閑話 病院職員
『緊急事態発生!緊急事態発生!!研究員達は至急患者たちの隔離をしてください!警備員達は至急侵入者の確保をお願いします!!』
病院内に侵入されるという前代未聞の事態に研究員達は大慌てで患者達を収容している区画を更に強化した。
強化ブラスチックの部屋に収容されている患者達の部屋を更に外側から防壁の他に結界を展開して部屋の防御をより強化させる。
何が目的なのかは不明だが、仮に患者達を狙っての犯行であった場合彼らを守るのも職員達の職務だからだ。
このような事を想定しても、実際に起こるとは思っていなかった職員達は慌てて作業を開始する。先ほど言った部屋の強化と侵入者迎撃のために働き続ける。
そして侵入者の姿を捕らえた職員は驚愕した。
侵入者は赤黒い鱗のドラゴンだった。そんなドラゴンが呪われた子供に襲われて、迎撃したかと思うと呪いはドラゴンの移っていた。
このような事はこの病院内で一度も起こる事はなかった。
いや、正確に言うならそのような事をしても呪いを解除する事が出来たっと言う結果につながるとは誰も思っていなかったし、仮にできるようになったとしてもそれは非人道的な事だと結論付けられていなかったので誰もしようとはしなかったと言うのが正しい。
だから考える事はあっても実行した事は誰もない。
それに呪いが強ければ強いほど狂暴になり、力も増していく事は分かっていたので管理する職員にも危険が生じると思うと行動に起こせなかったと言う意味もある。
しかしこの画面越しに居るドラゴンはそれをあっさりとやってのけた。
呪われていた子供は呪いがなくなり静かな寝息を立てている。ドラゴンはそんな子供を優しく、静かにベッドに運んだところを見て意外と気性は大人しいのではないかと画面を見ていた職員は思った。
しかし問題は侵入者だけではなかった。
『報告!院内の患者さん達が謎の暴走状態を起こしています!どの患者さんも部屋を破壊して外に出ようとしています!警備をしている職員は全員警戒してください!!繰り返します!!――』
そう言われて他の画面を見てみると確かに患者達が扉や壁を破壊して外に出ようとしている。
しかし普段以上に強化した防壁を突破できるとはとても思えない。
何せこの結界や防壁に関して天使達にも協力してもらったくらいだ。子供の防御壁は大人比べれば弱いが、それでも多少強い程度の戦闘に特化した種でも簡単に壊すことは出来ない作り。弱いドラゴンの攻撃にだって耐えられる。
封鎖した患者達の部屋の様子をカメラで見ていると、少しずつ異変が見られた。
攻撃するたびに壁の損傷が大きくなっている。いやそれは当然なのだが想定以上の攻撃力で扉や壁へのダメージが大きすぎる!
しかもそれだけではなく子供部屋で最も厳重に収容されている子、阿修羅一族の少年が何かに反応するように部屋を破壊し始めた!!
