力への依存
『逃げんじゃねぇ!!』
――
「…………柊君。何してるの?」
「え?黒板のを写してましたが……」
授業中ふと先生からそんな事を言われた。
特に居眠りをしていたわけではないのに声を掛けられた。
この先生特に誰かを指名する事はない先生だが、居眠りとかはしっかり怒るので起きていれば問題ない先生。でも俺は普通に起きて板書をしていたので特に注意されることはしていないはずだ。
それに先生の反応も微妙だし、特に変わったことはしていないはず……
違和感はありながらも先生はそれ以上話しかけてくることはなかった。
そしてそれはその後も続く。
そのあとも先生達から「何してんの?」は続き、結局放課後まで同じことを聞かれ続けた。
何故そんな事を言われたのか分からず、校舎裏で古武術の型をやっている。
ここは穴場で校舎と部活棟の間にあり日陰で誰もいない場所。さすがに家で古武術の型をするのには狭いのでここで少しだけ練習していた。
と言ってもこれも昔の感を失わせないようにするための物であり、やっぱり強くなるには実戦を繰り返す方が強くなる。でも相手なんていないし、怪我をして帰ったら両親を心配させるので気軽にできない。
「へ~、滅技古武術の型もするんだ」
「カエラか」
ふと気が付くとカエラがカバンを肩から下げて現れた。
「よくここが分かったな」
「少し探した。こんなところで古武術の型をしてるなんて、本当に普通科の生徒?」
「所属してるのは普通科だよ。まぁ戦える力は欲しいと思ってるが」
「それなら戦闘科に入ればよかったのに。家みたいななんちゃって貴族じゃなくても入れるよ」
「そうだとしても俺は普通科の方が良い。戦闘科って確か警察の手伝いとかで戦闘に駆り出されるんだろ。俺はそんな面倒なことごめんだ」
「まぁそれは確かに。でもアルバイト料も出るし、戦闘訓練にもなるよ。スポーツと違ってルールなんてないからかなり実戦的」
「実戦的で酔ったおっさんの相手してたまるかよ」
確かに実戦的と言えなくもないが、実際の所は警察のお手伝いくらいの物だ。
暴漢とかの相手をすることもあるがそれは本当に滅多にない。大抵は酔っ払いの補導を手伝うとか、そんな感じで終わる方が多い。
実戦を求めるというのであれば戦闘科の誰かと試合をする方がよっぽどいい。
「よく分かってるね。もしかして似たような事したことある?」
「似たような事ならな。と言っても所詮真似事だし、金なんて1円も入ったことはない」
「そうなんだ。でもそれなら余計に分からないんだけど、なんで柊君はそんなに力を得ようとするの?普通の人ならそんなに力を求めたりしないよね?」
それを聞かれると答え辛いが……
「力がなければ選択肢はない」
「え」
「力がない奴に選択肢はない。力がない奴の事を罪と言うつもりはないが、それでもやっぱり弱いってだけで選択肢はなくなっていく。それが嫌なだけだ」
「……確かに、それはあるかもね」
「だから力が欲しいんだよ。選択肢がなければ逃げる事も戦う事も選べない。そんな人生お断りだ」
「まぁそれでも……それをしながらっていうのは凄すぎない?」
「それ?」
「その自己保有魔力強化の訓練。そんな高速で訓練する人はそういないよ」
そうだろうか?
