戦闘科教師の実力
午後の授業中、先生が脱線話をし始めたので暇になったので窓の外をぼんやりと眺めていると殺気を感じた。
リルもすぐに反応して俺の影から飛び出し、低い唸り声を上げ始める。
「先生、ちょっとトイレ行ってきます」
そう一言言ってから俺は教室を出て校庭に向かった。
校庭を出るとちょうど空から俺に向かってくる龍化の呪いにかかった人が突っ込んできたが、リルが相手の喉笛を噛んで地面に投げ飛ばした。
校庭にクレーターが出来るほどの勢いで投げたがあまりダメージはないらしく、少し顔を振って埃を払ってから咆哮をあげる。
この声は……威嚇などではなく仲間を呼ぶための鳴き声に似ている。
そう思っていると校門を破壊しながらドラゴンのオーラを身に纏った集団が現れた。
ほとんどの連中が四つ足で歩いているのに対し、真ん中を堂々と歩く体格に恵まれた男だけは二足歩行をしている。
その違和感を感じながらも彼らは意外なものをぶら下げて現れた。
それはカエラ達、戦闘科の1年生達を咥えていたり、首に尻尾を巻き付けていたり、後頭部を掴んで宙ぶらりんになっている。
そして二足歩行をしている奴が声をあげた。
「この学校の理事長様に会わせてもらおうじゃねぇか!現れないのであれば1分ごとにこいつらを殺す」
そうはっきりと言った馬鹿な奴に心底呆れた。
世界最強、絶対に倒せない存在と言われるウロボロスの水地雫に喧嘩を売るなんて馬鹿がする事だと子供でも知っている。
それなのに喧嘩を売るという事は彼らにウロボロスを倒す算段が付いているとでも言うのだろうか?
一応ウロボロスと言ってもダメージを与えられない訳ではない。
例えば龍殺しと言われる武器だったり、ドラゴンに対して優位に立てる種族による攻撃などもある。
例えば理事長の隣にいるサマエルだってドラゴンに特化している呪毒と言う呪いと毒が混ざった特性があるし、ガルダと言うインド神話に出てる聖なる神鳥の炎はドラゴンと神に対して特化している。
だからダメージを与える方法に関してはいくつかあるが、倒しきるとなると話は大きく変わる。
普通のドラゴンであればダメージを与えられ、回復するのに時間がかかるし、回復する前に殺しきれば倒したと言えるだろう。
だがウロボロスに関してはダメージを与えることは出来るがどれだけ傷付けてもすぐに回復する。
いや、正確に例えるのであればHPが数値化できないほど膨大なせいでいくら削っても意味がない。それ以前にHPと言えるような物が存在するのかどうかすら分からない。
無限と0は違うのでエネルギーは存在するはずだが、膨大過ぎて計測しきれない、理解する事が出来ないと言った方が正しいか。
だから回復しているのか、それとも回復していないかすら俺達凡人からすれば全く分からないのである。
まぁ俺に言えるのはHPに底がないだろうが、無限に回復するだろうがあまり関係ない。
殺しきる事が出来ないのだから無限だと呼ばれている。としか言えないから。
「私達の生徒に何をしているのか分かっているのでしょうね」
俺の後ろから理事長や戦闘科の教師と思われる人達が校舎から現れた。
生徒達の安全を確保するためとはいえ、こうして簡単に現れるのは強者としての自信だろう。さりげなくサマエルから下がるよう手で指示されたので俺は先生達から離れ、昇降口の陰に隠れて様子を見守る。
「よ、この時を待ってたぜ」
「私達はこんな事待ち望んでいないのだけど。それであなたは誰?」
「俺達はNCDってグループだ。お前らに宣戦布告させてもらう」
「宣戦布告?言葉の意味を分かっているの?」
「当然だろ。俺はお前達の政策のせいで人生を狂わせられたんだ。その復讐だ」
「復讐ね。理由に関しては後で刑務所の中で聞いてあげる。とりあえずその子達を放しなさい」
「人質がいるのにずいぶん余裕――」
「当然じゃない。あなた達と私達では戦力が違い過ぎるのだから」
そう言っている間に教師達がすでに動き出した。
人質がいると言ってもどこに居るの変わらない状態ではなく、目の前に居るのだから助けるのは簡単という事なんだろう。
刀を腰に刺していた教師が生徒達を掴む手、尻尾、頭を斬り落とす。だがそれらはあくまでもオーラによって創られた手足なので本体へのダメージは一切ない。
落ちそうになった生徒達を教師とは違う、どちらかと言うとボディーガードのような人達が黒いスーツと黒いサングラスを身に付けた人達がお姫様抱っこの形で回収した。
無論リーダー格と思われるカエラを掴んでいた男の腕も斬り落とし、カエラに関しては教師が救出していた。
