安っぽい悪魔
『捨てないで!!』
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自己保有魔力を見つける方法を模索しながら数日後、学校の体育で身体能力テストが行われた。
簡単に言うと他の人達の運動神経とか体力とかその他もろもろが平均と比べてどんなもんかと比べるテストだ。
だがこの学校ではただの人間は俺1人であり、他のクラスメイト達は何らかの種族との雑種であり、普通の人間とは身体能力が大きく違う。
まぁそれでも何とか食いついて平均値並みの記録は出す事が出来た。
これで俺の努力は無駄なものではないと証明できたが、それでも様々な種族の中から見れば下の中くらいのレベル。満足は出来ない。
なので今日も自己保有魔力を見つける方法を探してるが……やはり今の俺は自己保有魔力が非常に小さいのだろう。自分で見つける方法ではうまくいきそうにない。
どうしようかと図書館で考えていると、周りから小さな声が聞こえてくる。
「何で戦闘科の人が図書館に来てるの?」「知るかよ。なんか用事あったんだろうよ」「初めて戦闘科の人見た」っとひそひそと話している。
一体誰がその戦闘科の人なのかは分からないが俺には関係がないだろうからどうでもいい。
さて……面倒だけど次の論文でも読んでみるか。少しでもいい情報があると嬉しいんだが……
なんて思って論文を読んでいると、正面の席から視線を感じる。
なんだと思って顔を上げると、そこには少女がいた。
少女と言っていいくらい幼い印象の女子生徒だが、少し注意してみると俺より1つ上の学年であり、しかも戦闘科の証拠であるエンブレムも付けているので普通ではない。
いや、この雰囲気は純粋な悪魔か。
一体どこの悪魔なのかは特定できないが、一応貴族の血は引いているような気配がする。
少女は俺が顔を上げたのを見て言う。
「あなた、私と契約しない?」
「無理」
少女の質問に俺ははっきりと答えた。
悪魔や超常の存在と言うのは意外とはっきり言った方がよかったりする。変に嘘をついたり、適当なごまかしをしようとすると気に入らないと攻撃してくる可能性がある。
それを回避するには物事をはっきりと伝える方が良い。遠回しに言って意図が通じないでは意味がないからな。
少女は俺のはっきりと言った無理という言葉に首をかしげている。
「何故?」
「対価を払う余裕がない。お前、多分上位の悪魔だろ」
「上位ではない。精々中の下くらい」
「純潔の悪魔なら最低でも中の上だろ。貴族の血を引いてるんだろ」
俺がそう言うと少女はほんの少しだけ目を大きくした。
多分驚いていると思う。
「貴族の血が混じってる事、なんで分かるの?」
「なんとなくだ。勘みたいなもので根拠とかは一切ない」
「でも私は中の下、分家の分家のそのまた分家って感じでもの凄く遠い。だからそんなに報酬はかからない」
「だとしてもだ。名のある悪魔の血を引いている奴との契約は慎重に行うべきだろ。第一俺の求める物を頼んだ際どれくらいの報酬がいるのか交渉してみろよ」
俺がそう聞くと少女は珍しそうな表情をする。
「意外。一応貴族の血を引いていると言えば大抵は向こうから飛びついてくるのに飛びついてこない。でもそのくらいの方が良い」
「俺に信用されたいって言うならまずは名乗れ」
「私は高等部1年、カエラ・ファーゲル・フォン・デラ・アモン。カエラでいい」
分家と言うのは本当みたいだ。
名前と最後に来るファミリーネームの間に入っている言葉の数だけ本家から離れていく。今回は4つあるのでそれなりに遠い文家と言うのは本当だろう。
人間もそうだが特に異形の連中にとって名前とは非常に重要な物である。
さっき言ったブランドと言う意味もあるし、個人を特定するために非常に重要な物だ。
個人を特定するのは普通の事だ?確かにそうだが人間とその他の種族では意味が大きく異なる。
言ってしまえば悪魔の場合『名』があるのは有名な魔王や貴族、つまり聖書に書かれているような超有名どころしか名がない。これは天使などに関しても同じで有名な天使には『名』があるがそれ以外は天使と言う枠組みで一括りにされてしまう。
これは神様や仏様も同じであり、名前があるだけで特別になる事は非常に多い。
だから俺は『名』を聞いた。
名前がない悪魔だった場合それは下級の悪魔である何よりの証拠だからだ。
「名のられたからには最低限の信用はする。でも何で俺に声をかけた」
「あなたから強い欲望の気配を感じた。だからあなたなら契約に応じてくれると思って。それに報酬に関してはちゃんと相談しながら決めるからぼったくり価格にするつもりはない」
「強欲の悪魔の血を引いてるわりには真っ当な商売してるな」
「真っ当な商売もしてるらしい。でもほとんどそれは個人による。私は適正価格で売買できればいい。そしてあなたは何が欲しいの?」
「俺の願いは俺の自己保有魔力の発見だ。いくらかかる」
俺がそう聞くとカエラはスマホをいじり始めた。
何をしているのだろうと思っていると、すぐに終わって俺に向き直る。
「あなたの場合は日本円で換算すると1000円分の物で済む願い」
「そんなに安いのか?てっきりもっとかかる物だと思ってた」
「相手が私だからそんなにかからない。ちなみに本家の人がやった場合は100万円」
「適正金額は?」
「人件費で大きく変わる」
相変わらずとんでもねぇ業界だな。そして貴族ブランド強すぎ。
確かにリーズナブルでちょうどいいと言える。
だが相手は悪魔、警戒しすぎているくらいがいい。
「あとから金額が上がるって事はないだろうな」
「普通ならない。でもかなり特殊な時は上がる事もある」
「……あとで適当な事言って値段釣り上げる事はないだろうな」
「そんなことしないって。それなら先払いでどう?」
「……先払いって何が欲しいんだよ」
「マックのハンバーガー食べてみたい」
「え、本気で言ってる?」
「本気。食べたことない」
マックのハンバーガー食べたことない奴実在するの?
