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転生者の贖罪  作者: 七篠
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前世の頃にあって、今の俺にない物

 全員で州の字で寝ようとしていたが、案の定俺は眠れていなかった。

 理由として腕が痺れるのと寝返りを打てないのが眠れない理由だと思う。

 他のみんなは静かに寝息を立てているので羨ましい。


「……眠れない?」


 なんて思っていると理事長が声をかけてきた。


「起こしちゃいましたか?」


 他のみんなを起こさないように小声で話しかけると首を横に振った。


「いえ、自然と。それよりやっぱり寝苦い?」

「一緒に寝るのは良いんですけど……やっぱり寝返りが打てないのはちょっと」

「二人っきりみたいなものなんだから普段通りに話して」

「……あんまりそうしたくないんだけどな~」


 何て言いながらも理事長の要望に応える。

 それが嬉しかったのかすり寄ってきてリルを挟んだまま甘える。


「だって普段は理事長と生徒だからこういう時にしか甘えられないもの。正直涙が羨ましい」

「こっちは色々緊張してるってのに」

「緊張ってこうしてくっつかれる事に?」

「いや、ただ単に世間体の話。突然現れた学校の後輩が父親を名乗るってのは色々変だろ。世間だってなんだそれってなってたみたいだし、受け入れた俺もおかしいかもしれないけど」

「あなたは何もおかしくない。ただ……周りが信じてくれていないだけ」

「……信じてもらえるよう頑張るしかないか~」


 一体それがどれだけ大変な事なのかは想像したくもない。

 渉のように理事長を狙っていた連中だって多いだろうし、普通に理事長にふさわしくないと反感を持つ者も現れるだろう。

 それらを乗り越えて真実の愛!!なんて叫ぶ気はないし、こうしてのんびり家族ができればそれでいい。

 周りに認められるなんて結局生きやすくするための方便でしかない。

 誰彼に否定されっぱなしでは満足に生きていくことが難しくなるから認められるような結婚がしたいくらいの考えだ。

 俺はそんなつまらない考え方だが、理事長は素直に色んな人に祝福されたいとかそんな感じだろうな。


「…………ねぇ、重くない?」

「まぁ腕痺れてるからそれなりには――」

「そうじゃなくて。私達は、重い?」


 ……ああ、きっとこれは感情の話か。

 重い重くないと聞かれると……


「一般的には重いかな?」


 そういうと少し悲しそうな表情をする。


「やっぱり……もう少し距離を取った方が良い?」

「……最近思い出した事がある」


 天井を見ながらすっかり忘れていた事を話す。


「昔の俺と今の俺の違い。そこからくる攻撃の重さ。何で今の俺の拳は軽いのか最近思い出せた」

「?十分鋭いし攻撃力もあると思うけど?」

「前世の頃と比べると軽い。確かに技術的な部分は昔より力に頼れなくなった分鋭くなったかもしれないけど、それだけ。どれだけ鋭くても軽い。だから弱い。そして昔の拳が重かったのか分かった」

「どうやって重くしたの?」


 その答えについて理事長の顔をしっかりと見ながら言う。


「お前達だ」

「私達?」

「ああ、お前達がいたから昔の俺の拳は重かった。お前達の期待や希望を背負う事で俺の拳は重くなった。期待に応えたい、守りたい、傷付けられたくない。そんな思いが俺の拳を重くしてくれていた。でも今は何も背負ってないから拳も軽くなってる」

「十分背負ってくれてる。私と涙の我儘を聞いてくれたり、リル達だって――」

「俺はその必要な重みは一度捨てた。守ると言いながら自分勝手に投げ捨てて、重みが一切なくなった状態は確かに軽くて自由に感じた。何の制限もない、何をしても許される。本気で当時はそう考えていたし、それで強くなったと勘違いしていた」


 当時の事を思い出しながら言う。

 それにしても本当に当時の俺はクズ真っただ中だったな。

 捨ててはいけない物を捨ててしまった事に気が付かず、自由を勘違いしていたのだから。


「自由になった事で俺は暴走。これはお前達のためだと嘘をつきながらただ気に入らない奴らを殺して回って、自分のためにしか動いてなかった。だから簡単に自分の命を捨てる事が出来たし、それも自由だと思って周りの話を聞かず実行した。本当にクズとしか言いようがないというか、黒歴史としか言いようがないというか」

