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転生者の贖罪  作者: 七篠
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龍化の呪い

『帰ってきてよ……』


 ――


 いつも通り授業を受けているとクラスメイトの1人が妙な感じになっていた。

 具体的に言うと風邪をひいているような感じで、見るからに顔が赤くなっており、呼吸は明らかに荒くなっている。


「おい、大丈夫か?」


 流石に普通じゃないようだったので声をかけると、彼は「大丈夫……大丈夫……」っと言うが明らかに普通の状態ではない。

 別に友達でも何でもないが、病気になっているであろうクラスメイトを放っておけるほど薄情でもない。


「先生。彼の様子がおかしいので保健室に連れて行っていいですか?」


 俺がそう先生に聞くと、先生は彼の様子を見に行き色々確認をする。

 実際に顔色を見て、目が虚ろというか、熱にうなされているような感じだったので先生も彼に保健室に行くように勧める。しかし彼は空元気でか、それとも迷惑をかけると思っているのかまだ大丈夫だという。

 先生も強制的に保健室に行かせるかどうか考え始めていると、彼の様子がどんどん悪くなる。

 汗をだらだらと流し出し、呼吸はさらに荒くなって口呼吸を繰り返し、目も血走っているように見えた。どんどん具合が悪くなっているのを見て先生は強制的に保健室に行かせようとすると突然彼が暴れ出した!!


「がああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 大声でクラス中が耳を抑え、その叫び声に耐えている間、俺は見た。

 彼の腕に小さな鱗のような物があった。そして現在の状態は“龍化の呪い”の初期症状と合致している。

 そして彼の身体から赤いオーラがあふれ出し、そのオーラの形がドラゴンのような形に見える。

 暴れる彼から逃げ出すクラスメイト達。先生はみんなの誘導をしながら俺にも声をかける。


「君も早く逃げなさい!」

「いや~逃げたいのはやまやまなんですが、どうも狙われちゃってるみたいなんですよね……」


 彼は理性をなくし、牙をむき出しにしながら俺の事を捉えている。この状態で背を向けたら襲われる。

 今の状態は銛の中で偶然猛獣に出会ってしまったような状況と変わらないだろう。

 だから逃げたくても逃げられない。それが今の状況だ。


「先生。他のみんなは逃げましたか?」

「あ、ああ。あとは君だけだ!」

「先生は他の先生達に助けを求めてきてください。逃げられなさそうなので早めにお願いします」

「それなら私が囮に!」

「な~んか知らないけど、マジで俺ロックオンされているみたいなので本当に速く助けに来てください。マジでお願いします」

「しかし!!」


 あ~先生として生徒を守ろうとするのは立派だと思うが、マジで先に行ってほしい。

 その理由は彼に狙われているからだけではなく、これは超貴重な実戦でもあるからだ。しかもずっと気になっていた“龍化の呪い”が目の前にいるのだから少しでも情報が欲しい。そのためには少しでも彼を観察できる場所にいなければならない。


 なんて考えていると彼が俺の事を襲ってきた。

 俺はすぐ近くの椅子を彼に向かって投げつけながら後ろに飛んで距離を稼ぐ。

 彼は椅子を爪で切り裂きあっさりと破壊して防いでしまった。木製の部分もあるが、ほとんどの部分は鉄製だというのあっさり破壊できるとは、やっぱり“龍化の呪い”は強力だ。


 彼は純血の獣人ではない。

 獣人の血が濃ければ濃いほど動物に近付いていく。二足歩行できる動物と言った方が正しい。頭も動物だし、全身濃い体毛で覆われている。

 血が濃ければ濃いほど頑丈になるし、身体能力も上がっていく。だが血が薄ければ見た目は人間とあまり変わらない。見た目も人間の頭に獣の耳、尻に尻尾があるだけで人間より少し身体能力が高いだけ。だから爪で鉄を切り裂くことなどできない。

