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#53

#53



「何で俺まで、コスプレ王子と一緒に身辺警護なんざやらせられるんだよ!!」


目立たぬようにと小型車の中で身を寄せ合いながら、耀司は一人むくれていた。助手席には…黒ずくめのブラック。ただし、黒髪ではなく地毛をきつくひっつめ、帽子で覆っていた。遠目には噂の美術品窃盗犯とは見えなかっただろう。


「しょうがねえだろうが。善治郎はけちってボディ・ガードの数を減らしやがったし、かといっておれがハミルトンとしてクリス嬢のそばに付いていれば、余計まわりの神経を逆なでするだけだ」


「堂々とツー・ショットを見せつけてやればいいのに。愛する御婚約相手様…だろ?」


耀司の軽口に、憎々しげに彼をにらみつける。


「彼女は、クリスは狙われているんだぞ!?」


狙ってるのはおまえだろうが。呆れた声で耀司がため息をつく。


「さっさと始末をしないから、こんな羽目になるんだよ、ったく。クリス嬢殺害を引き受けると言ったのはおまえ自身だ。そこんとこ忘れんなよ!?」


大尉には三ヶ月待ってくれと言ったはずだ!依頼した当の悪人相手にそんな理屈通用するか!いつもの応酬が始まる。


「誰がこの件を依頼したんだ。まだ掴めねえのか、この無能な情報屋!」


俺にいくら悪態をついたっていいがな、ケイ。思わず耀司が彼の名を出す。




「おまえの目的は何だ?なぜそこまでしてクリス嬢を守ろうとする?」


「おれが受けた仕事だ、他のヤツにやらせられるか。それに…この時点で彼女を殺してしまっては裁判に持ち込めない」


裁判という言葉を口にするとき、ケイの心はずきりと痛んだ。


この期に及んで、本気でできると思っているのか?静かな耀司の声。


「…証拠はコピーを大尉に渡し、原本を元に訴えを起こす。ただそれだけだ」


「人の心を傷つけてまでやることか」


「被害者の会の誰一人にも理解されなくたっていい。おれを恨みたければそうすればいい。ただおれは、合法的にあいつらの罪を明らかにしたいだけだ」


「俺が言ってるのは…おまえの気持ちだよ…」


ケイは動きを止めて、押し黙った。どういうこと…だ?浮かぶとまどい。


「おまえはクリス嬢にも母親のオフィリアにも深く関わりすぎた。善治郎なんざどうだっていいが、彼女たちを裏切れるのか?すっぱりと作戦遂行のためと割り切れるのか!?」


裏切りも恨まれるのにも慣れている。ぽつりとケイは呟く。


「とっとと婚約を解消し、彼女らに近づかないさ。もうあの屋敷には用もない。オフィリアは呑気に婚約発表をなどとぬかしていたが、こうなって改めて自分たちが置かれている立場を思い知っただろう。おれと一緒にいれば余計立場が悪くなる。わかってるなら切るのも簡単なはずだ。双方にとって」


わざと感情を交えず、淡々と話す。


被害者の会の連中は、一度でも寝返ったように見えるおまえを受け入れると思うか。それともすべて話すの…か。耀司の声はかすかなうめき声に変わってゆく。


「俺一人でも闘うさ。あくまでも合法的にな」



…裁判などで真実が明かされると本気で思っているのか…思い出されるエマーソンの言葉。



それでも、公の場でぶちまけることが大事なんだ。陰で秘密裏に処理されてしまうよりずっといい。


「あの様子じゃ、ラザフォード夫妻の協力は見込めない」


はなからあてにしていない。ケイの強がり。頬の痛みがよみがえるようで、そっと手をやる。


誰にも理解などされなくたっていいのだから。事故の、いや事件の真相を大っぴらに公開し、AOKIの犯してきた罪が知らしめられればいい。


「おまえも捕まる。確実にだ」


「逃げたきゃ耀司だけでもさっさと逃げろ。おれとは違う。おまえは前途ある新進アーティストだ」


「ケイ!!」


「おれはケイじゃない!!」


拳を握りしめ、荒い息を繰り返す。鍛えた身体が上下に揺れ、彼の心の動揺を伝えていた。



「…おま…え」


「おれの名前なんかどうだっていい。裁判さえ終わればクリスを殺す。それで大尉との契約は解除だ。爵位はパークスの弟に返す。すべてはそれで片が付く」


おまえは…どうする気…だ?