「……そんな事してたの?」

「そんな事ばっかりしてました。だからまぁ、本気でみんなに怒られたよ。何してんだって。でもやめる気もなかったから逃げては繰り返し、また怒られては逃げてを繰り返してた。そんなときにあいつを見つけたのは、幸運と言っていいんだか悪かったんだが」

「……奇跡の神」

「あいつは今まで戦った神の中で一番弱いけど、一番厄介だった。まさかあんなやり方で本当に負けるとは最初は信じてなかったし、眉唾物だとばかり思ってたから。でもあいつの力は本物で、何をやってもあいつの良いように事が進む。さすがにあれにはイラついたわ」

「それであなたはどうしたの?」

「大雑把には聞いてたんじゃなかったっけ?」

「本当に大雑把だし、あなたの口から直接聞きたい。――何をしたの」

消失魔法ロストを改悪して俺の未来だけじゃなくて過去も生贄にして無理やり力を底上げした。誰も何も覚えていないのはそのせい」


 しばらくの間沈黙が世界を支配する。

 どうして誰も俺の前世を知らないのか、その理由を教えるのはこれが初めてだっけ??

 でもこれで俺の事を誰も知らない事に対して納得は出来るだろう。

 そう思っていると、理事長はあの日と同じ顔をしていた。

 二度と見たくない。泣いた顔。


「何で、何でそんな事したの」


 悲しみと怒りと理不尽を感じさせる涙。

 彼女は今、俺を責めている。


「……そうする事でしか目的を達成する事ができないと思った」

「目的?いったいどんな目的」

「それは……」

「言って。言わないと二度とこの家から出られないようにするから」


 涙を流しながら本気で言うのだから、言わない訳にはいかない。

 それでも俺の本心だけは隠しておく。


「覚えているかどうか知らないが、あいつの狙いはお前だった」

「私?」

「ウロボロスを吸収してあいつの能力を強化。世界のクラッシュ&ビルドを実行して世界をあいつの想像する幸せな世界を実現させるために狙っていた。お前を狙っている以上タマや渉、リル達もあいつと戦わなきゃならない。でも当時の実力を考えると負ける可能性の方が高かった。あいつの想像する幸せな世界を否定したかった俺は独りで戦う事を決めた。そして死んだあと誰にも迷惑をかけないように、誰の記憶にも残らないよう消失魔法を改悪した。これで生き残った連中は俺の記憶や情報をすべて消えたはずだった。そして俺も死んで終わりだと思っていたが、何故かこうして転生と言う形で生き残った。死んだ方が楽だったのに」


 最後の言葉を言った瞬間理事長の威圧が俺を襲った。


 本当に優しい人だ。

 俺みたいなクズにすらこうして命を無駄にするなと言ってくれる。

 だから生かさなきゃいけなかった。


「何でそんなこと言うのっ!」

「……事実だ。俺みたいな迷惑をかける奴よりお前みたいな優しい奴が生き残るべきだ」

「何で簡単に自分の命を捨てるのっ!!」

「俺は我儘なんだ。俺の幸せのためならなんだってする」

「死んで幸せになる事なんてない!!」

「幸せだよ」

「どこ――」

「お前達が生きてる」


 そういうと少しだけ彼女は止まった。

 泣きながらだがそれでも話を聞こうとしてくれている。


「俺の一番の欲はお前達が幸せに暮らしている事。だからお前達が幸せじゃないと困る」

「…………なに、それ。何なのよ、それ……」

「俺の勝手な押し付けだ。俺はお前達が幸せそうにしているのを見ると幸せを感じるし、傷付いている姿を見ると俺も傷つく。だから幸せに暮らしていてくれ。それが俺の願いであり、戦った理由だ」


 これでも伝えられるギリギリの本心であり、それ以上の事は言えない。

 でも理事長は何かを察したのかまっすぐ見ながら言う。


「分かった。でもあなたも幸せにならないとダメ。私達は与えられた幸せの中で生きている訳じゃない。自分達で考えて、幸せに生きようとしてる。だから、あなたも一緒に幸せに生きて。でないと許さないから」

「……分かった。俺もちゃんと自分の幸せについてちゃんと考えて行動するから」

「……本当にあなたも幸せになってくれる?」

「俺だって幸せに生きたいくらいの気持ちは当然ある」


 そう言い聞かせるとようやく信じてくれたのかまぶたを閉じる。

 だが、俺が自分の幸せについて真面目に考えるのは、クソ神を倒した後だ。

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