確かに俺の限界まで加速させているが……まだまだだろ。
「個人的には他の連中に比べれば遅い方だと思うが……」
「その他の連中ってどんな人達を想定してるの?」
「前に会った事のある本物の化け物連中」
前と言うのは前世の頃に戦った事がある本当に強かった化け物連中の事。神様仏様、魔獣聖獣、天使に悪魔と様々連中と戦ってきた。
その中でも戦神とか本物の悪魔の貴族とか、あいつらは本当に化け物みたいに強かった。ない頭一生懸命働かせて、生き残って勝つ事しか考えられなくなって、必死こいてようやくつかんだ勝利は……いまだに口の中に残ってる。
……あいつらとの喧嘩ももう二度とできないんだよな……
「本物の化け物を想定して訓練してるって……本当に何で戦闘科に行かなかったの?」
「戦闘科じゃついて行けない。ついて行けないのに無理について行ったところで壊れるだけだ。そんなの訓練でも何でもない」
「なるほど。何度も聞くけど何でそんな風に自分の実力が分かってるのにそんなに訓練するの?」
「だから力がないと選択肢がないからだって」
「だからってそんな化け物みたいに強い人達に無理して近付く必要はないでしょ。なのに何で……」
「それは……」
正直に言えば不安だからだ。
…………なんとなく、嫌な感じがずっとしている。
転生して自我がはっきりしてからなんとなく嫌な感じがしていた。どこか遠くで俺の事を恨んでいるような、憎んでいるような気配。
正直に言って心当たりは……ある。
俺が転生するきっかけになったあいつ、俺が殺し、俺が死ぬことになった原因となったあいつ。
あいつは確かに殺したはずだが……どこかでまだ生きていると言われれば信じられる。非常にあやふやで、何の確証もないが、あいつは生きていてもおかしくない。
何せあいつの力は……
「ヤバい奴に狙われたら怖いからな」
「ヤバい奴と喧嘩でもしたことあるの?」
「1回だけな。お互いに本気で憎み合ってる相手だ。多分あいつは必ず俺の事を狙ってくる。まぁ二度と会うつもりはないけど」
「その方が良いよ。それとさ、その訓練きつくない?」
「古武術の型か?」
「そっちじゃなくて、自己保有魔力の訓練。よく限界まで加速させた状態で動けるね。それって確か座禅とか座った状態で集中してやるんじゃなかったっけ?」
「それでもいいけど、常にやるとすればずっと座ったまんまって訳にはいかないだろ。だから動きながらでも出来るように頑張った」
「頑張ったって……というかずっと思ってたんだけど、君って年齢と技術力が全く違わない?」
「年齢と技術力?」
カエラが言いたい事が分からない。
古武術の型を止めてバックからスポーツ飲料を取り出して飲みながら聞く。
「それどういう事だ?」
「だから、普通私達の年齢でそんなことできないって事。そんなこと出来るの本当に熟年の戦士とかもっと年上の人達がやってるような事だって言ってるの。多分他の戦闘科の子達でも出来ないと思うよ、その動きながら自己保有魔力を高める訓練をする奴」
「でも10年近く無駄にしちまったからな……少しでも続けたいんだよ」
「10年ってまさか……生まれてからとかそんな感じ?」
「そんな感じ。10年間自己保有魔力を感知する事が出来なかったからこの訓練できなかったんだよ。出来てたら子供の内からやって今よりも自己保有魔力が増えてただろうから今よりは強かったと思うぞ」
10年という時間は人間から見て非常に大きなタイムロスだ。もしこの無駄にしてしまった時間がなければ……もっと早くに魔法や仙術、妖術なども使えるようになっていたはず。
前世の頃に得た知識に関しては本当に感謝しきれないほどに助かっている。教えてもらった簡単な魔法から実戦的な様々な術、それらを使えるようになれば一気に手札が増える。増えれば増えた分だけ様々な状況に対応できる。
特に前世の頃から得意だった幻術系は今の俺にとってかなり役に立つはずだ。
今の俺にとっても幻術に大きな適性があるかどうかは分からないが、魔法や術に関する得意不得意は魂に大きく左右されるので多分今も幻術が得意なはず。
まぁこれに関しては自己保有魔力が一定以上になってからじゃないと確かめようがないが。
「はぁ……もしかして君、戦闘狂?」
「戦闘狂だったら戦闘科に殴り込みかけてる。それに俺はそんな無謀なことしたくない」
「まぁうちには最強の生徒会長、ウロボロスの水地涙がいるから、喧嘩を売ろうとするバカはいないよね」
「……最強か」
最強を目指していた頃を思い出す。
あいつのそばにいれば自然と強くなる事が出来ると思ったが……結局超えられなかったな……
「やっぱり最強に憧れる?」
「そりゃな。最強になれば出来る事が色々一気に増える。誰かに恐れられるのは仕方ないが、やっぱり最強になれば……全て守れる」
「ん?最後なんて言った?」
「何でもない。バカは死んでも治らないって話だ」
最後の言葉はぼそりと言ったのでよく聞こえなかったらしい。
こうして口に出してみるとやっぱり俺の根幹は何も変わっていない。何も……分かってない。
本当に俺って死んで後悔しても、性根は腐ったままで、何も変わろうとしていない。
………………クソ野郎だ。