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#1

物語の必然性から、間接的な性描写や暴力シーン等があります。

(また同性愛者等も登場しますが、BLではありません)

あらかじめご了承ください。

なお、決して興味本位で取り上げたわけではなく、

問題提起の意を込めて書き込んでいることを、

ご理解いただけると幸いです。

黒い瞳 †…Nemesis Negra…†      北川 圭



# プロローグ


Nemesisネメシスとは、ギリシャ神話に登場する復讐の女神。


復讐をなだめる恩恵をほどこす美しき女神と、呵責のない復讐者の二面性をあわせ持つ。


おれの前に現れるおまえは、果たしてどちらなのか。


黒い瞳は何をうつし出すのか。


ときは満ちた。


さあ、動き出せ。復讐の長い道のりへ。



#1



「で、どうよ。なかなかイケるべ?」


ほんの緩やかな小高い丘の上で、寝ころびながら一眼レフをいじくっていた耀司が、からかい気味の声をかける。

小さなオペラグラスでターゲットをとらえたケイは、ため息をつくと空を仰いだ。


思いのほか澄んだ青空に、心地良い風。

このままのんびり過ごせたら。いつも心によぎる少しばかりのはかない夢。


「だーかーらー。おれはコロシはやらないって言っただろ?今すぐにでも断ってきてよ」


グラスをぱちんと畳むと、さっと真っ白いシャツの胸ポケットに滑り込ませる。その仕草も洗練されていて、一目で上流階級に属する人間であることがわかる。

その物騒な文言とは裏腹に。


彼こそがうら若き子爵、ケイ・ハミルトン卿その人であった。


プラチナブロンドの髪を後ろでゆるく束ね、顔の周りにふんわりと散らしている。瞳は澄んだブルーで、まるで今日の空を映しだしているかのようだった。鼻筋は通ってはいるが、よく見るイギリス紳士のようなかぎ鼻ではなく、見るからに聡明さを印象づける顔立ちだった。

何もかもが淡い、透明感を持つ。細く長い指が、前髪をかき上げる。


その彼が口にした、はすっぱな物言いだけが違和感を生じさせていた。コックニー訛りの下町育ち。本来なら彼が口にするはずのない言葉。


相変わらず寝そべったままの耀司は、彼とはまた違った意味で人目を惹く様相だった。

浅黒く焼けた肌にくっきりとした目鼻立ち。鍛え抜かれた腕は、重いカメラ機材を持つためなのかそれとも他の理由からか。そばに置いてあるカメラ用のケースには、yoji・YAMASHITAとローマ字で書いてある横に、下手な殴り書きで『山下耀司』と書かれていた。


日本人。


英国に暮らす日本人は決して珍しくもないが、彼はそれでも何かしらきな臭い匂いを感じさせていた。下手をすれば戦場カメラマンとでも思われかねないが、彼の専門は風景写真が主である。意外なことにyoji・Yの署名入り風景フォトは、高い頻度でいろいろな広告場面に使われていた。



「よく言うよ。何がコロシはやらねえ、だ。傭兵上がりのロード・ハミルトン大貴族様よ!」


その言葉を聞くやいなや、ケイは反射的に一瞬草むらの地面に手をつくと反転して耀司に飛びかかった。耀司がさっと身をかわす。

ギラギラとした瞳が光る。耀司も負けじとにらみ返す。


しばしの静寂。


そのあと、どちらからともなく苦笑いをもらす。しゃあねえなあ、子爵様はけんかっ早くてさ。耀司のぼやき。


「子爵子爵って、嫌みったらしく言わないでよ。それでなくとも没落貧乏ハミルトン家なんだから。毎年、維持費を払うのにおれが一人でどんだけ苦労してると思ってんのさ。ロード(貴族の呼称、準男爵以下はサーが使われる)なんか返上したいと思っても、これがなかなかねえ」


先程の殺気は何だったのかと思わせるほどの、陽気な笑い声。ケイは、とにかく断っておいてとくり返した。


「何でだよ。やっとここまで来てターゲットにたどりついたんじゃねえの?せっかくのチャンスを、なに怖じ気づいてんの」


「おれの敵は、あんな小娘じゃない。そうだろ?」


どこか寂しげな瞳で、彼は視線を下の小径に向けた。



お嬢さま大学に通う名門家の出身のはずである彼女には、取り巻きの女の子一人すらいなかった。その代わり、となりには無粋な黒いスーツ姿の男が二人。


「ここからならスナイパーライフルで一発、でしょうが」


相変わらずあきらめが悪いのか、悪のりしているのか、耀司がニヤニヤと下をのぞき込む。それに、無言の抗議で答えると、ケイはため息をついた。


「依頼人は誰よ?そっちの方が気になるね」


「俺は報酬の方が気になるさ。カリブの海に島が一つ買えるぜ?」


その言葉に険しい顔つきでケイが振り向く。ようやくやる気になったか?耀司の軽口に本気で頭をこづく。


「いてえな、何すんだよ!はげたらどうする!!」


「何でたかだがあんなガキに、それだけ出すバカがいるんだ?あの娘の親父ならわかるさ、でもな!?」


言葉にほんの少しこめられた強い怒り。いや怒りとも違う、侮蔑の色。握りしめられた細く白いケイの手が、微かに震えている。


すまん、悪かった。調子に乗りすぎたよ。耀司が静かにつぶやく。


「依頼人の事情は訊かない。それが今までのポリシーだったんじゃねえの?」


ためていた息を吐き出すと、ケイは頭を抱えた。


「おれが断れば他に頼む。そういうことだよな?それだけでかい金を出してでも、あの小娘を始末しろと言うくらいだ。手荒な連中に頼めば、何をされるかわからないよな」


「憎んでいるんじゃなかったのか?なぜおまえが、あの子の心配までしなきゃなんねえの?」


あのタヌキ親父がどれだけ極悪非道でも、家族には何ら関係ないだろうが。歯を食いしばるように、ケイが言う。必死に痛みに耐えているかのように。


そうさ、家族は関係ない。家族は……。


ケイは複雑な思いで、もう一度オペラグラスを取り出した。



クリスティアナ・オルブライト=青木。

イギリスで急成長を遂げる日系自動車会社の社長令嬢だが、生粋のイギリス人である。母親のオフィリア・オルブライトの連れ子だからだ。


気位の高そうな澄ました横顔を、ケイはしばらく見続けていた。



(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2010 keikitagawa All Rights Reserved

ケイ・ハミルトンは僕が中学生の頃から一緒に過ごしたオリジナルキャラクターです。

今回、このように作品に書けることがとても嬉しいです。

過激なお話しではありますが、どうぞ彼らの世界を十分にお楽しみください。

(キャラが異様に濃いとは、言われます…

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