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#13

#13



カークランドは、ジャガーのドアへと手をかけた。


「ちょっとあんた!どこ行く気よ!?」


黒髪の方の男だな、しょっ引いて全部吐かせてやる。息巻くカークランドをアニーは必死で引き留めた。


「ちょっとお!本当にどうしちゃったってのよ!!そんな簡単な事件じゃないんでしょう?とうとう好みの男の前では、あんたお得意の冷静な判断力もぶっ飛んじゃったの?」


その言葉に普段の自分を取り戻したのか、それとも怒りのせいなのか、ようやくカークランドは高級車のシートにどさりと座り直した。

細めのタバコを取り出す。禁煙は取りやめ?アニーがニヤニヤと茶々を入れる。


「ハミルトン卿の周りにいつもまとわりついているあの男は、山下耀司。日本人のフォトグラファーだ」


「聞いたことないけど?」


わざと興味もなさ気に、アニーはフロントガラス越しに二人を見る。何やら楽しげに話しながら車へと向かっている後ろ姿。


「それが、広告業界じゃこのところ急に名が売れ出した新進気鋭の風景写真家でな。全くもって悪い噂など聞いたこともない。無名の頃、ハミルトン夫人に世話になった縁で、未だにこうしてつながりがあるとだけしか聞いておらん。そのY・ヤマシタにどうしておまえがからむんだ?え?」





結局タバコには火をつけず、細く長い節ばったその指でもてあそぶ。しかし、カークランドのアニーを見すえる視線はするどかった。


「あんたまさか極上の情報屋に、重要機密をただで教えろって言ってんの?」


アニーはダッシュボードに肘をつき、妖艶な流し目と薄笑いでカークランドを見返した。

しばし無言でアニーのその仕草を睨みつけたカークランドは、小さくため息をつくと左手でそっと自身のネクタイを、ほんの少しばかりゆるめた。


そしておもむろにアニーのそり上がったスキンヘッドの後頭部に手を回すと、ぐいと引き寄せる。


あまりの素早さにアニーの方があわてた。頬を赤らめ、わずかに下を向く。しかしすぐさま顔を上げると、じっとカークランドの灰色の瞳を見つめた。


「…ダル…アタシ…」


そのまま身体を持たれかけさせようとするアニーの首筋に、カークランドはヘッケラー&コッホ社のHKP7の銃口をぴたりとつけた。


「誰に向かって口をきいてるつもりだ、アーネスト。さっさと言え」


さすがのアニーも顔をひきつらせた。この男はいつの間に…。





「全くむかつくったらありゃしない!!だいたいスコットランドヤードのおまわりさんは、銃を持たないのが誇りなんでしょう!?」


憎まれ口を叩くのが精一杯だ。


「言っただろう?私は」


はいはいはいはい、特別待遇の警部殿には逆らわないわよ!完全にふくれてそっぽを向く。

涼しい顔で内ポケット側に仕込んであるホルダーに銃をしまうと、カークランドはようやくタバコに火をつけた。無言で箱をアニーに差し出す。


せめてもの復讐と、アニーはカークランドが加えていた方のタバコを抜き取ると、深々と煙を吸い込んだ。さすがの警部も苦笑いで新しいものを取り出し、何も言わなかった。


「わかったわよ。正確に言うとあの男が会っていた相手がちょっとね」


「写真家なら、営業で出会う客も多いことだろう」


深い青で統一された内装に、煙がうっすらと漂う。それがどうした、とでも言いたげな警部の挑発。アニーが口にするからには、ただ者ではあるまい。


「非公式のパーティー会場で、彼が話しかけていた相手は…驚かないでよ?」


早く言えとばかりに、カークランドがスーツの内ポケット辺りに手を差し込む。

あわててアニーは言葉をつないだ。





「デリック・エマーソン。イギリスの警察官として勤務したのちにフランスへと渡り、レジィヨン・エトランジェールの将校として活躍されたと噂される人物。

もちろんイギリス人であるから階級的には大尉で終わったけれど、その入隊はとても正規のルートではないだろうというのが、裏社会では一般的な見方ね。そして、もっとも重要視される情報が…」


「英仏の……二重スパイ疑惑、か」


そこから先はアンタの管轄でしょう?アニーは嫌みったらしく、煙をカークランドの顔めがけて吹きかけた。

エマーソンが広告を打つとも、写真撮影の依頼をするとも思えないんだけど、と。


しかし彼は、深く深く自分の思考へと潜ったまま、それ以降何も口を開かなかった。



(つづく)


北川圭 Copyright© 2009  keikitagawa All Rights Reserved

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