新たなる基準の術式
天使式を使わない防御回復系魔導書の制作は難航していた。
今は精霊を使ったを使った精霊式の魔法陣が主流らしいが、これはこれで問題がある。
簡単に言うと精霊があまりいない土地だと出力も安定しない。
日本の場合だと精霊と言うよりは八百万の神々の力を借りて魔法を使っているのに近いのであまり問題にならないがアメリカやヨーロッパのような精霊信仰が薄い所だと精霊の力を借りる事が出来ないので出力があまり出ない。
これに関してはヨーロッパの歴史と近く、地元の信仰をぶっ潰して自分達が信じる信仰をしろと言う宗教戦争の影響もあるので人間の自業自得でもある。
進行されなくても精霊はその場にいる事は多いが、中途半端に勘のある人間が精霊を悪魔のような良くない存在と勘違いして駆除してしまった場合もあるので本当に自業自得だ。
そんな行動のフォローをしていたのが天使達であり、キリスト教は世界中にはびこっていたので世界中で使う際に安定した魔法式の1つだったのだ。
防御や回復に求める事は効果だけではなくどこでも使える安定性。
つまり日本限定の魔法とかではなく世界中で安定して使える魔法を俺は求めている。
それが今までは天使式だったのにそれが使えないとなるとな……
「柊君いますか?」
放課後、1人で魔導書に関して悩んでいると会長が現れた。
「会長?どうしてここに」
「帰ろうとしたら柊軍が思いつめた表情をしたので声をかけてみたんです。悩み事ですか?」
「はい。お恥ずかしながら、新しい魔導書のいいネタが思いつかなくて悩んでいたところなんです」
「なるほど。今はどのような感じですか?」
「残念ながら自己回復の魔法と呪いを自分で作った変わり身人形に移すくらいの物だけです」
そう言いながらノートを見せると会長は軽く見ながら言う。
「なるほど。自身の魔力を消費する代わりに回復する魔法術式ですか。ありふれた物ですね」
「ええ。出来れば自分の魔力ではなくマナを利用した術式にしたいと思っているんですが、それだけだとやっぱり求めている水準に到達できなくて……」
「なるほどなるほど。柊さんの天使式のノートも見させていただきましたが、基礎としているのは各神話に出てくる存在の力を借りた物が多いですよね。これには何か理由が?」
「……ただ単にその方が式を組みやすいだけですよ」
俺の前世ではそんな伝説上の存在と関わる事が非常に多かった。
前世の頃の父親の仕事も関係しており、伝説の存在と会って話をしたりするのは当たり前。そんな存在の機嫌を損なわないように、協力してもらえるよう努力してきた。
その甲斐あって俺が組み込んだ術式で伝説上の存在達の名を借り、組み込む事で少ない魔力量で強力な魔法を駆使する事が出来た。
でもそれはすべて前世での話。
現在はそんな人達から協力してもらうことは出来ず、一般的に使われている式でどうにか少しでも出力が安定するように、どこでも使えるようにしてきたつもりではある。
でもやはり前世の頃の方がかなり恵まれていたな。
「術式の基礎に関しては分かりました。それでは堕天使の方と契約したりしないんですか?」
「堕天使との契約って悪魔と契約するくらい罪深い事じゃありませんでした?」
「まだまだヨーロッパやアメリカなどではそうですが、あの戦争で堕天した事でもうほとんど天使は残っていません。もちろんそう言った考えはまだまだ根深いですが」
そりゃそうだ。今まで悪と言ってきた存在を急に正義だという事はヨーロッパ系の人達には非常に難しいだろう。
悪魔も堕天使も神の意思に背く悪い奴と言う意味で使われてきたことの方が圧倒的に多い。
そんな風に悪魔や堕天使を悪と決めつけないのは日本人だけではないだろうか?
