女医と呪われた男
死にかけると大体いつも同じものを見る。
俺が前世の頃に殺してきた奴、邪魔だと思って倒してきた奴らが俺の足や手を掴み、引きずり込もうとする。
そいつらの手を振り払い、蹴飛ばし、上に向かってもがき続ける。
なんとなくこいつらに完全に引きずり込まれたら死ぬと感じるから、まだ死ぬわけにはいかない俺はまた何度も殺す。
自分が生きるために一度殺した奴だろうが何だろうが、諦めるまで殺し続ける。
しかし今回は俺の傷がかなり大きかったからか上になかなか上がれない。
所詮これは夢だからと言っても俺の本質は夢を司る事。だから夢の中での死は現実での死に直結する。
それでも自分の犯した罪を清算するためにまだ生きなければならない。だから俺は何度だって生きるために殺す。
なんて思っていると突然俺の首根っこを掴まれた。振り返ると金色の光を放ちながら誰かが俺の襟をつかみ、勢いよく引っ張り上げた。
誰の手なのかは分からないが、こんなこと初めてだ。
今まで自分の力だけで上まで這いあがってきたのに、誰かに助けられるなんて今までない。
上に引き上げられる俺はそれでも捕まえようとしてくる連中を見ながら思う。
あいつが居ない。
やっぱりあいつがこの事件を引き起こしているのだろうか?
あいつの情報を得るためにも俺は再び強くなり、あいつをもう一度、前回よりも入念に殺す。
絶対に。
――
目が覚めるともの凄くまぶしかった。
あまりの明るさにしかめていると誰かが声をかけてきた。
「あ、起きた。君本当に信じられない生命力と回復力ね」
何かを書き込む女性は女医だろうか?茶髪でかなり胸の大きい女性で白衣を着てどこか気だるそうにしていて煙草臭い。
最低でもナースっぽくない。
「えっと、あなたは……」
「今回の君の治療した医者。名前は金毛タマ、タマ先生とでも呼びなさい」
タマ?女医?え、あいつが??
「困惑するのも仕方ないかもしれないけど、君のお腹かなり大きな風穴開いてたんだからそれふさぐの大変だったんだから。その分治療費分捕らせてもらうけどね」
「げ」
「って言うのは半分嘘。龍化の呪いで暴れた人に怪我させられた人は治療費1割負担だから、君が払うお金はある程度減るから」
「よ、良かった……」
「でも私は医者、そして君は患者だから私の命令に従ってもらう。一応穴は塞いだけど臓器や骨に関してはまだダメージが残ってるの。だから1週間は絶対安静」
「えっと、トイレとかは……」
「これにして」
そう言って取り出しのは尿瓶だ。
「え、マジ?でっかい方はどうすればいいんですか?」
「不安なら大人用のおむつでもする?と言っても今の君お腹ぶち抜かれた時に排泄物も全部空になってるような物だからすぐに便意は出てこないと思うから。それに入院中は点滴だけで済ませるし、検査入院も込みで1週間はかかるから」
「うわ~。さすがにこの年でおむつは嫌だな……」
「ま、君の回復力は異常と言えるくらい高いからすぐに検査入院に変われる。その時は普通にトイレに行けるからそれまで我慢してね」
「はぁ。分かりました」
口から物を食べないとどうしても腹が減ったような感じがするから点滴好きじゃないんだよな……
退院したら絶対に肉食おう。ジャンクフード食ってやる。
俺はそう心に決めた。
――
「それじゃ私が良いって言うまで安静にしている事。出来なかったら入院期間伸ばすからね」
「分かりました。おとなしくしてます」
私、金毛タマは奇妙な患者、佐藤柊君にそう伝えてから病室を出た。
それにしても……彼は本当に異常だ。
それは呪いにかかった患者と戦った事だけではなくあの回復力と生への執着心。普通の人間だったらとっくに諦めて死んでいるが、彼は生にしがみつき死んでたまるかと抗い続けた。
その結果私の治療が間に合い生き残った訳だが、普通に考えればあり得ない。
人と言うのはあまりにも大きな傷を負うと精神的に、肉体的に諦めて死に向かう。これ以上苦しまないように、これ以上痛い思いをしないように自ら死へ飛び込む。
医者と言う視点から見て自殺する人に対して侮蔑の視線を向けるが、苦しみたくない。痛い思いをしたくないと言う感情は理解できなくはない。
でもあくまでも理解できるだけで納得はしない。
私は自分から死んでいくような裏切り者が嫌いだ。
こちらが生きて欲しいと必死にあがいているのを無視して死に向かって歩いていく。そんな奴が目の前に現れたらどんな手を使ってでも縛り上げて引きずり戻してやる。
彼はそんな私にとって嫌いに人間の真逆とも言える程生にしがみついているのに、心の中でどうしてか彼の事が気に入らない。
この感覚は私が知っている裏切り者、自殺行為をする人間への嫌悪感と同じ。
でも彼は一切そんな様子を見せていないのにどうしてそう感じてしまうのだろうか?