「一応確認するが、名前が似てるだけで俺が知ってるマクドナルドとは違うハンバーガー屋じゃないよな?」
「多分みんな想像してる方のマックで合ってると思う」
「それなら余計に謎なんだけど。それくらいちょっと買い食いすれば食えるじゃん」
「うちの親と言うか、私の内はほんの数パーセントの貴族の血を引いてることが誇りなの。だからそう言ったチェーン店とかに入っちゃだめって言われてる。だから食べたことがない」
「……悪魔世界にも毒親ってやつはいるんだな。で、何が食いたい」
「ハンバーガー」
「だから種類は」
「そんなに種類あるの?」
「セットでポテトとジュースの方が良いか?」
「……お店で決める」
「それじゃ契約内容を決めるぞ。俺がお前に頼むのは俺の自己保有魔力を見つけてもらう事、そして報酬としてマックのハンバーガーセット。これでいいな」
「ん。これに契約して」
そう言って取り出したのは羊皮紙。
羊皮紙と言ってもただの羊皮紙ではない。悪魔が契約で使う特別な物だ。
羊皮紙にはさっきお互いに決めた内容が詳細に書かれている。
俺が求めるのは自己保有魔力の発見、報酬はマックで1000円分の食事を支払う。と書かれている。
そう言えばスマホにマックのクーポンあったな。あれ使っても変わんないのかな?
「それじゃこっち来て」
カエラは少し気合の入った様子で俺の手を引っ張る。
連れてこられた場所は戦闘科の特別訓練室だった。
戦闘科の特別訓練室は一言で言うと巨大なトレーニング施設だ。
どこかのジムにありそうな機材は一通り揃っており、魔法を使った訓練も出来る機材なども揃ってある。休憩室にはテレビや自動販売機なども揃っている。
「ここでやるのか?」
「うん。ここの方が色々やりやすい。座って背中出して」
近くにあるパイプ椅子に座り背中を出す。
カエラは俺の背中に触れ、集中し始める。カエラの魔力が俺の身体の中に入り、俺の魔力を探しているのがよく分かる。
しかしカエラの魔力ははっきりと分かるのに、俺の魔力は一切感じないという事は俺に自己保有魔力はないのだろうか?
少しそんな心配をしながら待っていると、カエラとは違う魔力を感じた。
「見つけた。これでいい?」
「ああ。十分だ」
カエラに俺の魔力を触れてもらった事ではっきりと俺の魔力が分かる。ここから自分の魔力を全身に回し、循環し続ける。
これで少しずつ色んな技が使えるようになるだろう。
とりあえず自分の力だけで循環させてみるが、特に違和感はない。頭の先から足の先まで確かに自分自身の魔力が巡り、循環し続ける。
これで自分の魔力を強化し、さらに強くなる事が出来る。
そんな様子の俺を見ていたカエラは俺に聞く。
「1番近いマックってどこ」
「報酬はちゃんと払うって。すぐ行くか」
こうして俺はカエラと共にマックで買い食いをする。
もちろんテイクアウトではなく店で食べる。カエラの家は外からの視線に敏感みたいだからな。
で、カエラが頼んだのは2つのセット。そんなに食えるのかと思ったが、1000円超すように買うとやっぱりこれくらいはするんだよな。
「これがマック……!」
「そんな驚くようなもんじゃないんだけどな」
感動したかのように言うカエラに俺は俺で頼んだ商品を食べる。
カエラもさっそくハンバーガーにかぶりつき、うまそうに食べる。
俺の方は……やっぱ久しぶりに食うとうまいな~くらいの物で感動とかは全くない。
「で、初マックの感想は」
「やっぱりこれはこれで美味しい」
「そうか」
「……何でお父さんたちはこれがダメだって言うのかよく分かんない」
「それこそしょうもない意地って奴なんだろうよ。カエラの家って聞く限りほとんど貴族じゃないんだろ?」
「うん。アモン様の血をほんのちょっと引いてるだけでほとんどただの悪魔。一応純血ではあるけどなのない悪魔の血の方が濃いだろうし、アモンの家名を名乗らせてもらってるけど数パーセント血が濃ければマシって感じだと思う」
「それなのに貴族としてふるまえか。重たいな」
「重いけど……本物の貴族が集まるようなところに顔を出した事とか一切ないから本当に名ばかりだよ。意地張らない方が楽だと思うのに」
そう言いながらカエラはハンバーガーを食べ続ける。
俺にとっては買い食いの定番くらいにしか思ってなかったが、本当にうまそうに食うよな……
「それで、次の願いはないの?」
「え、次?」
「そう。そうすればまた食べれる」
カエラがそんな事を言った。
これから先カエラとどんな関係になるかは分からないが、ハンバーガー目当てで契約を迫ってくる悪魔とかギャグでしかない。
「とりあえず契約したい事はないぞ」
「ガーン」
「食いたいなら勝手に食えばいいじゃん。お前だってお小遣いくらいもらってるんだろ?」
「でも……一々何に使ったのか調べてくる」
「……マジで毒親だな」
「本物の毒親。ハンバーガーくらい気軽に食べたい」
「気軽に食べるもんだと思うけどな」
中途半端に貴族の血を引いているのも大変な物だと俺は思いながら買い食いを楽しんだ。