禁呪になっていた術式
ノートに残っている空白のページに次は何の機能を付けようかと考えていると、教室が騒がしくなっていた。
何だろうと振り返ってみると、そこには会長がいた。
「こんにちは柊さん。少しお時間よろしいですか?」
丁寧な口調だがどこか怒りを感じる。
まさかこの間の事がばれたわけじゃないよなっと思いながらも普段通りを偽って言う。
「お久しぶりです会長。何かありました?」
「今柊さんが書き込もうとしている物について確認させていただけませんか」
「え、あ、これ?どうぞ」
俺があっさり魔導書にしているノートを渡すと会長は拍子抜けと言う雰囲気を出しながらも受け取った。
そして中身の魔法陣を見てため息をついた。
「ほとんどオリジナルに近いですが、この魔導書は使用禁止です」
「え!?何でですか!!」
俺はつい立ち上がりながらそう聞いてしまった。
何せ今回描いている魔法陣は攻撃能力のない防御回復系の魔法ばかり。魔導書の内容が防御系ばかりだったら銃刀法違反にもならないのに何でだ?
「基礎となっている魔法陣が問題なんですよね。その事も含めて詳しくお聞きしたいので放課後理事長室に来てください。それからこれは没収です」
そう一方的に言われて魔導書を没収されてしまった。
何でだ?っと考えながらもカエラが立ち去った会長の背中を見ながら俺に言う。
「ちょっと、どんな魔導書作ってたのよ。まさか禁呪について研究してた訳じゃないでしょうね」
「そんなもん研究したところで使う気になれねぇよ。禁呪のほとんどって寿命大量に削るか大量の魔力削るかの二択じゃん。使いたくねぇよ」
「そりゃそうよね。一応確認するけど、禁呪でも攻撃系魔法でもなかったのよね?」
「やってねぇよ。防御系および回復系の魔法陣しか描いてないって」
「それじゃ何で没収されたのよ」
「さあ?」
俺も答えが分からないまま放課後になるまで待つしかなかった。
――
放課後、こういう時は職員室に行くもんだと思ったが何故か理事長室に来るよう言われたので理事長室に向かう。
と言うか会長何で理事長室なんて言ったんだろ?理事長も魔導書関連で注意するほど暇ではないと思うんだけど。
なんて思いながらも理事長室の前に到着し、ノックすると扉の向こうから声が聞こえた。
「どうぞ」
会長の声が聞こえたので「失礼します」とだけ言うと予想通りと言うかいつも通りと言うか、会長だけではなく理事長と秘書さんも一緒に居た。
ただ少し違和感を感じるとすれば、俺の魔導書を理事長と秘書さんが2人で眺めていた事かもしれない。
「お待たせしました」
「別にそんなに時間たってないから大丈夫です。それじゃ今回何故魔導書が没収となったのか説明しますね。その前にいくつか確認しておきたいですが」
「はぁ」
確認と言ってもな……本当に禁呪に引っ掛かるような物は描いていないはずだ。
それなのに確認と言う言葉が出てくるという事は無意識に違反していたかどうか確かめるという事か。
だがその前に――殺意を飛ばした。
多分これで問題ないだろう。
「それじゃまず、どうして天使式の魔法陣で魔導書を作ろうとしたのか教えてもらっていいですか」
天使式、いわゆるユダヤ、キリスト、イスラム教に出てくる天使達が使っている魔法などを天使式と言われている。
魔法と言うのは歴史的に人間が悪魔を召喚する物であったが、そのままではいけないと教会で天使が悪魔を祓うために教えた魔法の総称だ。
神様の奇跡を再現なんてものとは全く違い、この辺は人間が自力で作った魔法とあまり変わりない。
ただ魔法を使う際に炎を司る天使の力を借りて火力を上げたり、水を司る天使の力を借りて聖水を作れるようにしたりと天使の力を借りて強化する魔法という感じ。
天使式の優れた点は防御系に力を注いでいる事だ。
だから俺が狙っていた呪いや状態異常からの回復や解除するための魔導書作成に適している。
後は聖なる力で浄化するとか、祝福で防御力を上げるとかそんな事も得意だ。
「そりゃ防御が得意な式が多いからですね。特に呪いとか状態異常に対して」
「他の神話体系の力を使おうとは思わなかったのですか?」
「確かにできなくはないですけど……俺が知ってるのは攻撃系ばかりでして、防御系は天使式を覚えていれば問題ないし、レパートリーも多いの応用しやすい。だから天使式で魔導書を作ろうとしてました」
「……なるほどね。分かりました。実際魔導書に描かれているのは防御系、回復系ばかりだったので注意で終わりますが、二度と天使式で魔導書を作らないでください。と言うか天使式で魔法を使おうとはしないでください」