それにしてもあの動きと剣技、知ってる奴と似ているような……
「これで人質はもういない。制裁される覚悟、出来てるんでしょうね」
理事長はそう凄みのある笑みを浮かべながら言う。普通の人なら怖くて逃げだしそうな笑みだが男は驚きはしたものの怯える様子はない。
むしろ理事長の様子を見て楽しんでいるようにすら見える。
「はは、噂通りの実力って事か。さすがウロボロスとその仲間。化物揃いか」
「どう呼ぼうがご自由に。大切な生徒達を守れるのであれば化物扱いされたってかまわない」
「そんな化物達に化物扱いされている俺達は何なんだろうな。呪いにかかったからって研究所に押し込められて、その後は病原菌扱い。それがお前らのお望みなんだろ?」
「出来る限りそんな風に思わないよう努力してきたつもりだけど、そう思われちゃったか」
「だから俺達は復讐する。俺達をそんな風に仕向けたお前達に」
う~ん。どうやら相当小難しい事態のようだ。
聴覚を強化して聞いているが、どうやら龍化の呪いは思っていた以上に面倒で根深い問題のようだ。
それからあの男が言っているのは解呪するための研究機関の事だろう。そしてその研究機関に理事長たちも一枚かんでるか。
やっぱ世の中上手くいかないもんだ。
「私達に恨みがあるのは分かりました。ですが他の生徒達に手を出した以上許すつもりもありません。精々その中二臭いチームをさっさと潰すとしましょう」
理事長がそう言うと人質となっていた生徒達はボディーガード達の手で保健室に運ばれ、理事長を中心に呪いにかかった不良達が対峙する。
「だがその前に――」
リーダー格の男が俺に視線を送った。
「間抜けな奴からぶっ殺してやるか!」
そう言うと四つ足で歩いていた不良2人が俺に向かって走ってきた。
まだちゃんと逃げていなかった俺に驚いていた理事長達だが、ちょっとだけ力試しをしたいのでリルにも動かないよう手で制しておく。
リルはそれでも護衛と言う立場だからか俺の前に出ていざと言うときに動けるようにしているが、この程度なら問題ないだろう。
俺は『夢現』を使った威嚇をする。
それは巨大なドラゴンが涎を垂らし、目の前にいる小さなドラゴンを食べたいと思って舌なめずりをしている光景。
俺を襲おうとしてきた不良2人は壁にぶつかりそうになったかのように四つ足で慌てて止まろうと地面を引っかく。俺から1メートルほど離れた地点で止まったが、その手足には土が盛り上がった状態で小さな山が出来ている。
そのイメージを保ったまま近付くと逃げる事すらできず呪われた不良達はびくびくと怖がり、震える。
その小さなドラゴン2匹の間に俺は入り、そっと頭を撫でながら怖がらないよう、安心するように優しく言った。
「大丈夫。何もしないから」
そうつぶやくと彼らは気を失い仰向けに倒れた。
そしてようやく実感できた。彼らを呪っていたはずの呪いは俺に移動し、そのまま俺の魔力に変わっている事に。
つまり俺は彼らを倒し、呪いを俺の魔力として吸収していけばある程度強くなる事ができるのではないだろうか。
そう思うと彼らが本当に極上の餌に見える。
ドラゴンの形をしているだけの弱い存在を食らい続ければまた力を得る事ができる。また強くなってあいつを今度こそ確実に殺せるかもしれない。
そう思っているとリルが寂しそうに鳴いた。
おっといけない。また前の繰り返しになるところだった。
今度こそ俺は間違えてはいけない。
「お前、何者だ」
リーダー格の男に聞かれたので普通に答える。
「ただの野次馬だ。気にしなくていいよ」
「いいや気になる。お前その2人に何をした」
「特に何も。あえて言うなら、苦しんでいたのを助けただけだ」
「それはありがたいが、まだそいつらにも働いてもらわないといけない。俺達の主張のために」
「主張したいならもっと健全に学生運動でもしてろ。暴力に頼り出したら結局周囲の連中はそういう奴らだとして見てくれなくなる」
「まずは目立つ必要がある。俺達はそのための先兵隊だ」
「覚悟は決まってるみたいだな」
「当然だ」
ドラゴンのオーラを高ぶらせるリーダー格。
俺も高ぶっているとリルが俺とリーダー格との戦いを止めようとする。
でもこれはいい実験になるし、大人が子供に手を上げたよりは子供同士の喧嘩の方が良いはずだ。
「リル」
昔使っていた言葉。
これが現在どこまで通じるか分からないが、俺はキーワードをリルに聞かせた。
「『一緒に戦ってくれるか』?」
その言葉に反応したリルは、俺の体内に潜り込んだ。