龍化の呪いの研究成果
俺、佐藤柊は倒した男の首肉を咀嚼して飲み込んだ。
やっぱり人間の肉って物はあまり美味しくない。ぶっちゃけ不味い。
おそらく俺が人間である事が理由だろう。同族を食らう忌避感と言う物が本能的に味覚や食感、そう言った物に作用してこれは不味い、食べてはいけないと言っているような気がする。
喉の肉を食らったが男はそれでも俺に立ち向かおうとするが、その根性だけは凄いと言える。
だが俺に喉の肉を食われた後、彼の呪いは俺の方に移っている感覚がする。つまり男にはもう戦う力がない。
だから余裕を持って言う。
「俺はお前を殺せる立場にある。そしてお前は俺を殺せない。ここまでだ」
男は何かを言おうとしている気がするが、喉を食われたからか風船の空気が抜けるような音が漏れるだけで言葉にならない。
だが口の動きだけで何と言ったのかだけは分かる。
『呪ってやる』
その程度の呪い、いくらでも背負ってきた。
敵から、味方から、ありとあらゆる呪いが俺を地獄に引きずり降ろそうと、飲み込もうとしているのだから。
男はボディーガードっぽい人達に拘束され、どこかへ連れて行かれた。
リルも俺の中から出てくると何故かフラフラと酔ったように足元がおぼつかなかったので抱っこした。
「どうした?酔ったか?」
そう聞くとリルは顔を背けて意志を伝えないようにする。
何でだろうと思っていると今度は理事長が話しかけてきた。
「柊君。君は非常に危険な事をしました。その自覚はありますか」
どうやら単なるお疲れ様とはいかないらしい。
そりゃ危険だからリルと言う護衛を配置したはずなのに、自分から危険な場所に飛び込んでいけば文句の1つでも言いたくなるものかもしれない。
「あ~、それは……そのー」
「分かっていながら危険に身を投げたのですね。そのような行為、理事長として、大人として決して認められるものではありません。このような事は二度としないでください」
「……分かりました」
と言っても俺はまた簡単に裏切るだろう。俺はいつだって裏切って自分のためになる事しかしない。
だから何度言われようとも結局危険に突っ込んでいくのは変わらない。
その事を察したのか、理事長はとんでもない事を言い出した。
「反省の色が全く見えません。なので来週から佐藤柊君を戦闘科の1年生クラスに強制転入させます」
「え?え!?」
「実は戦闘科の生徒達は私が直接見張っているような物なのです。たまに私も教師として戦闘訓練を行っていますから。なのでこれ以上柊君が危険に自ら飛び出さないよう転入してもらいます」
「ちょっと待ってください!!それ本当に必要な事ですか!?」
「必要です。もちろん戦闘科で授業と訓練を行いながら大人しくなり、危険に自ら飛び込むような事をしなくなったと判断すれば普通科に戻してあげましょう。それが出来ない間は戦闘科で私の目が届くところに居てもらいます」
「何でそんな事しないといけないんですか!」
「どれだけこちらが止めても言う事を聞かないからです。それなら多少強引であっても安全なところに押し込めておく方が安全ですよね?」
少しくらい雰囲気を感じさせながら言う理事長。目のハイライトが消えているからこれ本気だと分かる。
これ以上抵抗すればマジで何されるか分からない恐怖が俺を黙らせた。
「その沈黙は了承とさせていただきます。まずは病院に行って検査をしてもらいます」
「いや、俺どこもケガしてないんですけど」
「あの男と戦って何もないという事はないでしょう。なので検査していただきます。それから柊君のご両親にも今回の事はお話しさせていただきます」
「その……それってどんな風に……」
「もちろんありのままに。佐藤柊君は自分から危険に向かっていくちょっとした不良なのでその更生として戦闘科に入ってもらうとお伝えします。あ、学費はもちろん普通科のままで問題ありませんのでお金の心配はありません」
「い、嫌だ!付いて行けない授業に参加するほど俺はおろかじゃねぇ!!誰か助けて!!」
「残念ですが私が最高権力者です。諦めて戦闘科に行きましょうね」
「なんかすごく満足気な表情してるのが1番ヤダ!!」
「ではまずはタマに頼んで体の隅々まで検査してもらいましょう。これも戦闘科に属するものとして当然の義務です」
「嫌だ!!嫌だー!!」
なんて言っているのに俺は首を掴まれ引きずられながら待機していた救急車に無理やり乗せられたのだった。
――
「それで、検査結果はどう?」
「どうって……また呪いが強くなってたわよ」
私、水地雫はタマに話を聞いていた。
彼、佐藤柊君の検査はどうなったのか本人が知らない所まで教えてもらっている。
ちなみに彼はもうすでに家に帰っており、その間本当に戦闘科に転入する事になるのか怯えていたが、実行する気だ。
これ以上私が見ていないところで戦わせたくない。
「呪いが強まった影響で魔力量が増強。身体能力も強化。この辺りは呪われた他の人達と変わらないけど、問題は蓄積量よね……」
「現状はフェーズ何になりそうなの?」
「普通に考えればフェーズ2、呪いにかかっているけど理性的に行動する事ができる範囲内だけど……本来であれば監視員が必要な状態ね」
呪いの段階は現在フェーズ4まで設定されている。
フェーズ1は呪われたばかりで理性をなくし、暴走している状態。ほとんどの人がこの状態で強制収容され、隔離施設で力のコントロールが行えるように訓練される。
フェーズ2は呪われてはいるが力のコントロールが出来るようになり、一時的には外に出る事ができる状態。しかし外に出る際には必ず監視員が見張らなければならない。
