違和感の正体
『また、独りになるの?』
――
「改めて確認しますが、本当に記憶をコピーしてよろしいのですね」
後日、俺は理事長室で記憶をコピーするための書類の確認とサインのために来ていた。
そこでは理事長、水地雫が直接俺に対応し、細かい説明と危険性、コピーした記憶が今後どのように使用されるのか説明してくれている。
その理事長の後ろには堕天使の女性が静かにこちらを眺めていた。
「はい。俺自身気が付いていない事もコピーして改めて確認する事で何か分かるんじゃないかっと思うので。というかあの日俺が1番近くにいたんですからこういう話は出なかったんですか?」
「一応出ましたが、私の方で否決させてもらいました。貴方は戦闘科の生徒ではなく、普通科の生徒です。そんなあなたから記憶をコピーする義務はありませんし、個人情報を守るという意味でも必要なのであなたから記憶をコピーしないと決めたのです。ですがまさかあなたの方から協力してくれるとは思ってもみませんでした」
「守ってくれてありがとうございます。しかしどうしても気になっちゃって」
「つまりあなたの中では彼、“龍化の呪い”に襲われたのは偶然ではないと感じているという事ですね」
「はい。自分でもネットで調べてみましたが、呪いにかかった他の人達は無差別に攻撃する事の方が多い。それなのに俺だけが狙われるというのは本当に珍しい事なんだと分かりました。彼との間に特に喧嘩したとかの記憶はありませんから」
良し。うまくいっている。
理事長、水地雫とうまく話せるかどうか分からなかったが、今のところうまくいっている。
それにしても……やっぱり昔に比べるとまた綺麗になったよな。俺が知っている頃と比べてさらに大人になったことで落ち着いた雰囲気が出ているというか、より熟して女性として最高の状態になっていると感じるというか、そんな感じ。
前世の頃の知り合いときちんと話すのは当然初めてだ。あの光景が最後だったから当然みんながどうなったのか気になるが、やはりネットなどの情報通り俺の事は完全に忘れている。
俺の事を忘れて幸せになっているのであれば、これ以上嬉しい事はない。
「それは私達も疑問に思っている事です。貴方の協力で少しでも呪いが早く解けるようになると嬉しいのです」
「それは俺も同じです。あまりいいものではなさそうですから」
それでも俺はそれが力になるのであればほしいと思っているけどな。
なんて考えながら様々な書類にサインし終えると、堕天使の秘書が書類に不備がないか確認してくれる。
この人も水地雫と関係があると思うんだが……俺が知らないだけか?
「雫様。これでいつでも記憶をコピーする事が出来ます」
「ええ、よろしくお願い。サマエル」
「サマエル!?」
つい大きな声で驚いてしまったため、二人がこちらを見る。
サマエル。俺が学生時代からの友達と分かれて最初に作った仲間。
元々天使であり、誰かに仕える事が当たり前だと思っていたので仲間にした後は俺の秘書のような事をしていた。
しかしだ。しかし彼の性別は女ではなく男だった。
天使が堕天したときに男性か女性に変化する。その時に関係してくるのは本人の心がどちらよりなのかっと言うところなのだが、サマエルは心が男よりだったはずなので男になったと自分で説明していたはずだ。
それなのに現在は女になっているという事はいったいどういう事だ?訳が分からない。
「あ、すみません。驚いたもので……」
「いえ、謝られるような事ではありません。準備が整いましたのでこちらにどうぞ」
そう言われるがまま俺はサマエルの案内で記憶をコピーできる部屋に移動する。理事長は機材を操作する部屋の方に向かった。
さて、俺はこれから記憶をコピーするわけだが……何か前に見た機材だけではなく、なんかSTスキャンみたいなデカい機械が目の前にあるんだが?
