顔合わせ
1週間の病院通いが終わり、日曜日にゴロゴロしているとスマホが鳴った。
誰だろうと思いながら画面を見てみるが見覚えのない番号。とりあえず通話を繋げてみた。
「もしもし?」
『あ、柊さんですか?私です、生徒会長の水地涙です。日曜日に申し訳ありません』
あ、生徒会長か。
知っている人だったが番号教えたっけ?
「おはようございます。電話番号教えてましたっけ?」
『いえ、母に頼んで教えてもらいました。申し訳ありませんが午後の予定は何かありますか?』
「特に予定はありませんが……」
『それなら学校に来ていただけませんか?私達候補生たちの紹介をしたいと思いまして』
そう言えば候補生が俺と会長以外の人達は知らないな。
いつかは顔を合わせるかもしれないが早めに知れるのであればそれに越したことはないだろう。
「分かりました。今からそちらに向かいます」
『ありがとうございます。ただ今回は紹介だけですので午後3時から始めようと思います。お茶をしながらみなさんをご紹介いたしますので楽しみにしていてください。場所は生徒会室で行います』
「ありがとうございます。それでは3時に着くよう向かいます」
そんな電話を聞いていたリルは護衛らしい仕事が来たなっと思っている。
ちなみにリルから出た提案、伝説の武器のサンプルを借りると言うのは断った。
色んな意味で世話になったあの男に会いに行きにくい。もちろんその周りも会いにくい。いまだに前世の頃の罪悪感が消えないのでもう少し時間が欲しい。
しかしそんな事をリルに言うことは出来ないのでまだ実力がないからっという事にしてやめてもらった。
それにあの男は性格に難がある。
気に入られればどこまでも尽くしてくれるが、逆に聞き入られなかった場合徹底的に無関心を突き通す。
興味がない、路傍の石ころ、空気。どれだけアピールしようが決して交わろうとはしない。
アピールする方法は分かりやすい。それは強い事。
強い事、強くなりそうな奴である事。強くなりそうな見込みがなければ忘れ去れる。
そんな男だから会うのは慎重になった方が良い。
と言う訳で3時に生徒会室に行くと、会長が出迎えてくれた。
「突然呼んでしまい申し訳ありません。今生徒会室でお茶の準備がちょうど終わったところです。そしてみなさんも到着していますよ」
会長はそう言いながら招き入れ、すでにテーブルには2人の女性がいた。
1人は大学生か20代前半と思われる女性で視線が鋭い。服装はおしゃれな感じで女性向けのファッションモデルのように足が長い。
もう1人は分かりやすいシスター服を着た静かな女性。手にはロザリオを持っておりおそらくカトリック系の人だ。年齢は30代くらい?
「ご紹介します。まずは銀毛樟葉さん。伏見稲荷の巫女であり退魔師でもあります。今は大学生として勉強しながら退魔師として活躍してもらっています」
「あんたが強く呪われてても正気を保ててる珍しい子?ふ~ん」
まるで呪われているのに正気を保てている事しか興味がないと言う風に彼女は言う。
その視線は品定めという感じしかしない。
「次にシスターアンジェリカ。カトリック教のシスターであり、悪魔祓いを得意としています。普段は学校近くの教会で勤務しています」
「アンジェリカと申します。呪われてしまったのに正気を保てているとは、きっと神のお導きでしょう」
聖書の神がいなくなったのにそんな言動をする人は初めて見たな。
ぶっちゃけあのクソ神が悪いのであって信者の皆さんは何も悪くないのだが、やっぱり一部の信者達は神の言葉を聞き、神と共に行動するため他の人達と敵対した事もあった事から堂々とキリスト教だと言う人は少なくなっただろうに。
「初めまして、佐藤柊です。よろしくお願いします」
「さ、座ってください。いい茶葉が手に入ったのでいただきましょう」
こうして始まった新人歓迎会?は始まった。
ちなみに今回の菓子はたっぷりとジャムが使われたおしゃれな棒状の物であり、ケーキのようなパイのような、上の方には細工もされている綺麗な菓子だった。
紅茶と一緒に食べると、菓子の味で紅茶がよりおいしく感じた事から本当に紅茶のために選んだ菓子なのだろう。
「それで、あんた本当にただ呪われているけど正気を保ててるだけってオチじゃないでしょうね」
何故か棘のある言い方をする銀毛。
何でだろうと思いつつも俺は答える。
「まぁ一応は」
「一応?そんな気持ちで関わってほしくないんだけど。こっちは大真面目にやってるんだから邪魔しないで」
「ミス銀毛。初めて会ったのにその言い方は少々強すぎるのでは?」
「最初だからいいのよ。別に世界を救うとかたいそうな目標を大真面目にやっている訳じゃないけど、それでも私には大真面目にやる理由があるの。それはシスターも同じ。だからその邪魔になるような事をするくらいならすぐに抜けて」
