side理事長 解けない呪い
「どうぞ」
ノックの音に水地雫は返事をした。
「失礼します」
「何か進展があったそうだけど」
入ってきた若い女性の姿をした堕天使は資料を持ってやってきた。
堕天使は神妙な顔をしながら資料を水地雫に手渡す。
「“龍化の呪い”が解けた者が現れました」
「それは本当なの」
「確かです。世界初、“龍化の呪い”が解けた者が現れました」
世界初。それはこの世界で極秘とされている内容だ。
一応この世界で龍化の呪いを解除できたと公開されているが、それは半分正解であり半分嘘である。その理由は解呪できない呪いが存在するという事自体が大きな問題となる。
神仏でも解呪する事が出来ない呪いが存在する、その事だけ民衆にとって大きな恐怖となってしまう。そのため解呪そのものは出来ていなくとも、“龍化の呪い”をコントロールできて暴走しなくなった彼らの事を解呪できた、という事にして監視付きで自由を与えている。
そのため本当の意味で解呪できたのは世界初だった。
「それで、その要因は分かったの」
「現在も調査中ですが、この者が大きく関係しているかと」
そう言って資料を指さしたのは佐藤柊の写真である。
「……この子が?普通科の新入生で目立った特徴は無し。あえて言うならただの人間でありながらそれなりに戦えるという事だけ?」
「はい。実際彼の戦闘データは一部ですが入手済みです。校内の要所要所に設置してある監視カメラでは解呪された彼に何か粉をかけたり、逃げ回っている物なら既にあります。その後は戦闘科の生徒達による証言ですが、滅技を使って戦っていたそうです」
「滅技……どこかの道場に通っていた情報は」
「今のところ見つかりません。しかし戦闘科の生徒達から聞くと動画などを見て練習した、のような稚拙な技ではないように見えたそうです。最低でも道場に通っていた可能性は高いはずなのですが……」
「そんな情報は一切ないと」
「はい」
滅技を教えている道場は日本各地に存在している。ほとんどの目的は護身用であり本当に戦うために通う者は本部にある道場に通うものがほとんどだ。
それに本格的に相手を倒す技はスポーツのような相手を殺さない程度に抑えた物ではなく、本気で殺すための技ばかりなので本格的に学ぶものは非常に少ない。
一応戦闘科にも滅技を学ぶ生徒はいるが、護身術からほんの少し戦える程度のもので実戦で本当に使う気があるのかどうか怪しいレベルだ。
だからこそ少し調べれば分かると思っていたのだが……
「どういう事?この佐藤柊君は確かに滅技を使ったのよね。それなのに各道場に入った痕跡がないって……」
「私も奇妙に感じます。少し魔法で彼らの記憶から彼の戦いをデータとして入手しましたが、とても動画などで学んだとは思えません。確かにあれは道場で学んだことがある者の動きでした。しかも本家の動きにかなり近いかと」
「ますます分からなくなってきた。血筋は……普通ね」
戦闘科の保健室で治療を受けたという情報は届いていたのでその時の佐藤柊から血を採取していたのだが、DNA検査をしても特別な血が入っている様子はない。
保健室で調べた物と、専門の機関で調べた検査報告書を読んでみるが、あまり答えは変わらない。
父方の祖母が魔女だった痕跡はあるが、限りなく普通の人間に近い。名のある魔法使いでもないし、どこかの名家の分家ですらない。おそらく偶然魔法をほんの少しだけ使える程度のものだったと考えられる。
「他にもわずかに他種族の血が混じっているみたいだけど……普通ね」
「はい。どこから見て不自然な点はなく、逆にそれが不自然と言う状態になっております」
「ふぅ。本当に彼ただの人間?どこかの神の化身って言われた方が納得できる気がするんだけど」
「そうですね。ですがどの神も化身を使っている様子はなく、むしろ“龍化の呪い”であまり動けない状態になっています。それに違和感は他にも色々とあります」
「そうよね……何で彼“龍化の呪い”で呪われた人を相手にあそこまで冷静でいられるの?戦闘もどこか慣れてるようすもある。滅技も基礎だけとはいえ十分に戦えるだけの実力がある。それなのにどこにも戦闘に関する情報がないなんて……」
水地雫は背もたれに思いっきり寄りかかって疲れたように天井を見る。
堕天使はすでに用意していた紅茶を用意し、静かにテーブルに置いた。
「しかし彼だけではなく“龍化の呪い”そのものもいまだに謎の部分が多いのも事実。本当に彼にしか解呪する事が出来ないのかどうか、もう少し調べてみましょう」
「……そうね。あまり悠長にしていられないけど」
そう言ってから水地雫は紅茶に口を付けた。
約30年前、たった1柱の神が引き起こした戦争の後に発生した“龍化の呪い”。それは誰かの思惑でばら撒かれたのか、それとも単なる偶然か事故か、全く判明が付いていない。
人によってはその神が残した呪いだというし、またある者はあの戦争によって偶然発生した副産物だという。
30年間調べてきたことで分かっている事は呪いのほとんどがドラゴンの因子で占められているが、獣人や妖怪、神仏と言ったすべての種族の因子が組み込まれている。そのため呪いにかかるのはこの因子が偶然結びついてしまった事だと判明している。
ほとんどがドラゴンの因子だからこそ呪いや魔法が得意なドラゴンの仕業かと調べてみたが、どのドラゴンもそれを否定。神に仕えている様々なドラゴン達も知らないと言った。
そうなればドラゴンの関係者なのではないかと目星を立ててみたが、それも全てハズレ。結局だれが何の目的で呪いをばらまいているのか不明であり、現在も調査中だ。
そのため自然と生まれた呪いなのではないという仮説が生まれたのだが、だとしても全ての種族の因子を持っている呪いなんてものは普通生まれない。
多少呪いた感情、つまり怒りや嫉妬などで呪いが生まれる事はあるが精々2種類か3種類程度、特に神仏に対しても効果がある呪いが自然発生するというのは前例がない。
神仏の中では30年は短い時間だが、人間などからすれば30年も経過しているのにいまだに正体不明の呪い。それがようやく解呪する糸口が見えたのだから彼に何らかの秘密があるのではないかと考えてしまう。
しかし仮にそうであったとしても一般生徒をただ巻き込むわけにはいかない。
「どうしたものかしらね……」
「今できるのは彼の様子を見ることくらいではないでしょうか。仮に“龍化の呪い”と関係があるのであれば必ずどこかでボロを出すはずです。と言っても普通科の生徒に本当にこの呪いを生み出す事が出来るのかどうかは分かりませんし、彼が生まれる前から存在する呪いです。可能性は非常に低いでしょう」
「普通に考えればそうね。でもまだ何も分かっていない状態だからあまり強引な事はしないように」
「監視役は誰にしましょう」
「確か仲良くしている戦闘科の子がいなかったかしら?」
「アモンの遠い分家の子ですね。彼女に任せて大丈夫でしょうか」
「別に本格的に監視しろとか護衛をしろではなくていいから、少し気にかけておいてと言っておくだけでいいわよ。そして違和感のような物を感じたら報告してもらう。現状はこの程度の事しかできないわ」
「ではそのように伝えします」
そう堕天使は言った。
そしてふと思い出したように堕天使は聞く。
「涙様にはご協力を頼まないのですか?」
「あの子は既に生徒会長として私の手伝いをしてもらっているからこれ以上は頼みたくないの」
「承知しました」