「どうもこうもないだろ?それで終わりなんだよ。その先の未来などおれにはない」


ケイ…。何のためのセラピーだ?記憶を少しでも取り戻したんじゃなかったのか。


「あの屋敷に潜り込むためだけのものだ。最初からそう言ってたじゃないか。おかげで夜中に叫ぶことなく熟睡できる。ロンドン一って噂は本物だったな。疑って悪かった」


爵位をパークスの弟に戻したら、おまえは本当の自分自身に戻れ。そのための協力なら惜しまない。耀司がそっと声を掛けるのに、ケイは凍り付いた瞳で見つめ返した。


「どこに帰れって?あの記憶がもし本当なら、おれはもともと誰からも受け入れられなどしてなかったことになる。実の兄にも妹にも会う気はない。知りもしない人間に会ったところでどうなる?おれは、いったいどの時点に帰れっていうんだ!?帰るとこなんざないんだよ!!」


とうとう耀司は、何も言えずに痛ましげに彼を見やるほかなかった。


そんな彼に、ケイは冷ややかに呟いた。


「ここから先はおれ一人でやる。この先ずっとだ。パートナーとしての関係は、たった今この瞬間に解消だ。世話になった。その礼は言う。頼むから…帰ってくれ」



…ふざけんな、バーカ。俺は…ハミルトン夫人のためにやってんだ。うぬぼれるのも大概にしろ。



吐き捨てるように言った言葉は、精一杯の耀司の優しさ。それはケイにも痛いほど伝わってきた。唇を噛む。


無言の時が流れる。やるせない思い。


ケイは黙って車内から、クリスティアナとオフィリアが訪ねた屋敷の門を見続けていた。







重たげな門扉がゆっくりと開く。中から現れる黒塗りの乗用車。二人がオルブライト家にいた頃からの恩人だというこの屋敷の主、誘いを断ることができなかったのだろう。


耀司はゆっくりとあとをつけるために、車をスタートさせようとした。


と、その横を小型乗用車が通り過ぎる。

暗がりで中は見えない。しかし、門のそばに来てもいっこうにスピードを緩める気配は感じられなかった。


いや、明らかに加速。突っ込む気か!?


ケイはとっさに手を伸ばすと、運転席のクラクションを思い切り押し続けた。


ビーッという軽い音が、闇を切り裂くように響く。


高級車の運転手は、危ういところでハンドルを切ると小型車を避けた。


ブレーキが激しく踏まれ、タイヤがものすごい音を立てて横滑りする。


二台の車は、鼻先をぶつけんばかりにようやく止まった。



何の変哲もないどころか、これでは防御用の改造すらかけらもしていないであろう小型車は、がくんと音を立ててエンジンを無理やり回転させると、いきなりバックをし始めた。そして再び前進へ。


逃げる気か。違う!!


止まった相手に、そのままの勢いでぶつかる気だと悟ったケイは、後部座席に念のためにと置いてあった銃を手にすると、冷静に窓ガラスを下げてかの車のタイヤに撃ち込んだ。


がりりと酷い音を立ててタイヤがめり込む。尻をつけた形の小型車は前に進むことができなくなった。



こんな無茶な襲撃があるか。



ケイの…ブラックの頭はどこか醒めていく。プロの仕業ではない。ただの自爆テロじゃないか…。


中からふらつく足ではい出てきたのは、ラザフォード夫妻であった。





高級車からボディ・ガードが銃を持って降り立つのを、彼らは寄り添うように立ち、睨め付けていた。


ブラックは耀司の制止を振り切ってドアを開けた。


夫妻の手には、小刻みに揺れる刃物。


これでは彼らが正当防衛の名の元で撃たれる可能性の方が高い。


思わず駆け寄ろうとしたブラックに、夫妻の叫び声が飛び込んできた。




「出てきなさいよ!!そこにいることはわかってるのよ!?青木の娘と言うだけで、なぜあんたはのうのうと生きていられるの!?私たちから何もかも奪っていったくせに!!」


相手の車内にも聞こえているだろう。辺りは静寂、ラザフォード夫人の声だけが響く。


もう、夫であるラザフォードも彼女を止めようとはしなかった。妻の肩を抱き、悲痛な面持ちでボディ・ガード達を見つめている。


「娘を返してちょうだい!!あんた達の作った欠陥車のせいで娘は大事故を引き起こした犯人にされたんだわ!!皆に恨まれ、汚名を着せられ、あの子自身の命も奪われたというのに!!裁判で何もかもあんた達の罪を白日の下にさらしてやるはずだったのよ!!」


