捕縛開始
透明なドームをちらっと見ると先生達が誘導しながら他の生徒達を避難させている。
となると他の連中が逃げ切るまで俺はこいつを刺激して周囲に目が向かないようにしないといけない。いや、刺激をしなくても俺だけを狙っている状態だから周りに被害を出さないようにすればいいか。
それなら俺が壁にぶつかって周囲に振動を与えるのもよくない。
となるとほどほどに攻撃して注意を引きつつも周囲に影響を与えない……難しくね?
まぁそれでもやらなくてはならないのが義務と言う物。
難しいと分かっていながらも俺は時間稼ぎに動く。
『どうした!!こんなもんじゃねぇだろ!!』
そう言いながら嬉々として拳を突き付けてくる様子を見る限り、本当に周囲の事は気にしてないようだ。おそらくこいつの中ではまだリリムにアピールしているとでも思っているんだろう。
だがもう既にはぐれ悪魔となった以上こいつは殺される未来しかない。
そんな事にすら気付けていないのだとすればこいつほど哀れな存在はいないだろう。
幻術を使い、直撃されないようにしながら拳や蹴りを避け避難が終わるのを待つ。
と言っても様々な攻撃が床に当たり、爆発したり地面を揺らしているのでその辺はご愛嬌という事にしてもらいたい。
ほとんどの生徒が避難し終えてきたことを確認してから俺は大声で言う。
「理事長ー!!もしくは会長ー!!こいつぶっ殺していいのか!?ダメか!!」
おそらく通信が壊れていなければ多分聞こえているであろう俺の声はスピーカー越しに聞こえているはずだ。
ぶっちゃけこいつ『龍化の呪い』を受けているから捕獲対象なのか、それともはぐれ悪魔として討伐対象なのか確認しておきたかった。
『テメェ……まだそんなこと言えるのか!!』
今度は掌を広げて虫でも潰すような感覚で俺の頭の上から振り下ろすが幻術によって指と指の間に避けてやり過ごす。
できるだけ早めに返事が来ると良いな~っと思っていると、少しスピーカーから耳に響く変な音が聞こえたかと思うと会長の声が響いた。
『柊さん彼を殺してはいけません!!明らかに彼の異常性は何らかの薬物である事は視認していました!その原因となった薬物の成分などを詳しく分析したいので彼の事は生け捕りでお願いします!!』
「面倒な事言ってくれるな……」
『それから私達戦闘科3年生と先生達も捕縛準備をしています!それまで耐えられますか!?』
「耐えるっつーか、まぁ勝てるわな」
殺しはなし。それでも勝とうと思えば勝てる。
もちろんいろいろ使っての話だがまぁできなくはない。
ただ慣れていない事をしないといけないので少し時間はかかってしまうがどうにかなるだろう。
『俺に勝てるだと?そんな弱っちい人間が勝てるわけないだろ!!』
そう言いながら俺を足で踏み潰そうとしてくるはぐれ悪魔。何度も踏み潰そうとして来るので地鳴りが響くが攻撃そのものは大した事ない。30センチくらいのくぼみが出来ているだけだ。
それに連続で足踏みを続けている姿は正直笑えて来る。
本当に武術や戦うスポーツなどを一切経験してこなかった素人の動き。まるで我儘が通じなくて暴れている子供のようだ。
だが5メートルもの巨大な子供の相手をするのはもちろん面倒臭い。
例え動きは素人であってもその体重、そして大きさは脅威となる。
このまま調子に乗らせるのも、避け続けるのも面倒臭い。
どれだけ口で言っても分からない子供は、暴力で体に分からせるしかない。
俺はバットを強く握り、バットを覆うオーラの形を変える。
半透明な両刃の大剣。剣の中心は思いっきりバットが見えているので何とも締まらないが、まぁ普通に使える。
はぐれ悪魔が俺を踏みつぶすために思いっきり地面を踏みつけた後、その大剣で足首を切断した。
「魔滅天技、『アスカロン』」
『ぐあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
魔滅天技、アスカロンとは悪魔殺しのための剣を模倣した技だ。
より正確に言うと聖人指定された聖ジョージ、またはゲオルギウスと呼ばれる人の剣を模倣してオーラで再現し、それで悪魔をぶった切ると言う技。
色々ぶっちゃけるとドラゴン退治で有名だった人の剣をまねてドラゴン悪魔になったこのバカには超特攻。
ゲームで例えるなら弱点ダメージ4倍と言ったところか。
ドラゴンの弱点と、悪魔の弱点を混ぜたような攻撃なのだから仕方ない。
足首を斬られたはぐれ悪魔は痛そうに足首を抑えながら悶える。
泣き叫ぶ姿は非常に滑稽だ。
その間に俺は魔法の準備を行う。
会長から言われた勝利条件を満たすためにはこの魔法が一番だ。
そう思いながらひっそりと準備を進めていると、涙目になりながらもはぐれ悪魔が口から火を噴いた。俺を逃がさないためか、一直線に向かってくる事はなく炎を広げるようにまき散らす。
防御魔法陣を展開して炎から身を守るが勢い良く伸びてきたはぐれ悪魔の手が俺を捕らえた。
はぐれ悪魔は荒い呼吸の中俺だけは絶対に放さないと言う強い意志を持ったまま強く握る。
オーラで身を守っていても痛みと圧迫感が俺を襲う。
『はぁ、はぁ、はぁ。雑魚のくせによくもやってくれたな……』
よく見てみると俺が斬ったはずの足は既にくっ付いている。
おそらく魔力でくっつけたのだろう。それだけで足の機能が万全になったとは思えないが、こうして活動するには問題なさそうだ。
「てっきりあのままのたうち回ってくれてると思ってたよ」
『そんな訳ねぇだろ。薬のおかげで回復能力も手に入れた。そして怪我をして回復するたびに俺の防御力は増していく。これなら俺はどこまでも強くなれる。あいつらにバカにされる人生も終わりだ!』
俺が切断したはずの足はくっつくと同時に黒い鱗のような物がかさぶたのように覆われていく。
防御力が増すと言うのはおそらくこの鱗に守られるという事なんだろう。
それにしてもこの程度でどこまでも強くなれる、か。
「は、誰にバカにされるのかは知らねぇが。お前にもう未来はねぇよ。お前の人生終わりだ」
『何を根拠に言ってやがる』
「お前はもう既にはぐれ悪魔だからだよ。はぐれ悪魔になったのならお前はいずれ討伐される。お前は悪魔政府に殺されるんだよ」
『それこそ何を言っている。あの薬をくれたのはその政府の人間だ。ルシファーに忠誠を誓うのであれば何としても勝て、そしてどうしても勝てそうにない場合はこれを使えと言われた。つまり政府は俺の味方って訳だ』
多分そいつら偽物だろうな……
特にルシファーの名をそう簡単に持ち出すとは思えない。それだけ悪魔の世界でルシファーの名は重い。
そんな事も分かっていないとは、ここまでくると哀れだな。
「そうかよ」
そう会話を続けながらも俺は周囲に気を巡らせる。
生徒達は避難完了。先生達の姿も見えない。
こりゃ久しぶりに本気を出すのにちょうどいい状況だ。
『だからお前はここで殺させてもらう。負ける訳にはいかないからな!!』
そう言って両手で俺の事を握りつぶそうと力を込めていく。
全身の骨が悲鳴を上げ、ギシギシと音が鳴る。
確かにこのままだと全身複雑骨折でお陀仏だ。俺のオーラだけでは足りず防御力が足りていない。
それなら呪われた力を使えばどうとでもなる。
「残念だが、あいつはお前みたいなの嫌いだよ」
『あいつ?』
「ルシファーは、リリンはお前みたいなプライドのない奴は大っ嫌いだ。悪魔としての誇りを持っていない、お前のような勝てばそれでいいだけを考えている奴を嫌う。お前は最初から、ルシファーにはふさわしくない」
『それが何だ!!実力で俺は成り上がってやる!!』
そう言ってさらに力を込めるが、もう遅い。
さて、そろそろ本気出しますか。




