押し付け
「みなさんお久しぶりです。特に渉先生」
佐藤柊は佐々木渉、金毛妙、大神遥に向かって非常にあっさりとした言葉を投げた。
まるで殺されそうになったことを覚えていないような、まったく気にしていないような話しぶりに妙と遥は違和感を感じてしまう。
本気で殺しに来た相手に対して何故そこまで自然と、リラックスした状態で話しかける事が出来るのかさっぱり分からない。
渉はそんな柊の事を気に入らないと態度に出しながら言う。
「お久しぶりです。君こそよく生きていますね」
「クソ神を殺すまで死ねませんから」
そう言いながら柊はグラスを傾ける。
その姿に遥は違和感を感じながら確かめた。
未成年の客もいる事から酒とジュースを取り間違えないように全てのジュースにストローが付いている。
なのに柊のグラスにはストローがない。
「待ってください。それお酒ですよね?」
「ん?あ~みたいですね。シャンパンって滅多に飲まないから美味いか不味いかよく分からないんですよね」
そう言いながらあっさりとシャンパンを飲み干す柊を見てさすがに遥が注意する。
「君はまだ未成年だ。それなのに教師の前で飲酒すると?」
「あ~、すみません。前世の頃から酒に強くてあんまり酔うって感じなかったもんでつい」
「……次からはジュースを飲むように」
遥は呆れながらそう言うしかなかった。
もう既に飲んでしまった物はどうしようもないし、これから飲まないよう促すしない。
それを聞いた柊は渋々と言う感じで頷いた。
「もしかしてあなた、普段から飲んでるの?」
「流石に普段からって事はないですよ。精々……数か月にコップ一杯?」
「飲んでるじゃないですか!!」
「両親が飲むときにちょっともらって飲んでます。自家製梅酒が美味しい……」
「これは立派な不良ですね。コップ一杯だろうが何だろうが、未成年の飲酒は禁止です。それくらい常識でしょう」
「酔って暴れたり迷惑かけなければいいんじゃないかって俺は思いますけどね。家でしか飲めませんし」
何言ってんだこいつはっと遥は呆れ返る。
妙はそんな事まで馬鹿正直に言う必要はないだろうとため息をつく。
渉は……その言葉も嘘なのではないかと疑っている。
「それにしても……凄い数ですよね。これ本当に全員理事長と涙の親しい知人って事で良いんですよね?」
「……ああ」
不機嫌である事を全く隠さずに渉が答える。
「へ~。やっぱ凄いですね理事長は。俺はこんなに知り合いを作るなんて多分無理ですよ」
「だろうな」
「……会話、してくれるんですね」
「むしろ何で君が僕に話しかけてくるのかが分からない。何が狙いだ」
「保険です。俺が死んだときの」
渉の問いにあっさりと答えた。
その答えに妙と遥は驚き、渉は怒り狂う。
「今、なんて言った」
「保険です。三年……もう二年後か。クソ神と殺し合う時に死んだ後の保険」
独り言のようにつぶやく柊の喉を渉は片手で絞める。
爪が食い込むほど力を込めているので柊の顔は呼吸ができなくなり青くなっていく。
「先輩!!」
「それ以上はダメです!!」
妙と遥の手によって引き離されたが渉の殺意は止まらない。
遥が渉を羽交い絞めにする事でこれ以上攻撃できないようにしているが、隙あらばいつ刀を抜いてもおかしくない状況。
なのに柊は安心した表情を見せる。
剣吞な雰囲気に他の参加者も何事かと注目する。
「その様子なら問題なさそうですね」
「何が問題ないだ!!お前は問題だらけだって言うのに!!」
「ええ、問題だらけだからこそ保険をかけておく必要があるんですよ。俺が再びクソ神に勝てる保証はどこにもない。なら少しでも多くの保険をかけておくのは当然では?」
「その考えが気に入らない!!まるで負ける事を前提に語ってるお前がな!!」
「負ける前提。まぁそうですね。負ける事を前提に動いていると言われれば……否定できません」
意外なほどあっさりとした答えに渉はさらに苛立つ。
