side理事長 落ち着きのない保護対象
私、水地雫は定期報告としてリルの報告を待っていると、何やら呆れたような、落ち込んだような表情をしながらやって来た。
「どうしたのリル?そんな疲れた表情をして」
私がそう聞くとリルは意思を伝えてくる。
直接言葉を話すことは出来なくなってしまったが、それでも意思疎通は長い間友人として一緒に居たことで通じ合う事ができる。
そしてその報告に私は頭を抱えてしまった。
「…………」
「どうしたんですか?いったいどのような内容の報告なのですか?」
そう聞いてくるサマエルに私は悩みながら言う。
「不良のたまり場に殴り込みをかけているようです」
「……なぜ彼がそんなところを知っているのですか?それ以前に何故そんな事を?」
「リルが言うには実戦訓練のつもりらしいです。いつどこで誰に出会うか、どれくらい強い相手に会うのか分からない状況であり、武器の有無も不明な方が訓練になるからと言って土日に数時間不良のたまり場に突入しているみたいです」
「なんて危険な事を……すぐに止めさせましょう」
「しかし彼は現在全くの無傷だそうです。まぁ呪われた方々と何度も戦っているのですからあのあたりの不良では相手にならないでしょうけど」
「だとしてもです。我が校の生徒がわざと不良のいるところに突入し、喧嘩しているなど言語道断です」
「それは分かっているんですが……なぜ彼が急にこんな事をし始めたのかが分かりません。以前調べた時にはそんな場所を知っているような情報は全くありませんでしたし、不良として暴れていた事実もありません。それにあそこを掃除してくれるのであればこちらとしても都合がいい。今度戦闘科の生徒達に似たような事をさせてみたいですね」
「実戦訓練としては質が悪すぎるのでは?」
「あら?私もあなたも似たような事をして強くなったと思っているのだけど」
「私が経験した悪辣な環境下で戦わなくても強くなれる時代になったのです。であれば昔のようなやり方は必要ないかと」
「それもそうなんだけどね……でも相手がどんな武器を使ってくるのか、誰と戦うのか分からない状況を意図的に作り出すのは悪い事ではないわ。今度授業に組み込んでみましょう」
なんて話しているとリルは水地雫にジト目で睨む。
結局止めるのか、止めないのか聞いているのだ。
「本当に彼では手に負えないと判断したら止めてあげて。あんたの危機管理能力は非常に優れてる。だから本当に危険が近づいている時は教えて逃げてちょうだい」
そう言うとまたため息をついた。
そして伝えてくる意思はそれすら必要ないと言う内容。
彼自身が自分で危険を感知し、危険な時は逃げ、相手が強くない気配を感じれば倒すと言う繰り返し。
弱い者いじめともみられる行為だがきちんと周囲の気配を感じ、相手の力量をちゃんと計ることは出来ていると言える。
そのため危険を伝える必要すらないと結論付けた。
「彼はどこまで優秀なの?滅技を使えるだけの技術があり、しかも毎日地道な訓練も続け、危機管理能力まで備わっている。あとは魔力量が多ければ十分超人と言えるだけの実力者じゃない」
「確かに調べれば調べるほど不思議で奇妙な存在です。幼い頃から訓練を繰り返し努力し続けたと言う事実はありますが、実戦経験に関してはないのに危機管理能力にも優れている。普通であれば危機管理能力に関しては訓練だけで身に付けない物です。それこそ喧嘩するのが日常であった、くらいの物でなければ」
「改めて調べ直してみる必要があるかも。他にもリルが気になった事はある?」
気になるほどではないが、リルは1つ疑問に思っている事がある。
それはリルに対して普通のペットとして扱っているような節がある事。ただの護衛と言う立場でありながら自分から家族に相談して一緒に暮らし、ランニングついでの散歩をしたりおやつをくれたりする。
しかもおやつに関してはペットショップにおいてあるものではなく、蒸した鶏むね肉を裂いた物を与えてくれた。
そしてブラッシングをしたり、家にいる間は好きに過ごさせたりと家族として接してくれてた。
そして一番の疑問はそれが自分にとってそれが当たり前のように感じている事。
心地よく、それが当然であると心のどこかで感じており、非常にリラックスできる。
散歩に行きたいと思えばすぐに連れて行ってくれるし、何より不思議なのはリルの意思を柊が正確に受け止めてられている事。
トイレに行きたいと思えば庭に連れて行ってくれて、小腹が空けばおやつをくれる。
むろん普通の食事に関してはリルの家族が用意してくれた物を食べているが、柊が自分の事を気にかけ、行動してくれることが何よりも嬉しい。
嬉しくてつい尻尾を振り、ついそばにいてしまう。
その事が大きな疑問だった。
「……もしかして惚れた?」
そう水地雫は聞いたがリルは自分でもよく分からないと首をかしげる。
その姿を見たサマエルはリルよりも大きな疑問を浮かべていた。
「リル様は誰にでも心を開くような方ではありません。どちらかと言えば慎重に、相手の事をよく知ってから敬意を払う方です。それが1週間ほどでそんな簡単に心を許すのは本当に驚きです」
「それは私も同じ。リルは人間不信だから」
リルの人間不信は突然だった。
ちょうどあの戦いが終わった後から人間不信が発生し、ほんの少し仕事や用事で席を外しただけで過呼吸になったり、不安に押しつぶされそうになった。
その後人間型になる事すらできなくなり、常に狼の姿になるようになってしまう。
元々は人型だったのに。
「リル。もしかして主として認めてる?」
そう聞くとリルは大きく首を横に振った。
主とは認めていないし、そんな事を考えた事もない。
「それじゃ……何でそんなに落ち着いているのかしらね……友達としてなんか心配」
そうため息をつきながら水地雫は安心していた。
常に狼の姿になってから生き方も狼のようになりつつあり、人としての時間を忘れてしまうのではないかと不安に思った事もある。
学友として、戦友として、親友として、今の生活で少しずつでも人としての生活に戻ってくれるのであれば、これほどうれしい事はない。
しかしリルはそう言われると確かに不思議な関係で、主と認めている訳ではないけど一緒に居るのは心地良いと感じている。
ならこれは友人と言う枠でいいのではないかとリルは感じた。
「……そう言われると友達として少し悔しいわね。あなたと仲良くなるのに時間がかかったはずなんだけど」
どうして時間がかかったのかは覚えていない。ただお互いに何か意地を張っていた事だけは覚えている。
お互いに譲れない物があって……それからどうななったんだっけ?
学生時代の頃だからもしかしたら大したものではなかったのかもしれない。
口に出すとリルはおろおろしながらうろうろし始める。
そんなつもりはなかったはずなのに友達が悲しんでいるのでどうすればいいのか困っている。
そんな姿を見てまだ狼の姿でも、心は以前のままである事が分かるのでほっとする。
「リル。これからも彼の事お願いね」
そう言うとリルは元気に吠えた。