気がかり
『また独りにしないでください!!』
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彼が“龍化の呪い”で暴走した翌日は学校は休みになり、その次の日には通常通り授業が再開された。
流石につい昨日の事でまだまだ噂と言うか、クラス内では“龍化の呪い”で話題は盛り上がっていた。当然ほとんどの連中が怖いだのああなりたくないだの、そんな話をしている。
で、追い掛け回された俺に対しても質問は飛び交い、当然俺は戦闘科の連中に助けられるまで必死に逃げ回っていたと答えた。
クラス内ではもちろん俺の言葉を信じ「大変だったね~」っという感じで同情される言葉が多い。
実際には自分の実力を確かめるために戦ったなど話せない。
それにしても戦闘科の保健室は本当に凄かったな。
普通なら何針も縫っていたであろう傷をあっという間に魔法で治してしまったのだから本当に便利だ。おかげで傷跡なく、リハビリの必要もなく日常生活にあっという間に戻る事が出来た。
まぁすぐに授業が始まってしまったのは少し残念だが。
そしてあの戦闘の後、俺の身体は不思議と調子が良かった。
戦って勝ったからなのか、それとも他に何かあるのか、原因は何だろうと自分の中で調べてみるとその理由は結構簡単だった。
どうやら彼に勝った次の日から自己保有魔力が増えていたから調子よく感じていただけらしい。
毎日自己保有魔力を増やす事はしていたが、あの日以降ほんの少しだけ増えていた。
と言っても本当に少しだけなのだが、これでちょっとした魔法や妖術の類を使う事が出来る。
魔法や妖術の類をどれだけ覚えられるか、実際に使用できるかは本人の才能と努力次第になる。
魔法に関してはプログラミングをイメージすれば分かりやすいと思う。例えば火を起こす、という結果を出すために必要な過程を自分で決めて行く事から始める。火を起こすために摩擦を使って火を起こすか、虫眼鏡で光を集めて火を起こす、熱を与える事で火を起こすなどなど、火を起こすと言ってもその過程は様々だ。
そこからさらに火を持続させるためにどうするのか、みたいなのが始まる。
一度プログラムを組めば後は簡単だが、そこまでは非常に面倒なので俺は魔法が苦手だ。と言ってもほとんどの魔法は先人達のおかげですでにプログラムは組み上げられているようなもの。それをまとめた物が魔導書と言われる。
だから素人はまずは魔導書を買って魔法を使ってみるところから始めるが、俺の場合昔の知識があるのでそれをそのまま使用する。
試しに指先にロウソク程度の火を灯してみたが、問題なし。
他にもテスト用に作ってみた水滴を作る魔法、地面を少しだけ変形させる魔法、そよ風を起こす魔法を使ってみたがどれも問題なく使用する事が出来た。
ただし俺自身の自己保有魔力が少ないため、やはり戦闘用の魔法は現在使えない。
使うとすれば以前のプログラムを改良し、自己保有魔力の消費量を調整する必要があるが……今の俺に合わせたところで豆鉄砲になればいい所か。
それなら身体能力を魔法で強化させて物を投げた方が攻撃力がある。
やっぱり魔法による攻撃は才能の差が出るな……
「あ、今日もここに居た」
なんてひょっこり顔を出していったのはカエラだ。
最近ずっとカエラが近くにいる気がする。
「今日も訓練?他にやることないの??」
「他にやりたい事もないんだよ。それよりほれ、ようやくちょっとした魔法くらいならできるようになった」
「へ~。それって人間の中では結構凄い事なんでしょ?おめでとう」
「ありがとさん。で、今日は何しに来た。特別契約したい事なんてねぇぞ」
「でもさ~、君の事は見てて飽きないんだよね。この間の事件で分かったんじゃないの?人間は結局脆弱な生き物だって。一部の強い人間は最初からそう言う人間だって」
「そんなこと最初から知ってる。でもさ、だからって何もしない訳にもいかないんだよ。これでも意地張ってるんだよ」
「一体何に対して?」
「それは秘密」
「えぇ~」
呆れるように言うカエラだが前世の事を誰かに言うつもりはない。
一応悪魔関係者がいなかったわけじゃないし、余計な事は口に出したくない。
「それじゃ私と専属契約しない?」
「してたまるか。んな事したら絶対後悔する未来しか見えない」
「あれ?日本人はその辺あんまり気にしてないって聞いてたんだけど」
「確かに悪魔だろうが妖怪だろうが信用があれば使うが、俺はまだお前の事を信用していない。それだけで十分だろ。それにお前に一体何のメリットがある?俺は財界のボンボンでも何でもないぞ」
「流石にその辺り狙うのは本物のお貴族様だけだから。私みたいな平民悪魔は普通の人間と契約して生きてるものだって。それにメリットはあるよ。専属契約者がいるってだけで悪魔業界的にはそれなりに実力があるって認められるし、複数人と専属契約してれば少しはお貴族様達にお近づきになるから専属契約の数は1人でも多く持ってると良いんだよ」
「で、実際の所は?」
