狐と女悪魔
「タ~マちゃ~ん。柊君の資料……ってなにこれ!?」
アスモデウスは金毛タマの本来の職場、病院の一室に行くとタマがげっそりとしていた。
生気はなく机に頬を乗せた状態で放心している姿に驚いた。
一緒に来ていた水地雫も非常に驚いており、瞬きを繰り返す。
「タマ?いったいどうしたの?」
「……ああ、雫?ごめんなさい。部屋散らかってて……」
「それよりちゃんと寝てるの?目の下の隈凄い事になってる」
「……さっきまで寝てたわよ」
「それ本当に睡眠?寝落ちと言うか、気絶してたんじゃない?」
資料の山に沈む姿を見たアスモデウスは資料の一つに手を取り、勝手に流し見する。
そのデータを見てアスモデウスは首をかしげる。
「何このデタラメな資料?どっかの誰かが適当に作った??」
「そのデタラメが本物なんだから本当に嫌になるのよね……というか何でアスモデウスが居るのよ」
「柊君のデータが欲しくて来ちゃった。あ、一応言っておくけど内容は真面目な奴。悪魔社会で溜まってる呪いのドラッグ、あれの処分に柊君に関わってもらっているからその健康状態を維持するために資料が欲しいだけ。あなたが主治医だって聞いたけど?」
「あ~そう言う事。それなら少し手伝ってくれたら資料あげる」
「手伝ったらって……まさかこのデタラメなデータの事?」
「そう。普通ならデタラメとしか言いようがないそのデータ解析に協力してくれるなら資料の共有化くらいしてあげる」
それを聞きアスモデウスは首をかしげる。
こんなデタラメとしか言いようがないデータの何を解析すればいいのかが分からない。
資料から佐藤柊に関する物だという事は分かるのだが、何のデータ化と聞かれるとデタラメ過ぎて分からない。
「で、このデータは何のデータなの?」
「佐藤柊君の魂のデータ。この間もらった魂の欠片を解析してたんだけど……常に変化し続けて意味分かんない」
「常に変化ってそんな訳ないでしょ」
魂は不変的な物である。
傷付いたり変形したりする事はあるが、その本質は変わらない。
それなのに変化と言うと魂の形が変わる程度で変化と言うのはあまりにもおかしい。
「それ本当なの?アスモデウスとして、魂や生命に関する魔法が得意な私でも難しいって事?」
「特定するのは私にもできたわよ。でも問題はその特定した魂の波長が複数あった事。そして毎秒と言うかそれ以上の速度で常に変化しているって事。おかげで彼自身の魂が一体何なのか本当に分からないのよ」
頭をかきながらタマは説明した。
手元の資料だけではなく今もデータを収集している装置に目を向けるとタマの言う通り魂が変化し続ける。
しかもその変化した魂がかなりの有名人ばかりなのも気になる。
「雫ちゃんやタマちゃん達の魂の情報、そして私達魔王や悪魔の情報、天使、神仏、魔物、魔獣……大雑把に分けても膨大な数。確かにこれは難しいわね……」
「でしょ。だからこれの解析を手伝って。でないと資料はあげない」
「……私も気になるから手伝ってあげる。資料もどうしても欲しいしね」
こうしてタマとアスモデウスの間で契約が結ばれた。
アスモデウスと言う増援を得て再び解析に力を注ぐがあまりにも変化が激しく、目まぐるしく変わっていく。
瞬きをした瞬間には既に別の魂に変わっていると言っていい。
それによりタマとアスモデウスは再び倒れていた。
「難易度高すぎ!!」
「そもそも魂は変わらないのが普通だしね~。えっと、これ以上誰かと同じ魂に変化する事はないよね?」
「今の所は。計測している限りもう新しい魂に変化する事はない。それにしても本当に有名どこばっかりに魂が変化するのは何なの?少しくらいこの人誰?って言うくらい普通の人が混じっててもいいんじゃない?」
「それも気になるよね~。戦闘系が得意な神仏ばっかりなのも理由があるとか?」
