卒業していく者達
「…………よし。これで調整完了だ」
「ありがとうございます。ところで先輩学校に居ていいんですか?」
「なんだその言い方は。まるで私が学校に居てはいけないような言い方じゃないか」
久々のロマングループでロマン先輩にシロガネのチューニングをしてもらっていた。
ある程度は自分で整備できるが本格的な物となると話は別だ。
なのでこうして調整してもらっているのだがロマン先輩も卒業する。
卒業後はどうなるのか聞いていないが、この学校を去る事に変わりない。
「いや~受験とか就職とか、色々あるじゃないですか。他の三年生達も全然姿見えませんし」
「私の場合はとっくに受験を済ませているから逆に暇すぎてこうして研究室に来ている。受験そのものは夏休み前には終わった」
「はっや!そんなに早く受験って終わる物なんですか?」
「私の場合は八百万学園の大学部にエスカレーター式に行くだけだからあっさりと決まった。この研究室に居る間に作った純化学兵器も評価してもらっているし、申し訳程度に学歴も必要だ。だから大学まで行った後に就職する予定だ」
「へ~。そんなにしっかり決めてたんですね」
「意外かい?」
「正直に言うと……少し。てっきり研究一筋でそれ以外の事はあまり考えていない物だと……」
「本当に失礼だな。確かに私は純科学に準ずるものとして研究を大切にしてきたが、その研究のために色々視覚や資金など様々な物に目を配らないといけない事だって分かってる。研究が好きだからと言って研究だけに没頭できるほどの状態でもないからな」
意外と現実的な発言にやっぱり三年生だなっと思う。
当時の俺は……逃げる事ばかり考えてたな。
「それにもっと君に身近な三年生は私よりも何歩も先に進んでいる」
「もっと身近な?」
「水地涙の事だ」
「あ」
「まさか忘れてたのか?」
「いや、正月の前とかに合同合宿とかやっていたので余裕あるのかな~?っと思ってましたけど、そんなすごい感じなんですか?」
「あれは色々イレギュラーな物が重なってだがな。まず理事長の娘と言うだけあって受験に関しては私よりも先に合格していたようだし、もう既に大学の方に顔を出しながらパイプを繋げている。さらに他校の優秀な生徒達とも交流を深めていると噂で聞いた。何のためなのかは分からないが、何か目的があるんだろう。元々社交的な性格だったが、それでも最近は行動的だ」
正月明けから顔を合わせられていなかったが、そんな事してたのか。
しかも受験合格した後からずっと。
「彼女の行動は世界中が注目している。もう少し彼女に対して興味を持った方が良いのではないか」
「興味と言うか、本当に何でそんな事してるんでしょう?」
「それに関しては私も知らないと言っただろ。まぁ理事長の娘であり、その理事長の手伝いをしていきたいというのは有名な話だ。だからそのための準備なのかもしれない」
理事長の手伝い、か。
「今日は調整ありがとうございました。ちなみに大学に通うようになったら誰に調整を頼めばいいですかね?」
「普通にこの部室に来て私に任せればいい。大学に行ったからと言ってこの研究室に来てはいけないという理由にはならない」
「いや、普通は卒業したらほとんどの人は戻ってこないと思いますけど。でもありがとうございます」
そう言ってから研究室を出た。
「リルは知ってたか?涙がそういう事してたの」
リルは知らないっと首を横に振る。
しかし――
『あの子ならそう言う事するかも』
「何で?」
『母親の背中を見て育ったから。色々忙しくて常に一緒ではいられなかったけど、少しでも一緒に居られる時間は作ってた。だから涙ちゃんは雫の事ちゃんと手本として見てる。今はその背中を追いかけてるんだと思う』
「……見本としてこれ以上ない相手だな」
だから涙は良い子に育った。
理事長は昔から努力家で不器用と言っていいくらい真摯に向き合ってきた。
だからこそ今は理事長と言う立場になり様々な人達に好まれている。
「……ほんと、俺とは大違い」
「何が大違いなの?」
「ん?涙か」
周囲に人がいない事を確認してから言った。
人懐っこい表情で何を考えていたのか教えて欲しいと顔に書いてる。
「大した事じゃない。涙は良い子だなって言ってただけだ」
「そう?よくわかんないけど良い子なら褒めて褒めて!」
「はいはい」