「何故です?天使式は結構世界に広まっている良い魔法式だと思いますが?」
「…………19年前の大事件を知っていますか?神による終末戦争を」
神による終末戦争。
それは19年前に起こった一柱の神による世界のやり直しが行われそうになった。
一柱の神と言うのはさっき言った三種の宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教で讃えている神が世界に対して終末を宣言した。
終末によって世界を崩壊させた後、今度こそ幸福で平等な世界を創ると神は宣言と同時に他の神話に戦争を仕掛けた。
これにより世界は終末を望む神と人間、終末を望まない神々と人間による大戦争が勃発。結果的に終末を望まない神々と人間が勝利し、現在に至る。
この事は当然世界中の教科書などに書かれ、一人の神が世界に戦争を仕掛けた大事件として今なおその傷跡は大きく残されている。
「それはもちろん知ってますが……」
一体魔導書と一体何の関係があると考えた瞬間、答えがほんの少しだけ分かった。
俺の態度で少し分かったのか、会長は頷きながら言う。
「あの戦争によってユダヤ、キリスト、イスラムを信仰す方々の地位は非常に低くなり、神の復活につながるのではないかとありとあらゆる神々危惧しています。それにより柊さんが使おうとした天使式も制限。一個人が使ってはいけない魔法式として登録されているのです」
「いやいやいや。天使式って世界中にあるじゃないですか!日本はともかくキリスト教を信仰している国は魔法を使うとき基本的に天使式を使いますよね?それに悪魔祓いだって使っている。それを制限とはいえ禁止させていいんですか!?」
「日本人なのによくご存じですね。ええ柊さんの言う通り、天使式は世界中で使われている一般的な魔法式です。それを一般人が使えないように制限するのは大きな混乱を伴った事でしょう。しかし現在はその代用として開発された魔法式、日本で使われている精霊式を元にして開発された魔法を使っています。もちろん天使式と比べると威力が低かったり、浄化などの効果が低かったりしますがライターなどのちょっとした道具の代わり程度の効果は十分発揮できています。それに天使自体がその、ほとんどいなくなってしまいましたから……」
戦争で攻撃して来た神の僕、つまり天使達はほとんど新しい存在だった。
古い天使達のほとんどは人間の生存を望み、神の意思に反したとして堕天使として堕とされた。なので失った天使達を補充する意味も込めて神は新しい天使を生み出した。
そのため昔からいる天使達はみな堕天使になってしまい、残っている天使は今も駆除対象として殲滅され続けている。
新しい天使達は本当にロボットみたいな連中だった。
神の命令を聞き、忠実に果たすまで傷付こうが、死にかけようが無理矢理体を動かして命令を果たそうとする。
例えそれは神がいなくなった後も続く。
だから交渉なんてものには応じないし、完全に殺さない限り被害は広がり続ける。
今はだいぶ減っていると聞いてはいるが、数少ない神を信じる者達が匿っているとの噂もある。
どれが本当の事なのかは分からないが天使の数が減っているのは間違いない。
「…………」
「ご理解いただけましたか?」
「俺の魔導書が没収された理由は分かりましたし、納得しました。ただ一つだけお聞きしてもいいですか?」
「私に答えられる事なら」
「その、昔からいる天使達。ガブリエル様達はご無事ですか?」
前世の頃に世話になった天使の名を上げる。
あの人にはな……本当に世話になったんだよな……戦争前に堕天したのは知ってるけど、その後に関しては全く知らない。
すると会長は言う。
「熾天使のみな様は今もご健在です」
「それは良かったです。それから他には……」
理事長達は俺が書いた魔導書をじっと見ているばかりで会話にかかわろうとしない。
これで話は終わりなのかと思っていると会長は言う。
「はい。これで話は以上です。それからですが現在天使式に代わって使っている魔法式について魔法教学書に書かれているのでそれを参考にして書いてください」
「分かりました。失礼します」
俺はそう言ってから理事長室を出た。
それにしても理事長達は話しにかかわらないのに何で理事長室で話をしたんだろう?それに天使式が制限されているなんて知らなかったな……
俺が戦った時代とは違う事は分かっていたつもりだが、こうなったら一度時代の違いを再確認しておくべきかもしれない。
また今回みたいな事で悪目立ちしたくないしな。
それからあのストーカー妖怪。死んでくれていると良いんだけど。