「ちなみにその理由は?」
「…………」
「銀毛さんの目的は金毛家に見返す事です」
「ちょっと涙」
「仕方がないじゃないですか。他に言いようがありませんし、目的を聞いて笑うような方ではありません」
「金毛?ああ、思い出した」
銀毛家は金毛家の分家にあたる家だ。つまり俺の主治医である金毛タマと何らかの親戚関係である可能性が高い。
分家だから血の繋がりが近いという事はないだろうが、爺さんが同じとか、爺さんの兄弟の子供とか、そんな感じだと思う。
おそらく血は一応繋がっている程度の関係性だと思うが、古い家なので結構面倒な事になっているのかもしれない。
思い出すのに時間がかかったのは前世の頃にチラッとしか聞いていなかったからだ。
本家である金毛家と仲が良かったためその分家と関わりなんてない。もしかしたら金毛家に行った時に見かけていたかもしれないが、その程度だったのだろう。
「何よその顔。分家っていうのがそんなに変」
「いや、俺の家はそういうのとかなり。と言うか全く関わってこなかったのでそう言った話はした事が無かったんですよ。クラスメイトには何人かいるかもしれませんが、そこまで深く聞いた事はないので」
分家と言う意味ではカエラはいい例だ。
一応血は引いているが本当にそれだけのとてつもなく遠い分家。おそらく銀毛家の方が血は濃いだろう。
「それでシスターの方は?」
「私は教会の信用を取り戻すために活動しています。今も信者の方々が教会に訪れてはくれるのですが、以前と比べると堂々とミサに参加する事などがし辛い時代になってしまいました。なので教会を維持しながら悪魔祓いの知識を使って少しでも教会の信頼を回復させたいと思い参加しています」
「なるほど。どちらも大切な理由ですね」
少し内容は違うが根本的なところは変わらないと思う。
どちらも認められたいのだ。
片方は自分達も強いだぞ。もう片方はみんなクソ神みたいなわけじゃない、前みたいに手を取り合いたいから認めて欲しい。
俺の中でまとめるとこんな感じ。だから本人達からすれば違うと否定されたらどうしようもないけど。
「何分かった気でいるの。上っ面だけで同情なんてされたくもない」
「理解していただきありがとうございます。新約聖書はいかがですか?今なら無料で配布しています」
「あはは……ありがとうございます」
受け取らないのは失礼だろうと思いシスターから新約聖書を受け取った。
それを見ていた会長は苦笑いをしながら言う。
「もう。その本代だって馬鹿にならないんですから、入信すると言ってくれた方にお渡しすればいいのに」
「ですがミス涙。こうして手に取ってもらわなければ知ってすらもらえないのです。パンフレット作りなどもしましたが、あまり効果はなかったようです……」
まぁ日本で唯一神を奉るのは難しいだろうな。
元々多神教で育ってきた日本人に聖書の神様だけ崇めろと言うのはちょっと難しい。本当に気に入って入信した人は違うだろうけど。
「あら、いい物飲んでるじゃない」
そう言いながら生徒会室に入ってくる人がいた。
俺はその人の顔を見た瞬間――手に持っていたカップを落としてしまった。
カップは俺の太ももに当たり、中身がズボンを濡らすがそんな事よりも衝撃的な相手がそこに居る。
「柊さん!どうしたんですか!?」
会長が慌てて布巾を俺に手渡そうとするが俺はそれ以上に目の前にいる女性に、女性になった女の子に衝撃を受けていた。
「君が新しい候補生だよね?大丈夫?」
「だ、大丈夫……です」
「全然そんな風に見えないけど……」
フラッシュバックするかのように強烈に前世の事を思い出す。
俺が裏切った人の1人が目の前にいる……
たったそれだけの事に手が震えて止まらない。約束を破った俺の事を責め立てる。
「すみません。少しトイレに……」
弱弱しく、濡れたズボンに気にすることなく俺は生徒会室を出た。
酔っ払いのような、病気になっているような、全ての力を出し切った後のような、全く力が足に入らない。
フラフラと歩きながら男子トイレに入り、便座の前でしゃがんで思いっきり腹の中の物をぶちまけた。
何度も何度も吐き出し、さっき食べた菓子も、昼に食べた物もすべて吐き出したがそれでも嘔吐が止まらない。
もう胃液しか出てこなくなっても口と鼻からもう出ないはずの物を吐き出そうと体が反応し続ける。
俺は涙を流しながらなぜあの子がいるのかと疑問に思っていた。
体の過剰反応大して俺は異常なまでに冷静だったのが本当に分からない。
彼女は神薙日芽香。
俺が世話になった男……いや、もう誤魔化すのは止めよう。
前世の頃俺の事を育ててくれた父親の実の娘。俺から見れば、前世の頃の妹が現れた。