「そんな奴が本当にあの神に挑めるのかよ!!」
「挑みますよ。そして必ず殺す。たとえ死んだとしても」
そこだけは譲れないと柊は平たんな言葉使いだが強い意志を感じさせる。
だがその瞳の奥にある物は狂気としか言いようがない濁った瞳。本当に神を殺すためなら何をするか分からない眼。
それがさらに渉の怒りに油を注ぐ。
「何でそう簡単に死んでもって言えるんだよ!!死なない努力はしないつもりか!!」
「死なない努力は当然します。ですが死んだ後の保険をかけるのは当然です。死なないようにするというのは当然の行為です。でもそれが達成できなかった時の事を考えるのも当然の行為ではないでしょうか」
「そうやってお前はいつも死ぬ事を考えてるから弱いんだよ!!だから前も死んだんだろうが!!全部後始末は俺達に押し付けて!!」
そう言われた柊はただ笑みを浮かべる。
歪んだ笑みで非常に気持ち悪い。
だから渉は全ての怒りをぶつける。
「お前はいっつもそうだ!!そうやって一人で何でもかんでも背負い込んで!一人で解決しようとして!一人で解決できたとしてもお前いつもボロボロになってたじゃねぇか!!なのに何でもないふりをして!怪我なんてありませんでした見たいな顔して!いっつも雫やタマ、リルちゃんに妙ちゃんを置いて行く!!みんなどんだけそれに苦しめられたと思う!!どれだけ泣いてきたと思う!!いい加減自分で責任取れ!!俺に押し付けるな!!俺じゃお前の代わりにはなれねぇんだよ!!」
あまりにも大きな叫び声を出したからか渉は息を切らし、喉を傷めながら柊を睨む。
だがその言葉を聞いた柊は何故か穏やかな表情で、何かの確信を持った表情でもある。
その穏やかな表情を、渉はどこかで見た気がするが、思い出せない。
「それでいい」
柊はそれだけを言うと周囲の人達に向かって言う。
「せっかくのパーティーに水を差してしまい申し訳ありません。気にせずお楽しみください」
そう言いながら丁寧に頭を下げる柊の姿を見て、他のゲスト達は怪訝そうな表情をしながらも離れていく。
それを見届けた柊は顔を合わせず言う。
「確かに俺は勝手に色んなもんを渉に押し付けてきた」
背を向けているために表情は見えない。口調も平たんで感情が分からない。
「マジで色々押し付けてきたけどさ、これが俺の性根だ。結局俺は俺のためにしか動かない。俺の欲が最優先で他の奴の意思なんてガン無視だ。でもさ、これだけは覚えておいてくれ。俺が幸せを感じるためにやっぱ全員必要なんだよ。一人でも欠けたら俺は幸せを感じる事ができない。でもその中に俺がいる必要はない。ただ俺が恥ずかしげもなく好きだって言える連中が楽しそうに、幸せそうにしていればそれでいいんだよ。だから俺はこれからも色んな物を遠ざける事で大切な物を守る。出来れば金庫の中にまとめてしまっておきたいくらいだ」
そう一方的に言って離れようとする柊だが、渉は少しだけ怒りを抑えて聞き返す。
「本当にそれで幸せなのか。僕は大切な誰かと一緒に居る事で幸せを感じる。でもお前は本当にただ遠くから眺めているだけで本当に幸せなのか」
「…………」
「僕がずっと気に入らないと感じている最大の理由はお前がずっと嘘をつき続けている事だ。ずっと隠して本当の事を全く語ろうとしない。そんな奴どうやって信用すればいいんだ」
「…………信用なんていらない。ただあいつを守ってくれればそれでいい」
「ならそれを放棄する。そうすればお前が直接守らざる負えないだろ」
「そうしたいが出来ない。今の俺は弱すぎる。だから頼む」
「頼むなら顔を合わせて言うべきじゃないのか」
「そんな中じゃないだろ。それから理事長と涙の前では仲いいふりくらいは頼むぞ」
そう一方的に言って立ち去る。
渉にとって柊が気に入らない相手である事は変わらないが、ほんのわずかにでも本心に触れられたような気がした。