考えてみるが結論は出てこず自分の部屋に戻ってきた。
私はこの大学病院でもかなり特殊な人間で妖怪の力使える事だけではなく、一切の傷を残さず、メスを入れずに手術する事ができる稼ぎ頭だからだ。
他の人達に私の技術を伝授することは出来ないほど高度な医療行為。主に傷跡を残したくない女性の患者や役者、芸能人など様々な人が私にオペを頼んでくる。
出来る限り対応しているが基本的には予約順。そして彼のような緊急の患者の治療を優先している。
それにしても……これ本当にどうしようかな……報告するのは確定しているけど、今後彼がどのような扱いを受けるのか分からない。
そして彼の肉体は1つだけおかしな点も発見した。
彼が今も正気を保てているのはそれが理由かもしれない。
そう考えているとドタバタと走りながら私の部屋を開けた知り合いがそこにいた。
「ちょっと。ここ病院なんだからあまり暴れないでよ」
「彼は!?佐藤柊君は無事!!」
…………ずいぶん必死な表情を見せるのね。
自分の学校の生徒が大怪我したと聞けば慌てるのは分かるけど、涙が怪我した時みたいな反応じゃない。
「彼はさっき目を覚ました。頭や神経に異常はない。最低でも2日は検査入院しながら安静にして、そのあとは本人次第なところもあるけど最低1週間は病院に閉じ込めるつもり」
「ほ、本当に無事なの?」
「私が処置したんだから当たり前でしょ。医者として生きようとしている患者は助ける主義なの」
そう話している間に秘書をしているサマエルが静かに扉を閉めた。
ここからはあくまでも業務的に、事実だけ話すしかないわね……彼には悪いけど。
「身体的な部分で異常はなかったけど、雫の判断が必要な事態でもあるから正直に話しておくわよ」
「……かなり重要な話?」
「かなり重要で面倒な話。これが彼のカルテね。さっき言ったように身体や精神、神経などは全部無事。骨とかも全部私が治しておいたから大丈夫なんだけど、彼の魔力が厄介な事になってるわよ」
「………………呪われてる」
そう。佐藤柊は現在“龍化の呪い”にかかっている。
「そう。そこが面倒なところ。おそらくだけど今回彼が生き残った理由はこれね。呪われていた事によって生命力が上昇し、私が来るまで生き残っていた。もしかしたら自力で回復していたかもね。そういう事例もあるんでしょ」
「確かに回復面で強化された人もいるけど、でも彼は正気を保てているのよね?さっき目覚めたって言ったけど目が覚めただけ?」
「いいえ。軽くだけど話したわ。当たり障りのない入院費や1週間は入院してもらうって話をしたけど、どう見ても彼は正気だったわ。話が通じない事もなかったし、多分正気。さすがに性格の変化までは前の状態の彼を知らないから何とも言えないけど、多分変化はしてないんじゃないかしら」
「……どうして正気を保てているか分かる」
「それも治療しながら調べてみた。これで彼の才能が分かったけど、これほど意味のない才能はないわ」
そう言ってからその調査報告書も渡す。
黙って読む雫は真剣であり、一字一句見落としが無いよう緊張しているようにも見えた。
「……魔力保有量が計測不可能?」
「そう。魔力保有量。普通は成長とともに魔力と同じように自然と増えていく魔力保有量。それ彼の場合計測不可能など大きな魔力保有量も持っている。でも魔力その物は一般人と同等。こんなちぐはぐな患者は初めて、魔力保有量を無理矢理大きくしたいと言う患者はたまに現れるけど、こんな計測不可能なほどの魔力保有量を持っている存在なんて2人しか私は知らないわよ」
