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#22

#22



小高い丘の上に、その墓石はあった。人目につかぬようにひっそりと。

ケイはそこに、持っていた白いグラデーションの花束をそっと横たえた。複雑な感情が入り交じる。それでも黙って長い指先を組み、目を閉じる。


どれくらいそうしていたことだろう。風も出てきた。ほうっと息を吐き出すと、彼は丘を下ろうと歩き出した。


視界に映る一組の夫婦。彼らはケイの姿を認めると、深々と頭を下げた。


「また、この日が来ましたね」


穏やかなケイの言葉に、母親の方はすでに目を潤ませていた。


「ハミルトン様、毎年娘に花を手向けてくださって本当にありがとうございます。何とお礼を申し上げたらいいか。本来ならば私どもが頭を下げて謝り歩かねばならないというのに」


その夫婦は、かつての事故でfloraを運転していた女性…エレンの両親だった。


「お嬢さんに何の罪がありますか。それは以前にもお話ししたはずですよ」


「AOKIを……あのAOKIを訴えるなんてことが本当にできるんでしょうか」


周りを気にしながら小声で父親がケイを見上げる。一年前に比べても老いた印象が強い。エレンはまだ若かったのだから、その両親もまた老け込むような年齢ではないはずなのに。

ひたすら謝り続け、苦しみ続けた結果が、彼らを追い込んでいるのだろう。


「状況証拠は少しずつ揃いつつあります。AOKIが無理なコストダウンのために安全性を無視していた可能性は、やはり高いと考えられます。確実なものさえ手に入れば、私はその日のうちにでも事故の被害者の皆さんに呼びかけるつもりでいます」


そう、そのためにおれはAOKIの重役だけでなく、彼らの後ろ盾となっている政治家どもの弱みを見つけ出してきたのだ。どうせ政治献金という名の後ろめたい金をたんまりもらっているヤツらのことだ。ちょっとつつけば、すぐさましっぽを出しやがった。


脅すための材料には事欠かない。裁判さえ正式に始まってしまえば、我が身可愛さにヤツらはAOKIを、そして青木善治郎を切るだろう。





しかしエレンの両親は、暗い目で下を向いた。


「今さら、被害者の皆さんが協力してくださるでしょうか……」


当然同じ思いで声を挙げると信じていたケイは、その言葉に動揺が隠せなかった。


「…どういう…ことですか?」


「どんなにAOKIのfloraに欠陥があったところで、運転して事故を起こしたのは娘であることには変わりません。あの日、あの子が車に乗っていなければ。あの交差点にさしかからなければ。そして事故が起こったときに、もっとちゃんと避けていれば。運転していたのがエレンじゃなかったとしたら事故は起こらなかった。最悪でも自損になってくれていれば…」


淡々と語る父親の言葉に、耐えきれず母親は嗚咽を漏らした。


それらはすべて事故当時、AOKIの息がかかったメディアでさんざん言われ続けて来た論調。世間の目と被害者たちは、当然怒りを彼女一人にぶつけてきたのだ。

ケイは黙って聞いていたが、話し終えた父親が肩を落とすのを見て取ってから、優しげに声をかけた。


「その後も事故は起きているのですよ。大きなものではないけれども、なぜかあれ以来、表沙汰になることさえもほとんど無いのです。お辛いことを申し上げるかも知れませんが、あなた方は第二、第三の娘さんのような被害者を、また出したいとお思いですか?」


ケイの言葉に、ハッとしたように両親は顔を上げた。


「このままでは事故は起こり続けます。誰かが止めなければ。これ以上苦しみを味わう被害者が増えて欲しいとは、私は思わない。いざとなれば私一人でも闘います。娘さんのためだけではなく、踏みにじられてきた多くの被害者たちのために」