ここですべてをばらされたら!どれだけ気持ちは焦ろうとも、ブラックでさえ一歩もそこから動くことができなかった。


憎むべき敵はクリスじゃない。彼女を騙し、陥れたのはこのおれだ。AOKIの事故でさえ、クリスには何一つ関係などない。


それでもラザフォード夫人の言葉は、そこにいる誰もの胸をえぐった。


同じ思いだったのだろう。黒塗りの車のドアが開き、降りてきたのは母親のオフィリアだった。


「AOKIの事故のご遺族でらっしゃるのですね」


どのように償えばいいか…わたくしどもはせめてこれからの事故を防ぐために。


言いかけたオフィリアの言葉を激しく遮る。




「綺麗事なんかどうだって良いのよ!!娘を、エレンを返してちょうだい!!それができないのなら、せめてあれはあの子のせいではなかったと裁判ではっきりと証言しなさいよ!!汚い手を使ってハミルトン子爵までたぶらかして!!」


オフィリアの目が見開かれる。明らかにとまどいの表情だ。なぜここで子爵の名が…。


それでもブラックは、まだ動くことができずにいた。


「あの事故で子爵様もお母様を亡くされたのに!!あんた達を憎んでいるのに、私たちと一緒に闘おうと言ってくださっていたのに!!それをあんたの娘は!!」


クリスには…聞こえてしまったのだろうか。遠い他人事のようにブラックは目を細めた。



すべては自ら蒔いた種。罰を受けるのは…おれ一人でいい。



「どういう…こと…ですの…?」


震える声で問い質すオフィリアが、一歩を踏み出す。





その瞬間、ブラックは彼らに走り寄っていった。




「伏せろ!!頭を上げるな!!」





そのままラザフォード夫妻を後ろからなぎ倒すように地面に押しつける。


低い姿勢の身体すれすれに、銃弾が浴びせられる。


「オフィリアを早く!!車内に!!」


ボディ・ガードたちに怒鳴ると、ブラックは後ろを振り向いた。




気づけば、別の一台の車。いつぞやの襲撃犯どもか!?


頭を押さえてここを動くな。低い声で夫妻に命じる。敵の背後から耀司が冷静に奴らを撃ち抜く。


まさかブラックたちがいるとは思わずにいたのだろう。不意打ちを食らい、数人がうめき声を上げて転がった。


耀司が黙って、ブラックにライフルを投げてよこす。


一度身体を沈めてから、車の陰に回り込み、一人ずつブラックが狙いをつけてゆく。


手の甲、腕、肩、そして足首。そのたびに銃がわずかに光る。


暗すぎて敵の数が把握できない。


今度はいったい何人で来やがった!そこまでAOKIを、クリスを狙う理由は何だ!?



「早く車を発進させろ!!」


青木のボディ・ガードらに必死で怒鳴るが、彼らも応戦に手間取り、動きが取れない。運転手は明らかに動揺して何もできずにいる。


「どけ!!」


役立たずのドライバーを逆に引きずり出すと、ブラックは運転席に乗り込んだ。ここで車を失えばもっと逃げるのが難しくなる。発進させようとしたそのわずかな隙に、敵の一人がクリスを無理やり降ろそうとした。



耀司は暗がりを味方に、顔を隠す間もなく敵と撃ち合いを続けている。人手が足りない。焦ったブラックが後部座席に腕を伸ばそうとする前に、オフィリアが小型の銃を相手に向けた。


「無茶だ!!素人は手を出すな!!」


「私はこの娘の母親よ!!わたくしが守らずに誰が守るというの!?」


そう言いながらオフィリアは、クリスを車内の奥に突き飛ばすと、「早く車を出して!!」と叫び、自らは敵とともに車外へ飛び出す。




ようやく異変に気づいた屋敷からも人の姿が見え始めた。


ブラックは意を決して、クリスを一人車に乗せたまま、アクセルを思い切り踏み込んだ。



(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2010 keikitagawa All Rights Reserved

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