怪しい転校生
リルと鍛えない日々が少し過ぎた頃、転入生が来た。
「初めまして、乾相馬って言います。戦闘科に入ったからには強くなりたいので、よろしくお願いします」
高校になってもこういうイベントあるんだ~っと人ごとのように思っている。
別な学校に入ってきたからか、同学年だというのに敬語であるところを見るにまだ緊張しているのかもしれない。
俺達クラスメイトは一応拍手をしながら歓迎する。
ただ気になるのは、どことなく俺と雰囲気が似ているような感じなところだ。
顔も体系も違うのに何とな~く俺と似た感じがするのはどうしてだろう?いくら考えても分からない。
彼はぺこぺこと頭を下げながら自分の席に座る際、ちらりと俺の事を見た。
俺も彼の事を注目していたので当然目が合ったのだが、彼の目の奥には何か嫌な物を感じた。それが具体的に何なのかは当然分からないが警戒しておいた方が良いのかもしれない。
そう思いながらも彼はクラスに溶け込んでいく。
特に変なところはなく、普通に談笑し、普通に遊んだりしている。
俺の気のせいだったのかと思いながら少し遠くから眺める。
「転入生の子、気になるの?」
ぼ~っと彼の事を眺めているとカエラがそう聞いてきた。
「まぁ、なんとなく」
「そうよね。あなた以外に普通の人間でこの学科に繰るだなんて思いもしなかった物。少し調べてみたけど前いた学校では普通の男子生徒として過ごしていたみたいよ。かなり田舎の学校だったみたいだけど」
「よくそんなこと知ってるな。どこ情報?」
「それは秘密。あえて言うならこのクラス以外の付き合いもあるって事。で、その学校では彼、結構やんちゃだったみたいよ」
「やんちゃって不良か?」
「もっと健全なやんちゃ。田舎だったから畑を荒らす野生動物と喧嘩してたって話。いい話では野犬に襲われそうになった小学生を助けてあげた事があるみたい」
「へ~。そりゃ確かに健全なやんちゃだな」
田舎の学校の良いリーダーみたいな感じか?
そんな話を聞きながら彼の事を観察してみるが、その話も嘘っぽくはない。
「ただ……彼のご両親、魔獣に殺されちゃったみたい」
「魔獣?野生動物じゃなくてか?」
「ええ。その田舎にちょうど逃げたオルトロスが迷い込んでたみたい」
オルトロス。
頭が2つある大型の犬型魔獣であり、普通の犬よりもかなり狂暴で人間界には存在しないはずの魔獣。
もし本当にいたとすればかなり弱体化した雑種のオルトロスだろうが、それも誰かがペット感覚で持ち込み、手に負えなくなって放った個体だろう。
「そのオルトロスにご両親を襲われて失ってしまったそうなの。そして親戚に引き取られてこの学校に来たみたい」
「本当によくそこまでの情報持ってきたな。それなら何でこの学科を選んだのかも知ってるか?」
「大雑把な理由はね。ありふれた物よ。ご両親がオルトロスに殺されたのを見て強くなりたいと思ったみたい。他にも理由はあるかもしれないけど、それ以上は分からないわね」
「それだけ分かれば十分な気もするけどな」
この学科に来た理由は分かった。
だがそんな重たい話があるようには見えない。
彼の表情はどこか偽っている様子はなく、ただ純粋に、普通の学生としてこのクラスに溶け込もうとしている。
そんな重たい話があるのであれば、もっと暗く、一人にしていてほしいという雰囲気がもう少しあってもいいような気がするが……
「だから私の事を見るときちょっと怖かったんですね……」
そうびくびくしながら言ったのは桃華だ。
「なんだよ桃華?怖いって」
「あいつウチに向かってガン飛ばしてきたがったんだよ。おかげもう1人のウチはビビってたんだよ」
裏桃華がそう説明してくれた。
犬の魔獣に親を失う原因を作られたのであれば同じ犬の妖怪である桃華を敵視してしまうのは仕方がないのかもしれない。
普通の人から見れば妖怪も魔獣も違いなど分からない。
桃華や大神遥のように人型になっているのなら話は別だが、もしリルの様に動物の姿で居たら魔獣か妖怪かなんて見た目だけでは分からないだろう。
あれ?でもおかしくないか??
今自分で言っておいてなんだが、その場合桃華が狗の姿である事が最低条件のはずだ。なのに人型なのに桃華が狗の妖怪である事を見抜いた?