「……両親が専属契約をちゃっちゃととって来いって。他の貴族の子達は~なんて言うけど、貴族のふりしてる私達の方がかなり異端だから。私達の方が痛々しいから。でもプライドだけは高いんだよね……うちの親」
やっぱり毒親案件か。
俺は魔法の練習を止めて彼らの近くの地面に座る。
そして校舎の壁によりかかりながら聞く。
「だとしても俺みたいなただの平民よりも戦闘科のちょっといい家の出の方が毒親も納得するんじゃないのか?本当に普通の人間と契約しました~なんて言ったら何言ってくるか分かんねぇぞ」
「それは……私も分かってる。でも周りにいる戦闘科のみんなって本物のエリートなんだよね。魔女の子もいるんだけど、とっくの昔に本物のお貴族様と契約してさ、正直あの中から契約できそうな子は全くいないんだよね……だからと言って戦闘科のスケベたちとエロ契約するのも嫌だし」
「エロ契約って本当に最終手段じゃん。そんなに追い詰められてんの?」
エロ契約。まぁ簡単に言うとサキュバス的な契約をするって感じだ。
でもこれやってるの基本的に下級悪魔ばっかりだし、一応貴族の血を引いてる悪魔がそんな事をすれば貴族の看板に泥を塗る行為として見られかねない。
「そこまでしないとダメな状況なのか」
「ダメな状況ではないよ。でも親が急かすからさ、そういう事も考えちゃうって言うか……」
「本当に毒親だなお前の親。でもお前も女の子なんだからさ、最初ぐらいちゃんと選べ。というか仕事でそういう失うもんがデカそうなことするな」
「……優しいね、君は」
「優しいわけじゃない。一般論だろこれくらい」
「でも溜まってたもの吐き出せてスッキリした感じはする。だから専属契約してよ」
「そんな事で契約するつもりはございません。それなら親にこう言ってみたらどうだ」
「なんて?」
「貴族なんだから下等な人間と契約するつもりはありません!ってな」
俺がそう言うとカエラは最初笑いをこらえていたが、最終的に声を上げて笑い出した。
その声はどこにでもいる普通の女の子の笑い声で、ようやくカエラの本心と言う物が少しだけ見えた気がする。
いや、毒親のせいで抑圧されていたという方が正しいのかもしれない。
「確かに、それなら使えるかも」
「だろ。自分にふさわしい相手がいないって事にすれば親も仕方ないってなるだろ」
思いっきり笑ったからか、腹を痛そうに抑えてるカエラ。それでも呼吸を落ち着かせながら落ち着いてくると、俺に改めて聞く。
「でもよくそんな言い訳すぐに思いついたよね。似たようなことあった?」
「俺の親は良い親だと思う。この学校に行くのも本当に大丈夫かって心配してくれてたくらいだし、最低でもまともな親だと思ってる。いや悪い親ではないんだけどさ」
「それは聞いててなんとなく分かる。でもそれなら何で危険な事に首突っ込んだの?」
「突っ込んだんじゃない。巻き込まれたんだ」
実際何で彼は龍化の呪いを受けて俺ばかりを狙ってきたのかが分からない。
ネットなどで改めて調べてみたが呪いを受けた人は基本的にその場で暴れるか、恨みを持った相手に対して攻撃してくる確率の方が高いらしい。だが何度も言うが彼とはただのクラスメイトであり、恨みを買うような事はしていないはず。
それなのに何故俺だけがあの場で狙われ続けたのだろう。
周りには他のクラスメイト、先生、最後の方には戦闘科の生徒達だっていたのに。
「…………」
「?どうかした?」
「カエラ。専属契約してもいいぞ」
「え!?さっきまでの話の雰囲気じゃ契約しない感じじゃなかった!?どうしたの突然」
「少し彼の事で気になる事が出来た。だから契約して戦闘科の権限を借りたいと思ってな」
「…………え。ちょそれはヤダ。無理無理無理無理!」
戦闘科の生徒は様々な意味で特別だ。例えば戦闘訓練のために特殊な屋内体育館を使用する事が出来たり、図書館にある特殊な魔導書や資料を閲覧する権利などを持っている。
と言っても俺の目的はそこまで極秘裏にされている所ではないし、カエラと契約したからと言ってそこまで閲覧できるとは思っていない。
俺が見てみたいのは、あの日の彼と俺の戦闘記録だ。
「権限を借りると言ってもあの日の戦闘資料や記録映像を見れるようにしてほしいだけだ。なんか気になるんだよ」
「気になるって……それでも内容によってはかなりヤバい所に頼まなきゃいけないんだけど。でもまぁ大した事のない戦闘資料とかなら私でもどうにか……」
「それに必要な対価は」
「1週間マックのセット奢って」
「……相変わらず安いんだか高いんだか分からない内容だな。それに毎日買い食いしてたら太るぞ」
「これでも戦闘科だから毎日厳しいトレーニングをしてるから消費カロリーヤバいから大丈夫。それに1週間だけだし」
「……まぁそれなら大丈夫なのか?でも油断はするなよ。ジャンクばっかり食ってると毒親にバレるぞ」
「うぐ。それは気を付ける。あとまだ専属契約はしなくていいから。ちょっと君との契約が怖くなってきちゃった……」
こうして俺はカエラと契約し、あの日の事を改めて確認してみる事にしたのだった。