私はそう強く言った。
魔力保有量とは簡単に言うと魔力を受けるための器、人によって表現は変わるけど一般的に使われるのはコップ。普通の人間の魔力保有量はコップ1杯分の水だとすると、彼の場合底の見えないプールのような物。
しかし彼が持っている魔力は一般人より少し多い程度。例え底の見えないプールだったとしても、その中に入っている水はコップ1杯分と変わらない。
これをちぐはぐと言わずに何と言えばいいのか私は知らない。普通は成長とともに魔力量と魔力保有量は比例して大きくなって行く物なので魔力保有量だけ多いと言うのは非常に稀なケースだ。
だからこそ私は雫の事を疑いながら聞く。
「ねぇ雫。本当は彼、あなたの眷属だったりしないわよね」
「……する訳ないでしょ。それにあなたにも言ったけど、涙の事だって本当に想定外だったんだもの。眷属は……何故か作りたくない」
ウロボロスの単為生殖。
その目的は自身のコピーを創り出してあとは死んだように眠り続ける、言わば死ねないウロボロスの唯一の死。しかしそれによって混乱が起きる事を避けるため、無限と言うエネルギーを管理するために次世代の自分自身を生み出す行為だと言われている。
だから雫が妊娠していたと判明した時は全員驚いた。
しかも生まれてみたら単為生殖ではなく通常の生殖行為によって生まれてきた子供だと判明した時はさらに混乱した。
何せ本人は誰ともそういうことをした覚えがないと言うのだから。
「で、どうするの?彼は法律上“龍化の呪い”にかかっている保護対象。今は大丈夫かもしれないけどそのうち他の子達と同じように暴れ出すかもしれないわよ」
「……その対策はこっちで考えてる。暇にしている子が1人いるから」
「暇って、まさかリルの事使う気?」
「たまにはいいと思うわよ。それに少しはいい方向に動くかもしれないし」
「……相変わらずなのね、リルも」
「ええ。だからその原因を探るためにもリルにも少し変わった環境で動いてほしいの。彼なら大丈夫な気がする」
「……本当に大丈夫なのよね」
「彼は生き物を虐めて喜ぶような人じゃないから」
そういう雫の表情から信頼しているとよく分かる。
何故付き合いの浅いはずの、たった1人の男子生徒をそんなに信頼できるのだろうか?
「まさかと思うけど……手、出してないわよね?」
「手?っちょっと!!私が生徒に手を出すと思ってるの!?」
「だってろくに付き合いのない男子生徒の事を気にしすぎじゃない?さっきだって学校の理事長としてって言うよりは涙が怪我した時みたいな反応だったし。本当に手を出してないのよね?」
「出すわけないじゃない!!それに私そこまで男性に対して興味が強い訳じゃないし、それに涙の後輩に手を出すって、私最低じゃない!!」
「やっぱり涙も興味ある感じ?」
「と言うよりは私が気にしてるから興味を持ったみたいだから……そんなに分かりやすい?」
「分かりやすいわよ。昔からすぐ顔にです」
「もうそんな事ないでしょ?」
「仕事中はね。とにかく彼の事は主治医としてしばらく面倒見てあげる。そして呪いに関しても医療の面からなら協力してあげる」
「いつもありがとうね」
「別にいいわよ。呪いのせいで仕事が増えて面倒なんだから、根絶できるのであれば根絶したいわよ」
「それじゃ1週間お願いね」
「ええ」