「確かに多いけどそればっかりって言う訳でもないじゃない。アマテラスなんて戦闘の記録なんてろくにないし」
「だよね……あ~でも私が気になったのは先代のレヴィアタン様の情報があった事。あと排他的で有名な吸血鬼の女王のデータも入ってたの本当に意外」
「種族も力も司る物もみんなバラバラなのになぜか反発し合う事もなく一つの魂として共存してる……これおかし過ぎない?」
「そう言われてみれば確かに。いろんなデータが大量にあるせいで感覚がマヒしてたけど、ありえないじゃん。相反する属性どうしが共存してるって」
「だからもしこの共存関係が成功している秘密を知る事ができれば!」
「柊君のデータも見つかるかもしれない!!」
こうして再び始まった魂の情報探し。
それはほどなくして見つけられた。
「ま、まさかこんな形で存在しているなんて……」
「私も初めて見た。というか本当に柊君って人間??神でもこんな魂の構造してないって」
それは今までの常識を疑うような事実。
一つの魂としてただ存在しているのではなく、複数の魂の欠片をつなぎとめるような形をした魂。
どのように手に入れたのかは不明だが、様々な神仏や悪魔、天使、妖怪などなど、様々な魂をつなぎとめる接着剤のような形で柊の魂は存在していた。
それにより複数の魂を保有しつつも反発したり拒絶反応が出る事なく存在している。
「これもの凄い発見じゃない?」
「当然でしょ。これまでの常識がひっくり返るような、この世に出しちゃいけない物よ」
アスモデウスの言葉にタマは大真面目に答える。
何故この世に出してはいけないとタマが言ったのか。それはキメラ研究に関する問題だ。
キメラ研究とは、複数の動物や魔物を意図的にかけ合わせる事で新しい種を生み出そうとする試みである。
簡単に言えば雑種犬を意図的に作ったり、ライガーやレオポンのような存在を生み出す動物実験の事を指す。
そんなキメラ研究の中に魂をかけ合わせる形でキメラを誕生させようとする研究が存在する。
どうしても人工授精などの物理的な物だけではその後の繁殖までうまくいく事が出来ず、そもそも別種ではキメラを生み出す事ができない。
イヌ科やネコ科と言ったある程度同種でないとかけ合わせる事すらできないし、例えば哺乳類と鳥類のキメラを作る事は出来ない。
現在そう言った種に関係なく新しいキメラを生み出す事が出来るのは神だけである。
しかし柊の魂の情報を利用すれば人間でもキメラを生み出す事が出来る技術が生み出せるかもしれない。
もしそうなった場合どのような化物が生まれるのか想像できない。
「これを再現できたとすればキメラ研究は一気に進む。下手すれば人工的にペガサスやユニコーンみたいなのも創れるかもしれない。偶然見つけたけどこれは絶対に世間に知られちゃいけない」
「まぁ悪魔目線で見ればそこら辺に居るオルトロスなんかを捕まえたりした方が手っ取り早いし、そこまでほしい技術でもないしね。そういう事なら私も黙っておく」
「それじゃ私はこのまま彼の魂の情報を解析して――」
「それよりも報酬。やっと見つける事が出来たんだから先に報酬をちょうだい」
「分かったわよ。彼の健康のためでもあるしね」
そう言ってタマはアスモデウスに資料を渡した。
と言っても渡した資料は普通の健康診断と変わらない物で、そこに少し呪いの量を書かれている程度である。
「なんか思っていたよりも薄くない?」
「確かに資料を渡すとは言ったけど、健康を守るため以上の情報は渡さないわよ。これでも医者の意地があるから」
「は~、仕方ないか。それじゃ身長体重とかで楽しみますか」
「ちょっと待ちなさい。本当に彼の健康を守るために使うのよね?まさか情報だけで……」
「流石にこれヌけないわよ。あとは脳内変換して……」
「……やっぱり失敗したかもしれない」
タマはそういってアスモデウスと契約した事を深く反省するのだった。