「それに最新の精霊式魔術は強い精霊が居なくてもある程度の出力を出せる術式が新しく開発されていますから、お教えしますよ」
「……それってお偉いさんしか知らない物だったりしませんよね?」
「そんなことありませんよ。一般的に普及されている物です。まぁそれでも専門的に学んでいる方でないと理解できない難しい物ですが、柊さんなら問題ないでしょう」
そう言いながら自分のノートに魔方陣を描いていく会長。
会長が書く手順、どのようなことに重点を置いているのか、俺が知らない部分はないかその手の動きと描かれたものを必死に目で追う。
そして俺が知らない術式があった。
「今のところの術式、それが最新式の術式ですか?」
「よく分かりましたね。小さな改良に見えるかもしれませんが、これを知っているかどうかで安定性が大きく変わるんです。精霊が少ないアメリカなどでも使えますから」
「なるほど。大地母神に接続するやり方ですか。確かに特定の神や天使の名を式に組み込むよりもこの方がどこに行っても安定供給できるのか……でも一体いつの間にこんな幅広い式が組めるようになったんですか?俺が知っている式だと特定の神やそれに関する天使や悪魔の名を使って行う事の方が圧倒的に多かったと思うんですが」
「これに関しては以前の戦争で起きた弊害をどうにかするために組み込まれた新しい術式です。柊さんもご存じの通り天使式は現在使用を制限しています。なので他の神々に頼むしかなかったんですよ。しかし神と言う物は自身を信仰してくれる地域から離れない物、なので今回のようにあえて範囲を広げながら地熱や地震と言った自然エネルギーを利用する形に変わったのです」
「かなり便利になりましたね。それにしてはあまり知られていないような気もしますが」
「それはただ単に知られていないと言うのと難易度が非常に高い事が原因です。先ほど描いた通りこの術式は非常に細かく、繊細な技量を必要とします。今回はただ描くだけなので魔力は込めていませんが、実際に使えるようにすると様々な神仏、宗教に関係なく礼儀作法が必要となりますから簡単にはできません。少しでも間違えると機嫌を損ねる神々も少なくありませんから。それにこんなに細かくて繊細なのに描く量が増えるのも欠点ですね」
確かに様々な神仏に対応できるように範囲を広げるとなると魔法陣に描く量も増えてしまう。そうなると小さなほころびが重大なエラーを引き起こし安全性が欠ける。つまりレベルが高すぎてろくに使える奴が少ない状況だ。
でもこういった事なら今の俺にもできる。
「柊さん?柊さん??」
会長の言葉が少しずつ遠くなっていく感覚になりながら俺は集中し、魔方陣を描く。
術式の基礎は今習った。これなら俺がやりたい術式を描く事ができる。
今の教えてもらった術式は簡単に言えばキリスト教と言う単体から大地母神と言う世界にかならず居る存在から力を分け与えてもらう術式。その代わり他の神話から神話への再接続スムーズに行えるよう調整し、現在いる場所から別な場所に移った際に他の神話から力を借りるバグが起きないようにする。
術式を組む際には神話だけに拘らず、大地母神と言う存在に敬意を払いながら描く事でバグを無くす。
宗教に当てはまらない祈りは得意だ。
元子もない言い方をすれば今俺が感じている空気や地面、熱や匂いから感じる全ての物に感謝と敬意を込めて、その感謝と敬意を神々に届くようしっかりと祈る。
無心ではなく祈りを込めて、ただ行うのではなく神に感謝を伝える儀式として、神々に捧げる。
一字一句丁寧に描きあがると魔法陣は淡い光を放ちながら作り出す事が出来た。
流石に今回の不特定多数の神々に祈りを捧げるのは大変だった……
集中しすぎたせいでいつの間にか大量の汗が流れていたし、魔力やオーラも対価として奪われた気がする。
やっぱ神様相手にするのも楽じゃないな……
「嘘、本当に成功した?神々に感謝するのはかなり大変なのに」
「会長」
「は、はい」
「術式、教えてくれてありがとうございました。おかげで魔導書作れそうです」
「それは良かったです。それからかなりお疲れでしょうから今日はもう休んだ方がよいかと」
「それもそうですね。それじゃ失礼します。改めてありがとうございました」
「ええ、魔導書作り頑張ってください……」
俺は新しい魔法陣の術式を知れて本当に良かった。
あれならあまり精度や出力を落とさずに作る事ができる。
良いこと教えてもらったな~っと思いながら帰宅した。