フェーズ3は力をコントロールした状態で自らの意思で呪いの力を増減する事ができる状態。今回の場合だと柊に倒された男がそれにあたる。しかし危険度は上がっているので対象に呪いが付与された道具を身に付けさせ、自分で力を解放できない状態にしなければならない。
フェーズ4は世界でも数件しか見られた事のない状態であり、その姿は筋肉が丸出しとなったドラゴンのような姿になる。戦闘能力も非常に高くなり、しかも暴走している状態なので非常に危険だ。
「監視員はリルでも出来るから一応規定は満たしてるわね」
「どうかしらね。今回の戦闘で呪いの力が使われていないから分からないけど、もしかしたらフェーズ3まで行ってる可能性だって高い。それに今コントロールできているのはおそらく魔力保有量が理論上無限だから。これだってあくまでも理論上で測定器がもっと精密な物になればきちんと数値が出てくるかもしれない。もしその時にはっきりと数字が出れば、彼も呪いの力に耐えきれなくなって暴走する可能性は非常に高いわよ」
「…………」
「彼が今も呪われる前と変わらない生活を送れているのは彼の才能が偶然他の人には分かり辛い所だったと言うだけ。もし彼の才能が他の分野だった場合、とっくの昔にフェーズ1を発症して収容施設に強制収容されていた可能性の方が圧倒的に高い。この事は忘れちゃダメよ」
「分かってる。それから一応聞くけど、進展はあった?」
「全然。とりあえず登録してないドラゴンの種類やらごく一部の神様が作ったドラゴン達の血液、オーラとか色々採取して調べさせてもらったけど、この呪い本当におかしい所だらけ。わっけ分かんない」
「何が分からないの?」
「口で説明するのも面倒臭いからこれ読んで」
そう言って渡された論文を読んでみると、あまりにもおかしいデータが書かれていた。
「これ本当に正しいデータなの?間違ってない?」
「それは調べてた私達も同じ。この乗り本当に訳分かんない。だって全ドラゴンどころか、現在存在するすべての種のデータが含まれているんだから」
呪いを無理矢理に現代に似せて言うのであれば人工的に作り出されたウイルスと言うのが正しい。
だから製作者となる誰かのコンセプトが見えてくる。例えば感染した相手をどのような症状を起こすのか、どのような作用を引き起こす事を目的としているのか、それが見えてくる。
だが今回の呪いは本当にそのコンセプトらしいものが厄介極まりなかった。
「こんなごった煮の呪いがなんで存在できるの?ほんの少しの変化で簡単に消滅しそうなくらい繊細なのに、こんな膨大のデータが含まれているなんて……」
「世間一般でもささやかれてた全ての種に対応した呪いも本当に証明されちゃったわけ。しかもコンセプトに悪意があるんだかないんだか、それすら微妙なところ。分かった事はそのコンセプトだけ」
「どんなコンセプト」
「進化」
まるでつまらないように、ただ淡々とタマは言った。
「進化?」
「強くなると言う言葉の意味は数多くあるけど、この呪いは呪った相手を強制的に進化させる事を目的としてる。その強制力に耐えきれなかったのがフェーズ1の人達。抗えたのがフェーズ2以上の人達。確かに進化は最も顕著な強くなった証かもしれないけど、最終目標もないただの進化は何を引き起こすのか分からない」
「進化目標は本当に存在しないの?環境とか、それこそ強くなるみたいなコンセプトはないの?」
「ない。ただその根幹がドラゴンと言う上下が激しすぎる種族を中心に行われている事だけ。ドラゴンは最強の一角ではあるけど、種族によって強かったり弱かったりするのもかなり激しい種族だからね、もしかしたらそこから派生している可能性は否定しきれないかも」
「それじゃ進化先を完全に特定することは出来ないの?」
「出来ないけど研究者の中では大まかな予想はしてる」
「最終進化先はどこ」
「おそらく、ウロボロス」
「……それじゃこの呪いは人工的にウロボロスを生み出せるかどうかの実験って事?」
「下手すればウロボロスすら通過点かもしれない。それなら納得できる点が多い。ごった煮の人間から神まで、全員ウロボロス以上の存在にできる事を想定しているのか、それともそうなりそうな存在を手当たり次第に探すためにばらまいたのか。どっちかかもね」
またか。
また、私達に嫉妬する誰かがこんなものを創り出したのか。
「……無限も、その力に振り回される私達も、そんなにいい物じゃないって分かっているのに……説明してるのに……」
「こればっかりは仕方ないでしょ。この世で無限の力を持っているのたったの3人だけ、その3人がどれだけ声をあげてもそれ以上に無限の力が欲しいって人達の声でかき消される。私達は理解しているつもりだけど、それでも少数派なのは変わらない」
「うん……」
「それにこの事が分かって呪いを色々利用しようと考えている馬鹿な研究者も増えた可能性がかなり高い。何せ無限につながるかもしれない呪いだから、利用価値は非常に高い。一部の研究者は本格的な研究、そして実験まで考えている可能性は高い」
「それだけはダメ!!」
「分かってる。そうならないように私だけじゃなくてみんなで目を光らせてる。この情報も全員に共有させているからみんなもう動いてるから、あなたの時のようにあんなことはさせないから」
「……うん」
信頼できる親友から言われたのに、何故か不安がぬぐい切れない。
学生の頃はみんなにそう言われれば不安はなくなっていたのになぜだろう。




