ドクターストップ
少しずつ、確実に肉体の魔改造は進んでいる。
意図的にオーラを体中に回す訓練を限界以上に行い筋肉や骨を浅く傷つけ回復させる。それをひたすらに繰り返す事で物理的にも肉体を強化する。
あのはぐれ悪魔と戦って傷を負った理由は人間の体が弱すぎるのが原因だ。
前にも言ったかもしれないが、英雄の血を引いているような特別な血筋でない以上俺の体は人間の体の限界を超える事はない。
なら超えられるようにするにはどうするか?
答えは肉体を傷付けて寿命を削ってでも肉体を強化させる事だけ。
本当はこのやり方が正解ではない事は分かっている。
いくら回復させているとはいえ傷付けているのだから効率は悪いし、危険性も高い。
こういう時に利用するとすればどっかの神の血を飲むとか、魔獣などの肉を食うのが良いのだが……俺の財力では買うことは出来ないし、狩りに行こうと思っても様々な許可や免許がなければ入る事は出来ない。
あのクソ神を殺すためにしょうもない事で罪を犯し、捕まって時間を無駄に過ごす暇はない。
少しでも早く。強くならないと……
「えっと……佐藤さん。その、大丈夫ですか?」
何故か桃華が怯えたような表情をしながら俺に話しかけてきた。
「えっと……何が?」
「いや、その。大丈夫ならいいんです……」
なんだかはっきりしない返事に首をかしげながらも、大した事がないのならいいかと思っていたらカエラが指を指しながら言った。
「さっきから何ピリピリしてんの!ずっと不機嫌そうだから話しかけ辛いんだけど」
んん?
ああ、そうか。
ずっと強くなるために考えていたから不機嫌そうに見えたのか。
「いや~ごめんごめん。この間の悪魔と戦ってまだまだだと思ったからさ、どうやったら強くなれるのか考えてただけなんだ」
「あんた、悪魔に勝てたのにまだ満足してないの?」
「だって結局途中ではぐれ悪魔になってあやふやになったし、後半は他の悪魔達に任せた訳だしな」
一応表向きはリリムの護衛が倒した事になっているので一応そう言っておく。
「はぐれ悪魔になる前から圧倒的だったじゃない。私の目にはそう見えたけど」
「それは本当にお前の目にはそう見えただけ。実際の所はオーラでダメージの軽減はできたけど無効化には失敗してた。それを幻術でごまかしてダメージが入っていない風を装ってただけ。だからもっと強くなりたいんだよ」
半分以上は本当で、強くなりたい理由だけ誤魔化しておいた。
本当は聖書の神をぶっ殺したいからだなんて言えるわけがない。
「……あっそ。戦闘科にいるから強くなりたいっていうのがおかしいとは言わないけど、周りの人に迷惑をかけるような事だけはやめて。気が散って集中できないから」
「それは素直に謝るよ。ごめん。桃華もごめんな」
「い、いいえ。ただ……心配だっただけですから」
まだ桃華は俺を見て怯えている。
目線から逃げるために窓の方に顔を向けた時、ガラスに反射して映った俺の顔は確かに怒っているように見えた。
俺から見れば余裕のない必死な奴の顔。
本当に危険な事に手を出してでも力を手に入れようとする危険な状態の奴の顔。
「弱いってのは不便だな」
思っていた事がつい口から出てしまった。
どこまでも弱い事に苛立ちと焦りが表に出過ぎている。
こんな顔をしていたらそりゃ不機嫌だって思われるわな……
この不機嫌そうな顔は結局体を虐めている事で起こる痛みを堪えているからだ。表情に出ないよう努力していたつもりだが……うまくいっていなかったか。
全身への痛みは常に続いており、常に電流が流れているような痛みが襲ってくる。
それを必死に耐えて肉体を限界まで苛め抜いた後、一気に回復させる事で筋肉や骨を強化させる古典的な強化方法。
ほとんど化石化した技術であり、現代で使っている奴はいないだろう。それよりも効率のいい方法が無数にあるからだ。
しかしそれらの方法は体の限界ギリギリを攻める物であり、本当に体を壊して治すような物ではない。安全性が確立されたうえでの訓練方法。これでは人間と言う種を超えられない。
ぶっちゃけ俺は本当の意味で人間をやめなければ俺の求める力は手に入らない。だが他の悪魔や妖怪を襲ってパーツを奪う訳にはいかない。
なら自力で人間をやめる。
これ以外選択肢はないだろう。
元々魂その物は前世の頃と変わらない。
なら今の肉体を限りなく魂に近付け、肉体に魂の影響を受けさせればいい。
そう。あの頃に。
なんて思っているとスマホが震えた。
何だろうと思っていると、金毛タマからメッセージが届いていた。
内容は月一の健康診断をするから放課後地下の病院に来いと言う物。
もうそんな時期だっただろうか、と思いながらも素直に従っておくべきだろう。
放課後になり俺は学校の地下に向かった。
既に車は待っており、その車に乗って病院へ向かう。
呪いの進行度合いなどを調べる必要もあるので普通の病院では行う事ができない検査なども行う。
