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#105

#105



うなり続けるエンジンは、既に爆音の域を超えていた。耀司がアクセルペダルを踏んでいないのにもかかわらず、だ。


「何が起こってるんだよ!?」


「黙ってろって!!フューエルインジェクションがいかれちまってるんだ!」


何だよそれ!?とても黙ってはいられないという焦りから、ケイも大声で怒鳴る。


「燃料噴射装置だよ!!キャブレーターっつえばてめえでもわかんだろうが!?」


フューエルインジェクションとはエンジンに装備される補機のひとつで、従来のキャブレターの代わりに燃料を直接噴射する装置のことを指す。電子制御式がほとんどと言っても過言ではない。

ここが何らかの誤動作を起こしたとすれば……。


「どうなるんだ!?」


「アクセル全開、バイクだったらフルスロットルってヤツだ!!」


耀司は、制御の利かないハンドルの一部分を撃ち抜いてしまったせいで、エンジン出力の補助を受けられない重たい操舵を必死に操る。


アクセルは勝手に動き続け、メーターが振り切れるほどの回転数を上げて轟音を上げる。



「停まらないってことか!?」


「その前にどこぞのトレーラーにでも突っ込まないように神に祈っとけ!!」



この状態で、エレンは自分の車を何とか停めようとしたのか。車にそう詳しくはないであっただろう彼女にとって、それはどれだけ恐怖の時間だったか。


こんな状況、考えられる理由などただ一つ!!



……フェーズドアレイレーダー……



当時よりさらに小型化され、強力な出力性能を誇ると考えられる軍事用機器。本来はその名の通りレーダーとして使用されるが、副作用というべき非常に大きな電気的ノイズを生ずる。それを利用しての精密電子機器への誤動作を誘導。すべての事故の原因は…この悪魔の兵器。


ちっきしょう!!おれたちにも同じ手を使うとはな!!



「ブレーキは!?」


「足がつるほど踏みつけてるよっ!」


車を無事に停止させる為に使われるディスクは、がりりという厭な音を激しく立てている。

焼き付くのも時間の問題か。


「どれくらい出てるんだ!?」


「90マイル(時速約140km)をとうに超えたぜ。さあてと、どうすっかなあ!!」


軽口を叩いてはいるが、さすがの耀司も表情は引きつりを見せていた。

このまま、他の車両や人混みにでも飛び込んでしまえば、あの事故の再現となるのは避けられない。

現に彼の運転する車は、横道から主要道路へと飛び出す寸前だった。


「その辺に突っ込め!!何とか停めろ!!」


そうしたいのはヤマヤマだがな!耀司は声を荒げた。


「このまま突っ込めば車は停まる。中の俺たちは、そのままひしゃげた車体と運命をともに、だ!!それでもいいか!?」


ごくりとケイは息を飲む。一瞬かすめた、そうなってもかまわぬという自虐的な思いを無意識に打ち消す。




「じゃあ、久々にカーレースと行きますか!」


耀司は重いハンドルを巧みに切り続けると、大通りにそのまま飛び出していった。


あちらこちらに響く急ブレーキの音。怒号が聞こえたのは気のせいか。


この状態でさえ彼は、空いている車線を選んで進み続ける。もう少し先には確か、川縁の公園。そこには古いばかりで廃墟と化した建物が並ぶ。耀司の狙いを瞬時に察したケイが、身体を精いっぱい低くする。彼の視界をさえぎらぬように。


横から迫り来る大型バスを、すんでのところでかわし、耀司は赤信号を無視したまま文字通り飛ぶように走った。


ハンドブレーキなど、とうにすり切れた音しか立ててはいない。


ギアを無理やりニュートラルに入れると、それでも精いっぱいブレーキペダルを踏み続ける。

エンジンを完全に切ってしまえば、このレーシングドライバー並みのハンドルさばきすら制御不可能になる。どの方法をとるか、ギリギリの選択。


僅かずつ、ほんの少しずつスピードが落ちてゆく。レーダーの威力もここまでは届かぬ。いったんいかれた従来のキャブレーター部分はどうしようもないが、耀司の決死の努力でブレーキが利きつつあるのだろう。

あとは、ディスクが焼き切れるか頼みの綱のドラムブレーキさえもが摩擦でやられるか。激しい音と周りの視界さえ遮るほどの煙幕。頼む!!目的の廃墟まであと数マイル!!


せめてもう少し速度が落ちれば、車体をこすりつけた際の衝撃は防げるものを。





彼らの目にようやく灰色の壁が見えてきた。


黙ったまま、すべての部品を力ずくで制御してきた耀司は、行くぞ!!と大声を上げた。


頭を抱え、衝撃に耐える。


本来なら助手席を犠牲にするだろう。しかし耀司は敢えて運転席側を壁に突っ込ませた。


奥歯を噛みしめ、覚悟はしてはいたがそれでも耐えきれるものではない打撃。



がりりとわざと長い距離を取って側面を擦りつけた運転手は、最後の力を振り絞ってハンドルを自分側に切った。




がつん。




壁にのめり込んだ形で、ようやく車は停止した。装甲車並みの装備とは言え、酷く潰された運転席。


「つう」


ケイもまた、激しい衝突をまともに食らって身体の右側をしたたかに打ち付けていた。頸と頭だけはと守った結果、がくんと振られることだけは免れたか。


助手席のガラスにぴきっとひびが入る。その僅かな破片で彼の頬は血まみれだ。手も腕も、細かな傷ができている。しかし、荒い息の元、そっと指だけを動かす。鈍い痛みはあるが動くのなら折れてはいないだろう。