無邪気に褒められたいという涙は普段の生徒会長然とした落ち着いた態度ではなく、年相応のただの女の子の姿だ。
いや、やっぱ年よりも幼く見える気がする。
「涙は変わらないな。それより受験もう終わってたんだって?」
「うん。もう終わってるよ。だから毎日暇なんだよね~。他のみんなはまだ受験終わってない子もいたりするし、忙しそうだから遊びにも誘えないから色々暇~」
「さっきロマン先輩からあっちこっちにパイプ作りしてるって聞いたが、そっちは忙しくないのか?」
「忙しくないよ。というかロマンめ、余計な事を……」
「パイプ作りって具体的に何してるんだ?」
「別に大した事じゃないよ。いろんな人に会って顔を覚えてもらうだけだからそんなに大した事じゃない。それよりもお父さんの方がとんでもないパイプ作ってるじゃん。何で魔王とパイプあるの?」
「パイプを作ったというか作られたというべきか、とりあえず俺の方からじゃない。呪われた錠剤の処理のために下請けさせられてるだけだよ。他の連中に任せると呪いがそっちに移って意味なくなるんだと」
「それってお父さん大丈夫なの?お父さんの中に呪いが溜まっていくって事だけど……」
「特に問題はないな。体調や思考がおかしくなる感覚はない。その辺りに関してもタマ先生に見てもらってるから本当に問題ないんだろう」
「それならいいけど……」
色々と不安そうな表情をするので頭を撫でる。
こういう所も俺の癖が抜けないな。
「心配すんな。昔みたいに何でも一人でできるくらい力がある訳じゃない。本当の意味でちっぽけな人間になっちまったんだ。きっとこれでいい」
「これでいい?何で??力は大きい方が良いんじゃないの?」
涙は良く分からないという表情をしていたが、これに関しては俺の方が特殊過ぎるだけだろう。
「それに関してはその通りだ。どんな力であろうとも大きい方が色んな事が出来る。ないよりある方が絶対良い」
「それじゃ何でそんなこと言うの?」
「俺の場合は力が大き過ぎた。それこそ何でも一人でできるくらい」
当時のバカな事しかしていなかった頃を思い出す。
あの時は両親のおかげで作る事が出来たいくつものパイプでお偉いさん達の表向き頼めない仕事を受けて金を稼いだり、表舞台の連中から犯罪者だと言われて追いかけまわされた時は暴力で退ける事が出来たし、どんな困難な事も俺の力で無理やりこじ開けられた。
だからあの時みんなを一度捨てた。
一人で出来るからみんなを捨てて独りになった。
他のみんなを巻き込まなくても勝てると思っていたから。
だが結果はご覧のありさま。
勝つ事は出来たが俺は死んでみんなの元に帰る事が出来なかった。
そして俺が死んでもみんなが悲しまないようにと俺の存在を消失させたはずなのに、何故か中途半端に残っている。
本当に俺は力があると勘違いしていただけのバカだったんだろう。
「それ本当?」
「当時は本気でそう思ってた。でも今は違う」
「何で?」
「もしあの時本当に力があって計画が順調に進んでいたら俺は転生する事なく死んでた。殺したはずの相手もどこかで生きてるみたいだし、何もかもが中途半端。本当に力があったら、こんな事になってない」
そう言っていると涙は悲しそうな表情をする。
本当にこの子は優しい子だ。
こんな自業自得としか言いようがない俺の事を哀れんでくれている。
そう思っていると涙は小さく言った。
「多分……それは違うと思う」
「違うって……どれが?」
「お父さんが転生する事はなかったって所。多分お父さんが転生したのはお母さん達なんだよ」
「何でそう思う?」
俺にはさっぱり分からないので優しく聞く。
そして涙は予想外な事を言う。
「きっとお父さんの事死んで欲しくないってお母さん達が思ったからきっとお父さんは死ななかった。きっとお母さん達がお父さんの事をこの世界につなぎ止めたんだよ。多分」
理事長達につなぎ止められた、か。
そう考えると嬉しさ2割、申し訳なさ8割って気持ちだ。
本当は嬉しさの方が勝っていないといけないんだが、俺の我儘に最後まで振りまわしたと考えるとそこまでのん気にはなれない。
「そうだな……そうだと嬉しいな……」
涙の仮説にそんな風につぶやくと涙は確信を持ったように言う。
「絶対そうだよ!!だってお母さんは最強なんだから!」
「クク、そうかもな」
つい含み笑い込みで肯定してしまった。