#19
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「部品はすべてどこにでも手に入る量産品ですねえ。こっちの線からは追跡は無理でしょう」
カークランドは報告を聞きながら、腕組みをしたままじっと配電室を見渡していた。監察官が言うまでもなく、素人の仕業ではないことは一目瞭然だった。足がつかないような簡単な起爆装置。それを一番効果的な箇所にのみ取り付けてある。
…停電を起こさせ、セキュリティを全解除させるつもりだったのか…
だが、何のために。それでは昨夜の荒っぽい手口とは相容れない。
「屋敷に忍び込んで、家族を皆殺しにでもしようとしたんでしょうかね」
若い刑事の何気ない発言に、ベテランの上司が頭を叩いた。
「ばかやろう、あの親子の証言を聞いてなかったのか?ご婦人方は昨夜帰ってくる予定などなかった。父親に異変があったとニセの電話をもらい、慌てて帰宅した。そのあげくが屋敷前のドンパチだ」
家族の留守を狙うかのように、仕掛けられた爆薬。そして娘への殺人未遂事件。これがどうつながるというのだろう。現場の連中は頭を抱えていた。
しかしカークランドだけは苦笑いをすると、そっと屋敷の外に出た。
道路にはまだ、事件の証拠となる血痕が残っている。それらは犯人のもの。しかし傷つけたのは青木側のボディー・ガード達ではなかった。
彼らは一様に、「黒ずくめの男が一人でライフルと短銃を使い、襲撃犯全員に傷を負わせた」と証言した。
なぜ、青木の娘を救うために、そのような行動に出たのか。娘に訊いても母親に尋ねても、頑なに「恐怖のために何も覚えていない」とくり返すばかり。
庇っているのか、彼女らを助けたもう一組の犯人を。
証拠品のあふれかえる現場では、タバコを吸うこともできんな…。カークランドは一人車に乗り込むと、その長い脚を組んだ。右往左往する捜査員たち。しかし、誰も彼の勝手な行動をとがめる者はいない。
ようやくタバコに火をつけると、カークランドはダッシュボードに肘をついた。
昨日はちょうど新月の夜。行動を起こすにはもってこいなのだろう、犯罪者どものな。おそらく、いや明らかにこれは二つの事件として切り離して考えるべきだ。
娘のクリスティアナを狙った襲撃事件と、屋敷へと忍び込んで何ものかを盗み出そうとした…ヤツの仕業だろうな。
美術品専門の窃盗犯が聞いて呆れる。ブラックがそんな温和しい玉であるものか。黒い服に豊かな黒髪。そいつがたった一人で襲撃犯を半殺しの目に遭わせたと、ボディー・ガード達は口を揃えた。ライフルの名手、か。軍関係を当たってみる必要があるな。
ヤツの目的は何だ。ただの金目当ての窃盗なら、もっと効率のよい仕事がいくらでもあるだろう。
カークランドは地道に、今までブラックが関わってきたと思われる事件を洗い直していたのだ。捜査班はどいつも、宝石や美術品などの目立つものにしか着目していないが、あの若い刑事が言ったとおり、会社の重要機密などにも手を出すことが多々あった。
彼はそれを、金になるなら何でも盗むと言ったが、カークランドの解釈は違う。
…美術品は単なる目くらまし。本当にヤツが欲しいものは、重要機密の方ではないのか。
カビの生えた骨董品を盗む出すために、スナイパーライフルは要らない。第一、この屋敷にそんな貴重品などありはしない。
青木善治郎の金への執着は有名であったし、美術品を集める高尚な趣味があったわけでもない。夫人にはそれほど高価なものを自由にできるほどの権限は与えられていないのだし、ここにあるのは悪趣味なイミテーションばかり。
世に言われるようにブラックが、もし仮に目利きの美術愛好家であったとしたら、一番手を出さないのがここであろう。
クリスティアナへの襲撃を最初に防いだのが、金髪碧眼の典型的な英国青年である、気弱そうなハミルトン卿。
そして今回の…美術品専門と言われる窃盗の常習犯、全身を黒で覆われたブラック。
似ても似つかぬ二人が、カークランドの思考の中で交差する。
「先入観は危険だ。頭を冷やせ、ダリル」
わざと口に出して、カークランドは目をつぶった。自分の中で抑えきれない疑惑をいったん真っさらにしなくては。
私はもっと冷静で、客観的事実しか信じない男ではなかったか。
ダリル・カークランド警部は携帯を取り出すと、いつも見慣れた番号へ連絡を取り始めた。
「何だよ、ケイ。そんな辛気くさい顔しちまってさあ。二日酔いか?またあの悪夢で眠れなかったのか?そりゃあ、屋敷に忍び込めなかったのは残念だけどさ、チャンスはいくらでも…。ケイ?おい、ケイ!!」
ハミルトンの家のリビングで、耀司とケイはいつものようにソファに座っていた。違うのは黙りこくったケイの姿。
「…眠れなかったのなら、今からでも少し横になれよ。ここでだっていいぜ?一人の寝室よりかは、まだ安心だろ?」
かすかに柔らかい声で、そう耀司が声をかける。久々に取り出したライフルが、コルトが、彼の辛い思いを呼び起こしてしまったのかと思ったのだ。
しかしようやく顔を上げたケイは、自虐的にこう吐き捨てた。
「眠れない?まさか、よく眠れたよ。朝まで熟睡だ。一度だって起きることなく、夢一つ見ることなく。人間を撃ったからか?人を痛めつければおれは気分よく眠れるのか?」
おい止せ!耀司が辛そうにつぶやく。
「流れ出る血が、おれを正気に戻した。いやあれは狂気か。もうあのときからおれは、とうに人間の心など、良心など、どこかへなくしてしまったんだろうね」
それ以上言わなくていい。耀司の言葉をさえぎってまで、ケイは話し続ける。
「護身用に、電気系統のトランスなんかを狙って壊すためだけに入れて置いたスナイパーライフル。だけどおれは、何のためらいもなく引き金を引いた。身体が勝手に反応していたんだ。人が死んでも何の解決にもなりはしない。そうだろ?耀司!」
「ああそうさ。だからおまえは誰も殺さなかった」
「同じだ!!冷静に銃を突きつけ、どこを撃てば一発でしとめられるか計算する。それも無意識のうちにな。もう、おれは元には戻れないんだよ」
ケイは、また頭を抱えたままの姿勢で沈み込んだ。
「おまえは青木の娘を助けた。そのための正当防衛だ。それよりも…これからの作戦を考えなくちゃな。クリスをできるだけ巻き込まずに、善治郎の部屋に入りたかったんだけどね」
耀司が無理やり話題を変える。だが今度は、クリスの言った、そしてオフィリアが投げつけた最後の言葉が、ケイを苦しめた。
「今は考えないでおこうぜ?」
「何か知ってるって言うのか!?」
つかみかからんばかりに、耀司に食ってかかるケイ。しかし耀司はそっと首を横に振った。
「俺だけが何かを知っているわけないだろ?おまえといつも一緒だったんだ。違うか?」
そうさ、おれは何も知らない。クリスティアナもオフィリアも。彼女たちは憎むべき青木善治郎の家族というだけであって、それ以下でもそれ以上でもない。
おれは…おれは、ケイ・ハミルトンだ。
考えれば考えるほど、足元がぐらつく。自分は本当は何者なのか。ケイもハミルトンも、おれのために用意された名前じゃない。そんなことはわかってる。わかっているさ!!
底なし沼に足を取られたかのように、ケイは一人、思考の渦に絡め取られていた。
(つづく)
北川圭 Copyright© 2009 keikitagawa All Rights Reserved