何度も激しく息を吸い込む。吐くことさえ忘れてしまったかのように。過呼吸気味で朦朧とした意識を、何とか覚醒させようと試みる。




デリック・エマーソン……あのやろう。




おれたちを出廷させないなどという悠長な妨害ではなく、感ずるのは明らかな殺意。それも一番イヤなやり方で。


無意識に頭へと手をやると、彼の輝くばかりのプラチナブロンドにも血が滴っている。


しかしかすり傷で済んだのは…運転手の腕のおかげ。




ようやくケイは、運転席を見やる。そして自由の利く片方の目を見開いた。


「耀司!!」


あり得ない光景。壁と車体の間は僅か。そこへ押し込められているのは……。


「おい!!しっかりしろ耀司!!」


ぐったりと堅く目をつぶった状態で、頸が後ろへと。頸椎の損傷は!?いやそれよりも呼吸は!?彼の鼓動は!!


「耀司!!」


とっさに近くにあったボードをたたき割り、頸にあてがってから彼の頭を抱える。これだけの大騒動を起こしたのだ、遠くからは既にサイレンの音。


「返事をしろ!!何か言ってくれ!!」


息はある。弱々しくも胸が上下している。ああそうさ!!この男がこれしきのことでくたばるはずがない!!


「耀司!!」


名前を呼ぶしかないのか。ケイは何度も何度も、一緒に死線をかいくぐってきた戦友の名を叫び続ける。



もっと過酷な作戦に、おれたちはそれでも生き延びてきた。傷一つ負うことなく。そうだろ!?



耀司の口元が僅かに動いた。ケイは精いっぱい耳を近づける。


「は…やく…」


微かな、声にならぬ声。ああ、今助けが来る!!あのアンビュランス(救急車)はおまえの為に向かってるんだ!!


「ちが……。早く、それを…。しょう…こ…を…」



耀司。



おれたちを狙った目的は、この『軍事転用可の次世代リチウムイオン一次電池』。それを裁判所に届けない為にか。このままおれが素直に聴取に向かったところで、また別の方法で狙われるだけ。


ケイは歯を食いしばった。警察と救急がこちらに向かい、おれまでもが身動き取れなくなったとしたら。


耀司をこのまま見捨てる気か。


そうじゃない!ここにおれが居ては、助かるものも助からない!!


究極の局面で迫られる無情な選択。ああ、わかったよエマーソン。てめえの策に乗ってやる!!


ケイは車から何とか這い出すと、緊急車両が近づくのを確かめてからその場を離れた。



行く先は一つ。ホワイト・プリズン(白き牢獄)。



彼は痛む身体をかばいつつ、必死に走り出した。







洒落たオフィスビルに、血まみれの男。これほどのミスマッチはなかなかないだろう。不審者として警官に通報される前にと、ケイはボスのオフィスがある階へと階段を駆け上がっていった。


そのたびにずきりと痛む身体。しかし、耀司はこんなものじゃ済まなかっただろう。どうか、どうか無事で。


怒りで息さえも切れぬ。行儀よく廊下には人一人いない。


念のために忍ばせておいたピエトロ・ベレッタM92。イギリスの銃規制は思いのほか厳しい。しかし、スナイパーライフルこそ手放したが、この小型だけは手元に残した。


いつかはこうして、直接対峙せねばならぬときが来る。誰もが望んではいなかったが、ケイにだけはわかった。



デリック・エマーソン。簡単に死なせはしないさ。てめえを楽になんぞさせてたまるか。



一番端のオフィス。ここに来たのでさえ、数えうるほど。それでも彼を信じていた。


知りもしない偽の父としか思わずにいたニコラス・ハミルトン子爵の、懐かしき学友。あの事故の、いや事件の日…初めての出逢いは笑顔が弾んでいるはずだった。誰もがそう思いこんでいた。サラ夫人でさえも。ああそうさ、おれのママでさえもな。


最初から、事故は仕組まれていた。ヤツは旧友の家族に会う気など始めからなく、兵器を操っていたのだから。


何故だ、何の為にだ。直接本人に訊くまでは、おれは納得などできはしないだろう。




IDカードなどあるはずがない。叩いたところで当然、返答がない白い扉。気休めに上着を折りたたんでサイレンサー代わりにし、鍵部分に打ち込む。


響く銃の音と蹴り破るドア。あわてふためいて振り返るのは、見慣れた顔のミセス・マクレーン。


「…ブラック…」


ボスはどこだ。低くうなる声。それ以上言葉を失い、後ずさる彼女を羽交い締めしつつ銃を突き付ける。


「ボスの部屋を開けろ」


「い、今は留守…よ…」


「ふざけるなよ、ヤツはおれを待ち望んでいたんだろ?」


ブラックではない碧い瞳が、元傭兵の残忍さへと変わりゆき、陰惨な光を放ち始めていた。



(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2010 keikitagawa All Rights Reserved

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