 それなのに彼はあっさりと鉄を切り裂いた。

 おそらくこれも“龍化の呪い”によって強化された結果だろう。


 話には聞いていたがここまで強力だとは思っていなかった。常人が超人になれるチャンスのように感じられる。

 あくまでもこれは俺個人の見方だが、制御できればメリットの方が大きい。力がないのなら、ありとあらゆる手段で力を得るしかない。

 例えそれが邪道と言われる物であったとしても。


 そこら辺にある椅子や机を投げつけ、これだけでどうにかならないか試してみるが……やっぱりダメか。

 投げつけた椅子や机はすべて紙でも切る様にあっさりと壊されてしまう。このまま備品を俺がすべて破壊させるわけにもいかないので俺は走り出した。

 目的地は校庭。あそこなら広いし壊れるとしたら地面か植えてある木くらいだ。

 身体能力的に追いつかれる可能性の方が非常に高いが、このまま教室で粘っていたところでじり貧なのは間違いない。それならせめて被害が少なく、戦いやすいところに行くべきだろう。


 予想通り背を向けて走ったところ彼はすぐ俺の後ろに追いつかれた。だが獣人ならではの迎撃方法、時間稼ぎだってある。

 俺は隠し持っていた唐辛子の粉末を彼に向かって投げつけた。

 いくらドラゴンのオーラに包まれているとはいえ、五感は通常通りに機能している。それなら視覚と嗅覚を同時に潰せば時間稼ぎは出来る。

 予想通り彼は目を抑えながら悶えている。“龍化の呪い”によって強化された視覚と嗅覚だからこそ余計に苦しむ。


 俺はその隙に校庭まで走った。

 校庭の中心、つまり周りには何もない状況を作ったのでこれでもっと避けやすいし、動きやすい。その代わりに相手も動きやすいという事なのでデメリットの方が大きいかもしれないが、周囲に被害が広がらないという意味ではこれが最善だ。

 俺が呼吸を落ち着かせていると彼が窓ガラスを割って校庭まで飛び出してきた。

 まだお手製目つぶし粉末の効果は少し続いているのか、涙を流しながら彼は現れる。


 さて、ここからが本番だ。

 今まで鍛えてきた努力が本当に無意味なものではなかったのか、そして前世むかしの戦闘の勘はまだ生きているのかを確かめるいいチャンス。

 俺はゆっくりと息を吐き出して構えた。


 彼は思いっきり走りこんできて大きく手を振りかざした。そして振り下ろし始めた右手の動き、右腕の動きを見て俺はただかわすのではなく振り下ろした手の甲の方に潜り込む。爪が軽く俺の頬をかすめ、少し血が流れたがこれで攻撃が出来る。

 腕を振り下ろしたばかりの彼は体勢が崩れており、すぐに避けたり防御することは出来ない。こうして次の攻撃を予測していない点は非常にありがたい。

 俺は彼に向かって肘打ちをした。


人技じんぎ、“杭”」


 俺が前世の頃から習っていた滅技古武術の基礎中の基礎。自己保有魔力を操り、攻撃するところから杭のように自己保有魔力を変形させて攻撃する技。

 基礎中の基礎ではあるがこの攻撃の一番の利点はゲームで言うなら貫通系の攻撃である事。つまり今の彼のようにオーラを纏っていたとしてもある程度はダメージを与える事が出来る技の一つだ。