そのためどうしても呪いを研究していた病院に行かなければならない。
少し面倒だと思いつつも病院に到着。
いつもと違うのは病院の前にタマと大神遥が居る事だ。
「何でタマ先生と先生がいるんですか?」
「さっさと検査するためだから気にしないで。遥は雫にすぐ連絡できるようにいるだけだから」
「はぁ。分かりました」
よく分からない理由だが頷くしかない。
検査内容はいつも通りに行われ、よく分からない最新の検査機器で調べられた後にあっさりと結果を言い渡された。
「やっぱりオーバーワークね。しばらく訓練禁止」
「な!?」
強くなるために努力して来たのに一瞬で終わらせられそうになっていた。
「な、何でですか?」
「何でって当然でしょ。筋肉から骨まで疲労が溜まりすぎ。それに魔力や魂の方だってかなり消耗してるじゃない。ドクターストップね」
そう言うと一瞬で俺の首にタマの尻尾が絡みつき、何かを装着された。
何だと思って引っ張ってみるが、ピッタリ首にハマっていて取れない。
「なんだよこれ!?外れない……!!」
「それは強制的に魔力の流れを止める私オリジナルの呪い。本当は魔力だけじゃなくて妖力や仙術なんかも無効かできる拘束術式だけど」
「そんなことしたら訓練できないじゃないですか!!」
「訓練できないようにしたの。数値を見せたところで分からないから言うけど、あなた本当に誰よりも死に向かってるわよ。肉体だけじゃなく魂までここまで弱っていれば止めるしかない。強くなりたいって思いは別にいいけど、これ以上は医者として見過ごせない」
「いや、でも俺はこうして元気で――」
「黙りなさい」
言い訳をして訓練できるように説得しようとしたが、凄みのある言葉に止められた。
そのまま厳しい視線を向けながら俺に言う。
「いい。これ以上無茶な訓練を続けていたら本当にあなたは死ぬ。わざと魔力回路を暴走させて肉体と魔力を強化させる方法ってどんだけ昔の非効率的な事をしてたと思う?確かに短時間で強くなると言う点ではいいかもしれないけど、これ寿命を削って身体を強化する最悪の訓練方法でとっくに禁止されてる。強くなる前に寿命が尽きてはいさようなら、そんな事になりたくなかったら大人しくしている事。分かった」
「…………」
「ねぇ。何でそこまでして強くなろうとするの?人間が最弱の種と言われるのが嫌?それともプライド?それとも何か理由でもあるの?最近はオーバーワークしているみたいだけど、少し前まではちゃんと体を休めて体調も整えてきたじゃない。いったい何を急いでいるの?」
なぜ急いでいるのか、それを言うことは出来ない。
絶対に邪魔されるのが嫌だし、俺は1人で強くならなければならない。
誰にも頼らず、1人であいつに勝てるようにならなければ、前世の死因と同じになる。
「……はぁ、まぁいいわ。どうしても言いたくないのであれば無理に聞こうとはしない。でも今のあなたには精神治療も必要かも」
「精神、治療?」
「今のあなたを見ていると必要なように思えて。精神治療と言っても別に小難しい事をする訳じゃない。ただ胸の内にある悩みを吐き出して楽になりましょうくらいの物。それが簡単じゃない事も知ってるけどね。あなたはそういう悩みを1人で抱えそうなタイプみたいだし、お姉さんと相談してみない?」
からかい半分のような言い方をしているが、俺の事を本気で心配している事は分かる。
俺もクソ神と戦うと分かってから焦り過ぎていたかもしれない。
少しでも冷静になれるよう、深呼吸をしてからタマに言う。
「ぜひ、タイミングが合えば」
「それじゃ来週お菓子でも食べながら愚痴ってみなさい。ちなみにしょっぱい系と甘い系どっちが好き?」
「えっと、美味ければ別にどっちでも……」
「それじゃどっちも用意しておくわね。それから普段やっている筋力トレーニングとかも禁止だから。ランニングもせずまっすぐ家に帰って休みなさい」
「そっちもダメなんですか!?」
「当たり前でしょ。あなたの体本当にボロボロなんだから。遥、体育の授業も強制的に休ませて」
「分かりました」
「体育もアウト!?」
これは本当に治るまで何もさせない気かもしれない。
そうなると確認したい事がある。
「あの、ちなみに大体どれくらい休めば訓練再開してもいいですか?」
「そうね……順調に休めば……一ヶ月くらい?」
「一ヶ月!?長すぎませんか!」
「それくらい本当は体が休養を求めてるって事。それが終わったらこっちでも訓練メニューを組んでおくから、思いっきり休みなさい」
「え、そこまでしてくれるんですか?」
「医者としてアフターケアと言うか、リハビリの指示も業務内だからね。出来るだけ早く体力も戻せるよう調整するから思いっきり休みなさい。いいわね」
「分かりました……」
随分な気合の入れように驚いたが、仕方なく俺は休養に励む事になった。
マジで何して過ごそう……




