件よ」


今度は彼の方が絶句した。


見慣れぬ番号なのは、携帯電話自体を替えたのか。クリスティアナの柔らかくも甘い声だった。


「逢う必要はないよ。僕らはもう、無関係だ」


「見張られているの。チャンスは一度しかないわ。明後日の正午、待っているから。場所は…」


僕は行くとは一言も!言いかけたケイをさえぎるように、クリスは息もつかずに言葉を続けた。


「エレン・ラザフォード嬢の墓碑の前にいるから。この電話で話すことはできない。それだけは察して」


掛かってきたときと同じように、唐突に電話は途切れた。



エレンの墓の前。いったいクリスは…。



とうに切れてしまっている携帯を握りしめ、ケイはただ立ちすくんでいた。



(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2010 keikitagawa All Rights Reserved

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