 普通なら拳から自己保有魔力を変形させて杭にするのが一般的だが、慣れれば肘だろうが足だろうが踵だろうがどこでも変形させる事が出来る。

 基礎中の基礎だからこそ様々な応用に使える便利な技だ。


 そしてこの肘打ちによるダメージは……思っていた以上に効いてるな。

 彼はオーラで守られていながらも肘打ちが当たった脇腹を痛そうに手で押さえている。それに彼の表情から驚きのような表情も見える。

 脆弱な人間にだって異形の連中と戦う術を持っている。

 元々滅技古武術は人間が異形の連中に対抗するために生まれて古武術だ。あの手この手で人間が出来る攻撃手段を長い時間を掛けて積み上げてきた。

 それが全く通じない事はない。


 驚いて怯んでいる隙に回転しながら顎を踵で蹴る。もちろん人技杭は使っている。彼の顎を砕くつもり蹴ったが、やはり防御力は跳ね上がっているらしい。

 だが脳震盪くらいにはダメージを与えられたようでフラフラとしている。

 その隙に彼の鳩尾に何度も“杭”を打ち込む。


 連続で10発も鳩尾に入れたが、やはり今の俺では決定打になる事はなく、脳震盪から回復したのか抱きしめるかのように両手の爪を振り下ろす。

 俺は後ろに転がりながらどうにか避ける。だが避けきることは出来ず、両腕に彼の爪痕が深くえぐられた。

 普通なら痛みで転げまわっているだろうが、そこはやせ我慢で堪えた。痛がっている姿を見せて油断してくれるのであれば大袈裟に痛がっていたが、理性がぶっ飛んでいる奴にはあまり効果がない。

 両腕から爪が届いた合計8本の傷から血がどくどくとあふれてくるが舐めれば治るだろ。


 それよりも彼はまだ理性のない獣の目で俺の事を確実に仕留めようと口を開けて突撃してきた。

 肉食動物最大の武器は巨体でもなく鋭い爪でもない。強靭な顎と牙だ。

 ありとあらゆる生物が当然の行為として行う食事。それはより硬い物を食らう存在ほど顎と牙を強化し続けた。だから肉食動物のほとんどが腕力や脚力よりも強力な顎の力を持っている。