…………何か引っ掛かるな。
「おい裏桃華。もう少しの間あいつのこと警戒しておいた方がいいかもしれない」
「あ?当然だろ。あいつはウチの事を威嚇して来たんだ。警戒しない訳ないだろ」
「それならいい。あとカエラ、彼の情報出来る限り集めてくれないか?報酬にビックマックのセットでどうよ?」
「のった」
相変わらず安いんだか高いんだか分からない買収方法だよな。
まぁ学生らしいと言えばそうなのかもしれないけど。
こんなんでも一応悪魔との契約なんだけどな……
――
転入生が来てからざっと1か月。
俺達は学生らしくマックで会議を始めていた。
「それじゃ各自報告。まず俺が見た乾の様子だが、特に変わったところはねぇな。あえて言うなら普通の人間の割にはかなり戦えてるなって感じ。剣とかの武器の扱いに関しては素人丸出しだが、そこら辺の石とか拾って攻撃したりする分には十分戦い慣れてる感じも少しした。多分前に言ってた田舎での害獣と戦ってたってのと関係あるんだと思う。以上」
「それじゃ次は私ね。色々な伝手を使って調べてみたけど、あいつなんかキナ臭いわよ」
「キナ臭いってどんな感じだ」
「田舎にいる間は普通の学生だったみたいだけど、こっちに来るまで結構親戚にたらいまわしにされてたみたい。その間に不良グループと仲良くなってたみたいで、今お世話になっている親戚の家に車で帰宅する事なくその不良グループでできた友達の家に泊まってたりしたみたい。軽犯罪を起こしていたかどうかは不明。でも不良グループと一緒になってストレス発散に喧嘩はしてたみたい。私が調べられる範囲ではこんなもんね」
「あの私の方からはその、特に何も……あえて言うなら私を見る目も他のみんなに向ける視線と変わらない感じになって来たなっていうくらいで……特に新しい発見はないです」
最後に桃華がそう言って報告は終わった。
今日は帰らにビックマックを奢る約束の日であり、ついでにそれぞれ1か月間乾を見ていた感想会も含めている。
とりあえずの印象としては、悪い奴ではなさそうだが何か良くない雰囲気がある。
武器を使った戦闘は不得意そうだが、喧嘩慣れしている印象はある。
そして今回カエラが調べてきてくれた事でこれらの印象は間違っていなかった事が証明された。
おそらく親戚にたらいまわしにされていたこと性格がひねくれたんだろう。
あるいは家族を失った憂さ晴らしか、もしく精神に異常を起こしたか、どっちかもしれない。
注文した物を食べながら意見交換をする。
「カエラはどうだ?情報から得ただけじゃない乾の感想は」
「そうね……人間にしては根性があるとは思ったけど、あなたほど以上でもないと感じたわね。本当に家族を失っている事以外は普通の男子学生。何か裏がありそうな雰囲気は私も感じてたけど、それも調べてみて納得した。それでも何で戦闘科に入ったのかは分からないけど」
「そう言われて見るとそうですね。もうたらいまわしにされる親戚ではなくなったようですし、今の乾さんを見る限り精神も安定しているように見えます。今もその不良グループと付き合っているんでしょうか?」
「今も付き合いはあるみたいだけど、直接顔を合わせるような機会はないみたい。何せ色んな県をたらいまわしにされてたみたいだからね、その不良グループがどの県の不良グループなのかまでは突き止める事ができなかったし」
「それじゃこの県にいる不良さんとは関係ないんですかね?」
「おそらくね。ただの不良グループが県をまたいで活動している訳ないでしょ。だから普通に考えればあり得ないわね」
「……普通に考えれば、か」
普通ではない不良グループを1つ知っている。
それこそがNCD。
あのはぐれ悪魔にした薬もあいつらが開発、渡したと思われてるし警戒はしておくべきか?
まだこの県にNCDがいるかどうかも調べてみないと分からないが、それでもいないと仮定するよりはマシだろう。
「何よ、普通に考えればって。普通じゃない不良グループ知ってるの?」
「お前らの事をズタボロにした不良グループの事思い出してた。あいつら普通じゃないかっただろ」
「ああ、あの呪われた不良集団ね。でもあれこそ普通じゃ無さすぎる。特殊過ぎてあんなグループがあっちこっちにある訳ないでしょ」
「そ、そうですよ。元々呪いを受けて正気を保てている人だって珍しいんですから、ありえないですって」
「そりゃそうだよな……」
確かにカエラ雇うかが言う通りありえないという方が自然だが、それでも俺は可能性は残っていると思いながらハンバーガーを食べた。