破壊し始めたのはちょうど侵入者であるドラゴンが扉の前に立った瞬間であり、他の患者達も扉を破壊しようとかなり激しく扉を攻撃する。
これは本当に大丈夫なのかと思っていると、阿修羅一族の子供が扉を破壊した。あの特に頑丈に造られた扉を破壊された事に幼くても神という事が証明された。
いやそんな事を言っている暇はない。さらに警報と同時に阿修羅の子供が逃げ出した事を皮切りに他の患者達もさらに強化されたように扉を破壊して廊下に出てしまう。
それを止めようとする戦闘に特化した職員達は部屋に押し戻そうとするが彼らの手を振り払いどこかに向かう。
この行動も今まであり得ない行動だ。
手あたり次第に暴れる事はあっても、100人を超える呪われた患者達が戦う事もなく一斉に、同じ方向に向かって駆け出したりすることは全くなかった。
呪われていても個性は残っていたし、こんな急に強くなるような事もなかった。
一体どうして……
「やべぇ。これはやべぇよ。最悪の新発見だよ……」
職員の1人がそうつぶやいた。
一体何を発見したのか聞いてみると彼は1つのグラフを指さしながら言う。
「こいつら、共鳴してやがる」
「共鳴?」
「そうだ。呪い同士が共鳴してお互いに強くなってる。今扉を破壊されたのがその証拠だ。患者達は全員今までの出力の1.5倍にまでエネルギー放出が高くなってる。今までこんな事なかったのに何でこのタイミングで……」
彼はそう頭を抱え、怯え、震えながら言った。
確かにそれは今までなかった現象であり、この共鳴現象は悲劇を生んだ。
もうすぐ呪いをコントロールしきれると思っていた患者達まで急に跳ね上がった力に翻弄されて理性を失ってしまっている。
彼らも扉を破壊して他の患者達と同様に一方向に向かって駆け出した。
その方向の先には礼のドラゴンと阿修羅の患者が戦っていた。
患者の方は周囲への破壊を全く気にした様子はなく侵入者を迎撃し、壁や廊下、天井などを破壊しながら彼を倒そうと暴れている。
それに対して侵入者は患者と戦いながらも周囲に被害を出さないようにしているように見える。
いや、あの侵入者は他の患者達から呪いを手にすることを目的としているから被害を出さないようにしていると考える方が自然か。
呪いを移動させるとしてもその対象が居なければ意味がなくなる。
だからこそ周囲に被害が出ないようにしているのだろう。
必死に患者達を止めようとする職員達と、侵入者たちの戦いは激化していく。
患者を止めようとする職員達は睡眠魔法や、相手を一時的にマヒさせる魔法などを使って動きを止めようとしたり、直接患者を掴んで動きを阻害する者もいる。
だがほとんどはあっさりと突破され何故か侵入者の方に向かって走り続ける。
侵入者の方はやはり呪われた阿修羅族には勝つ事が出来ないようで防戦一方となっている。
もし仮に彼が侵入者を倒した後こちらでなぜこんな事をしたのか捕らえないといけない。患者が侵入者を殺してしまった場合どのように侵入したのか、何が目的だったのか聞きださないといけない。
そして今後二度ととこんな事が起きないように対策しなければならない。
他の職員が呪いを移された患者達の状態を確認し、健康状態や他に何か障害が起きていないか確認しながら護衛をする。
それ以外の職員達は近くに身を潜ませいつでも患者と侵入者を確保する準備を進めていた。
患者が侵入者を倒すと私達が考えていた時、侵入者は勝てないと思ったから逃走した。
ただ逃走するだけなら職員が追いかけるだけで済むのだが、その方向があまりにも悪い。侵入者が逃亡した先は数多くの患者達が走り込んでいる方向っだったからだ。
翼を広げて高速で飛びながら、廊下に配置された防壁をあっさりとぶち抜く。まるで戦車の砲弾の様に防壁が壁の役割を果たしていない。
そしてとうとう侵入者と患者達が接触した時、神業を見た。
侵入者は襲い来る患者達を触れて呪いを移動させるだけではなく、患者達にダメージをできるだけ与えないように受け身を取れるよう絶妙に調整しながら全て行っているからだ。
画面越しでも分かる。襲い来る患者達を全て労わりながらできるだけ傷付けないように、優しく転がし、優しく地面に置く。
それはまるで柔道の練習のようで、相手をコントロールして当身が取れるように調整していた。
だがそれは相手も受け身を取ろうとしているのだから成功しているのであって、マネキンを相手に技をかけたらその姿は受け身を取れているとはとても言えないだろう。
だが侵入者はそれをすべてやりのけている。
呪いがなくなった患者達を回収する職員達だが、少し遅れて阿修羅の患者が歩いていく。
完全に興味は侵入者だけのようで他の患者や職員達に関して全くと言っていいほど興味を示さない。
そのおかげで無事に患者達を安全地帯に移動させる事ができるが、普通の子供と変わらない速度で歩いて侵入者に向かっていく姿に不安を覚える。
そして侵入者は次々と患者達から呪いを移し、呪いがどんどん強力になっていくのを不安になりながらも所長に連絡するのだった。