 その顎の力で相手の弱点である首を食い千切ればそりゃ勝ちは確定だろう。


 立ち上がっている途中の状態では死は回避できても大怪我はまぬがれないだろう。

 それでも死ぬよりはマシと考え俺は左腕を前に出し、首を食い千切られる事だけは回避しようとすると彼は目に見えない壁にぶつかった。

 俺と彼の間にある目に見えない壁はおそらく結界の類だろう。彼は目の前にいる俺を襲おうと結界をガリガリと引っかくが突破できそうにない。


 俺は生き残る事が出来た安心感と、この程度の相手にも勝てない自身に情けなさを感じた。

 やはり俺は前世の頃と比べて非常に弱くなっている。前世の頃だったら両腕に傷なんてできなかったし、もっと余裕をもって倒す事が出来た。

 いや、それ以前に異変を感じた時点で彼を倒し、被害を最小限に抑える事も出来たはず。

 どれだけ昔の事を思い出し、後悔したところで結局現実は変わらない。

 俺は……弱い。


「やっぱり君って普通じゃないね」


 俺にそう話しかけてきたのはカエラだった。

 すぐ近くで彼が爪でガリガリ結界を破ろうとしているのに一切気にした様子はなく、いつもと変わらない感じで話す。


「どこがだよ。逃げ回って結局どうする事も出来ないから少し戦って、もう少しで死ぬところだった奴のどこが普通じゃないんだよ」

「逃げるはともかく戦うって時点で普通じゃないと思うけどね。だって普通は戦いを回避するものでしょう。特に狙われている立場なら逃げる方を優先するはずだ」

「仕方ないだろ。あのよく分かんない状態になってあいつ、何故か俺ばっかり狙ってきたし」

「彼の事いじめてたりした?」

「するわけねぇだろ。ただのクラスメイトってだけで交流はほとんどない。まぁあんなんになる前に体調が悪そうだったから声かけたけどな」


 彼はまだ結界の中で俺を襲おうと結界をガリガリしている。

 そんな彼を見て俺はカエラに聞く。


「で、彼はこの後どうなるの?」

「“龍化の呪い”で呪われた人は専門の研究機関に送られるよ。そこで解呪させる」

「そっか。それならもう俺の出番は無しか」


 おそらく戦闘科と思われる生徒達が彼を結界の外から取り囲んでいた。ぱっと見ただけで様々な種族の雑種が混じっているのが分かる。

 俺が死んだ後も様々な種族との雑種が一気に増えた感じがする。前世の頃は純血種の方が多かったのにな。

 なんて思っていると生徒会長、水地涙が俺に話しかけてきた。


「あなたが逃げていた生徒ですね」

「あ、はいそうです」


 こうして向かい合ってみると……やっぱりあいつによく似ている。

 黒くて長い髪に意志の強い目が特にそっくりだ。だがよく見てみると髪の毛の一部だけではなく片方の目が深い紅の色だった。

 黒と紅のオッドアイ?何というか……


「あなたは非常に危険な事をしました。あれに狙われていたとはいえ素直に助けを求めるべきです。しかも弱いのに戦闘行為を行うのも非常に危険です。結界が張られなければ死んでいた可能性が非常に高いですよ。反省してください」

「え、あ、すみません……」


 申し訳なく言うと水地涙はため息をついた後カエラに言う。


「カエラさん。彼を戦闘科の保健室に連れて行ってあげてください」

「ん?普通の保健室じゃないんだ?」

「普通の保健室ではその腕を治療するのに何針も縫う必要があるでしょう。普通の人がよくその怪我で泣き叫ばないのが不思議なくらいです。それに彼のおかげで他の一般生徒に対して被害が出ていないのも事実です。戦闘科の保健室に連れて行ってください」

「分かった。それじゃ行こうか」


 カエラが戦闘科の保健室に向かっていくので俺は水地涙に向かって頭を下げた後カエラの後ろを歩く。

 彼の今後はその解呪するための専門施設のでどうにか元の状態になるのだろう。俺はそうなるのを願うしかない。


「……ホント、力のない奴ってのは情けねぇ」


 俺が独り言を言うと後ろから悲鳴が聞こえた。

 どうやら結界を解除して拘束しようとしたときに逃げられたらしい。しかも彼が向かっているのはまっすぐ俺の所。本当に俺は彼に恨みを買うような事をした覚えはないんだけどな……


「ちょっと下がってて、私がやる」

「いや、自分でやるよ。もう十分に溜まった」


 カエラの前に立って俺は右足を大きく後ろに下げた。右足を勢いよく前に出してその場で回転して加速と遠心力で力を最大にまで引き上げる。

 こんな普通なら大きすぎる隙を作りながら準備しないと本来の力を発揮できないとは、本当に情けない。しかしこれで準備は完了。あとは彼が来るのを待つだけ。

 彼はまた俺の首を狙って口を大きく開き、跳びかかりながら噛み付こうとしたが、俺はしゃがみながら彼の懐に入って腹部を思いっきり蹴り上げながら技を使った。


「人技、“大剣”!!」


 人技大剣は“杭”の攻撃力に特化した技であり、本当だったら回転して力を増すとかそんな必要はない。これはただ単に俺の身体能力の欠点だ。

 使い方は“杭”と変わらないがどうしても“杭”よりも大きくするために溜めが必要になってしまう。さっきまではこの溜めるための時間を手に入れる事が出来なかったので繰り出す事が出来なかった。

 だがさっきまで結界に閉じ込められている間に力を溜める時間は稼ぐ事が出来た。本当にあの結界には助けられたよ。


 そして俺の蹴りが彼の鳩尾を捉え、魔力で出来た大剣が彼を貫いた。

 と言っても物理的な物ではないので身体に突き刺さった感覚があるだけで血が出たり本当に大穴を空けたりは出来ない。


 流石にこれでも倒す事が出来なかったら俺にはどうする事も出来ないと考えていたが、彼は動きを止め倒れた。

 まぁその下に俺がいたので俺は彼の下敷きになってしまった。

 何とも格好がつかない状況だ。


「カエラすまん。彼の事どかして」

「えぇ。あんな凄そうな技を出しておいて?」

「今のでマジで疲れた。どかす力もない」

「全く……仕方ないな」


 カエラにどけてもらうと他の戦闘科の人達が慌てて彼を拘束する。気絶してオーラも消えたが、また目が覚めたら襲うんだろうか?

 そうならない事を願いながら俺は戦闘科の保健室に向かった。

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