なぜ、なぜそこまでハミルトン様は…。とぎれとぎれの母親の声。

苦し気に口元を歪めたケイは、所詮は勝手な私怨ですねとだけつぶやいた。


「えらそうな言葉を並べたところで、心は伝わりませんね。私はただ、大切な母を奪ったAOKIが許せないだけです。それでは」


軽く頭を下げて歩き出す。両親は立ち止まったままケイの背中を見つめているのだろう。視線だけを感じる。




あれからもう…七年にもなるのか。




悲しみは薄らぐどころか、日ごとに強くなるばかり。おれはどこへゆこうとしているのだろうな。自嘲めいた苦笑い。


墓地の入り口に見覚えのある背の高い男を認めたとき、闘いはすでに始まっていることをケイは厭というほど感じた。







「奇特な方ですね。篤志家として知られたハミルトン夫人の志を受け継いでいらっしゃるというわけですか」


冷ややかなグレーの瞳。そこにいたのはダリル・カークランド警部だった。


「墓参りに来てはいけないという法律でもできたのですか?それは知らなかった。教えてくださってありがとう、警部さん」


失礼、と断ってからカークランドはタバコに火をつけた。一息吐き出してから、横を向く。


「エレン・ラザフォードはあの事故の加害者だ。被害に遭われた遺族がなぜ、と思うのも自然の疑問ではないでしょうかね」


事故に巻き込まれたのは彼女も一緒です。冷静なケイの答え。これから他の方々のところへも行く予定ですが、とも。


「なるほど。あなた方の共通の敵はエレンではなくAOKIだということですか。ではなぜ、青木の娘に近づいたんですか?」


ケイは驚いた表情で警部を見つめた。うまく仮面はかぶれただろうか。演技はこれでいいのだろうか。どこまでこの警部を…騙せ抜けるか。


「AOKI?どうしてここでAOKIの名前が出てくるのですか?僕はただ純粋に、みなで故人を偲びたいと思っただけですよ」


死者の数は夫人を入れて、最終的に九名となった。未だ後遺症に苦しむ者もいる。取って付けたようにならぬよう、慎重に言葉を選びながらケイは遺族の悲しみを静かに語った。


「エレンの乗っていたのは、AOKIが出した低価格のハイブリット・カー。それが事故の原因と思っておられるのでしょう?だからこそあなたはクリスティアナ・オルブライト=青木を狙っている、と私は考えているのですが」


ケイの必死の演技を見てもいなかったのか、冷たくカークランドは言い放つ。

ケイはやりきれないという顔をしてから、あの頃は子どもでしたから何もわかりませんとだけつぶやいた。


「…まあ、いいでしょう。それでは近いうちにいずれまた」


火のついたままのタバコを手に、カークランドは振り向きもせずに歩き出した。


残されたケイは、こぶしを握りしめてそれを見送るしかなかった。







「はいはいはいはい、ちょっと待っててよ今いいところなんだから。ほら、なあに?もうみんなフォルドなの?こらえ性がないわねえ」


相変わらずもうもうと煙の立ちこめるアニーの店で、彼(彼女?)らはポーカーに熱中していた。アメリカほどは流行らないとはいえ、ここでは賭け事なら何でもいいのだろう。


刹那的に生きる、それもまた人生観の一つか。


珍しく黙ってアニーの後ろに立っていたカークランドが、ぽつりとつぶやく。


「……ずいぶん酷い欠陥品だな、そのカードは。52枚の手札の中にスペードのエースが二枚もあるのか」


アニーの肩がぴくりと動く。周りの男どもがハッとしたように彼を睨みつける。


「あ、あは。いやあねえ、そんなわけないじゃないの~。ほら悪いけど、このおまわりさんがうるさいから、今夜はお開きねえ」


「ママ!!てめえいつもそうやってイカサマしやがって!!」


掴みかからんばかりに怒り狂う一人を、周りが必死に止める。

何よ!!なんか文句ある!?ここはアタシの店なんですからね!!アニーは逆ギレしてカードをばらまいた。





「もう!!アンタときたら!!今度ニンニクでもぶら下げておこうかしら!?疫病神退散ってね!!」


裏の事務所にカークランドを引っ張り込むと、アニーは顔を真っ赤にして言い立てた。


「ああ、わかった。ではもう二度と来ないことにしよう。それでいいのだな?アーネスト」


「…誰も…そんなこと言ってないじゃない」


急にしなを作ると、アニーはカークランドの肩にもたれかかった。途端に飛び退く警部。

スーツを念入りにはたくのを、アニーはけらけらと笑って見ていた。


「時間がないのだ。手短に進捗状況を教えてもらおう」


アンタは余裕がないと言うより、色気がないのよ!女心ってもんを少しは理解しなさいよ。


アニーの戯れ言を、聞こえなかったかのように軽く無視してソファに腰掛ける。



こいつと外で会うには危険だ。かといって私の自宅に呼ぶわけにも行かん。この店に来る以外ないのか。顔では冷静さを保ってはいたが、カークランドの胸中は別の意味で複雑だった。


「はいこれ、追加の資料。先代の子爵ニコラス・フリップ・ハミルトン卿ってのがね、これまた大の女好きでね。夫人はかなり泣かされたらしいわ」


「ゴシップには興味はない。結論を先に言え」


アニーはその冷たい物言いに、ふいと横を向いた。アンタになんか教えるもんですかと。


カークランドは無言でアニーを見つめていたが、そういうことかと独りごちた。


「な、何よ?」


「おまえがそう言うからには、先代の問題が深く関わっているということなのだな。話してくれないか、アーネスト」


幾分柔らかい言葉に、アニーは頬を染めた。何よ、最初からそう素直に言えばいいのよ。


カークランドは必死に「こいつは女だ、女、女だと思え」と脳内変換を試みていた。無駄な努力ではあったが。





「あーあ、ただで教えたくなんかないわねえ。銃で脅されりしたら絶対に口を割らないから」


厚く塗ったアイシャドーが照明をはじいている。まぶたを閉じ気味にカークランドを見つめる。

大げさにため息をついて仕方なしに警部は立ち上がった。アニーの口元に耳を寄せ、厭々ではあるが肩と腰に手を置いた。これで文句もないだろう。全く面倒な情報屋だ。


アニーはグロスがついてしまいそうなほど唇を耳に近づけて、そっとささやいた。




「ケイ・ハミルトンは二人いる。どう?この情報は」


「な……に…?」




あまりのことに目を見開き、カークランドがアニーをまじまじと見る。


その首筋に腕を回し、アーネストは彼の唇にグロスを押し当てた。



(つづく)


北川圭 Copyright© 2009  keikitagawa All Rights Reserved

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