「えっとこれは?」
「これが記憶をコピーするための機械です」
「前に見た奴よりもかなりごっついんですけど」
「あれは本当に記憶をコピーするための最低限の機材でして、あくまでもあれはほんの一部です。元々脳に干渉するというだけでも危険ですので、後遺症などが出ないよう安全面を強化した結果こうなりました」
「ちなみに後遺症ってどんな……」
「軽い物で記憶障害、物覚えが悪くなったり過去の事を思い出しにくくなります。他にも脳の一部に障害が起きて麻痺が起きたりします。これららの危険性は誓約書に書かれていたはずですが?」
「確かに書いてありましたが……マジで危険な物だったんですね」
「今更気が付きましたか。ですがもうここまで来たら進むしかありません」
「分かってますよ。はぁ。本当に俺は昔っから変わらねぇな」
結局のところ俺はいつだって見切り発進ばかり。危険な事を知っていたとしても目的のためにデメリットは見て見ぬふりばかりしている。
もう少し慎重にならないと本当にすぐに死んでしまうだろうという予想は出来る。昔の俺が生きていたのは単に強かったからだけなんだろう。
俺は記憶をコピーする機材の中に入り、大人しくしていると担当の人達がテキパキと俺の身体が動かないように固定していく。
精密機械なので俺が動くとうまく記憶をコピーできなくなるらしい。そのために軽く体を固定しておく必要があるのだとか。
「終わりましたよ。起きてくださ~い」
機械に入って数十分後、いつのまにか寝ていた。
気が付いたら機械の外に出ており、すでに固定していたものも外されている。
俺は起きて背伸びをしているとサマエルが迎えに来た。
「お疲れ様です。しかし機械の中で寝る方は初めて見ました。もう少し警戒した方がよいのではありませんか?」
「まぁその辺は信用していると思ってくれるとありがたいです。それで記憶はちゃんとコピーできたんですか?寝ちゃいましたけど」
「むしろ寝ている事でスムーズに進みました。記憶を取られたくないという感情があると綺麗に記憶をコピーする事が出来ませんから」
「そんなことあるんですね。てっきり抵抗とか出来ないんだと思ってました」
「魔法も使っているのでその辺りが原因ですね。なのでむしろ寝て抵抗がなかったのであっさりとコピーする事が出来ました」
「鮮明にコピーすることは出来たんですか?」
「今画像をより鮮明にしています。こちらにどうぞ」
そうサマエルに言われ、案内されながら別室に行く。
来たのは前にも使った視聴覚室。そこにはすでに理事長がDVDを持って待っていた。
「お疲れ様です。これがたった今柊君の記憶をコピーした映像資料です。一緒に確認させてもらっても良いですか?」
「分かりました。一緒に見ましょう」
こうして3人で俺のあの日の記憶を見直す。
あの時焦っていたがやはり最初から改めて客観的に見るとあの時分かっていなかった物がよく分かる。
「行動そのものは呪いにかかった者と同じ行動ね。特に変なところは見当たらないわね……」
「ドラゴンの形をしたオーラに包まれ、理性をなくして暴走する。そう言ったところでも特に変なところはありません」
「動きががむしゃらなのは戦闘経験がないからよね。これは戦闘経験がない一般人が呪いにかかった時の症状と同じ。誰よりも近くにいたと言ってもやはりあまり他の資料とは変わらないわね……」
そういう理事長だが、俺が見たい物はおそらくこの映像資料、記憶の中にある。
一応彼が俺によって倒される瞬間まで通して見た後、理事長に聞く。
「すみません。今度はスロー再生で確認してみて良いですか」
「良いですが……他の映像資料とはあまり変わらないように感じますが」
「そうですね。でも俺が確認したい事はやっぱりこの中にあると思うのでもう少し使わせてもらっても良いですか?」
「どうぞ。私達も一緒に確認します」
「いいんですか?」
「もしかしたら私達も見落としている事があるかもしれませんから」
という事で理事長と一緒にもう1度俺の記憶を見直す。
スロー再生なので俺が見たい物ははっきりと見る事が出来た。そして俺の中でさらに謎が深まる。
見直した後、俺は理事長に言う。
「ありがとうございました。俺が確認したい物は見れました」
「そうなの?ちなみにそれって何?」
「大したことではありませんよ。本当に確認程度のものでしたから」
「そう。サマエル、送ってあげて」
「は。校門まで送ります」
こうして俺は理事長と離れた。
俺が確認したかったもの、それは暴走している時の彼の表情だ。
彼の表情、より正確に言うと彼の瞳だが、助けを求める表情をしていた。
何故俺に助けを求めていたのかは不明だが、やはり“龍化の呪い”は俺と何らかの関係があるのだろう。
一体どんな関係なのかはもちろん分からないが、おそらく彼が呪われている間、本能的に俺にしか頼る事が出来ないと思ったから俺を襲った。正確に言うと助けてもらおうとしていたけど、力が制御できず攻撃になってしまったっと言うのが正しいと思われる。
そうなると本当にこの呪いは俺がどうにかするしかないのかもしれない。
この呪いを解除する事で俺に得られるメリットがあるのかないのか、それは分からないがとりあえずやってみよう。
それと同時に何故“龍化の呪い”が存在するのかも調べてみるべきかもしれない。
となると、やっぱり呪いにかかった奴を見つけ出すしかないんだろうな。
呪われて暴走している奴に近付くのは自殺行為だが、やるしかないか。